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35.奸賊


「今日……、スイレイかぁ……。」

 暦表(カレンダー)を眺めながら、私はなんとも形容し難い溜息を吐いた。

 ゴウ・タイルのあの一件以来、私はスイレイ・クランナ……というか、A班メンバーとまともに顔を合わせていない。

 あのときの、ユーリスとスイレイの絡み。なんだか普通ではないような気がしてる。

 あのときはゴウの話があったからそれどころじゃなくて、あまり深く考えていなかったけれど。よく思い返すと不思議なやり取りだった。

『貴方に、俺をどうこうすることが可能ですか?』

 リーダーであるはずのユーリスを一方的に煽るような、あの挑発めいたスイレイの声色。それに対して畏懼(いく)とも憎悪とも取れる感情を滲ませたユーリス。

 ポーカーフェイスが基本なディロップ・ファロウが焦ったような顔をしていたということは、何かあるんだろう。

 想像がつかないけど。

 それに、私自身も、少しスイレイには思うところがある。

 白マントに対する、異常なほどの排斥意識。それが、ずっと引っかかっている。何か聞こうと思っても、あの完璧な笑顔で誤魔化されてしまう。

 というか、吸血鬼達が揃いも揃って美形しかいないのは、何なのかしら。まるで私に対する当てつけみたいに……。

 仕方がないので、自分の部屋に戻ろうとすると、向こうのドアにユーリスとスイレイが見えた。

 特段仲が悪そうには見えない二人。言い争うような物言いもしない二人。金髪と青髪、苺と桃の虹彩……。

「何を見ているんだい、お嬢さん?」

 後ろから掛けられた声に、私は振り向いた。見ると、C班のフュラオ・ミオニ、B班のガドロブ・ボーワとメリノ・ジャンヴィール、そしてD班のリベリテ・コルトが立っていた。

 フュラオ・ミオニが、サラリと靡く銀髪を揺らして微笑んでいる。クンツァイトのようなライラックの虹彩が、柔い光で揺れていた。さすが、ナルシストになるだけの美貌がある。そこがある意味欠点だよなぁ。口を閉じれば、ゴウに次ぐほどの王子様フェイスだというのに。

「何を見ている……あの二人よ。今、出てきたから。」

「ああ……、なるほどね。確かに、あの二人の距離感は、不思議なものだ。」

 フュラオが、わかるわかるとでも言いたげに頷いた。この人が何年、あの二人と一緒に居たのかは知らないけど、フュラオも二人の間の空気はなんとなく察しているみたい。

「貴方達四人、不思議な組み合わせね?」

 気になっていたことを聞いてみる。吸血鬼の中の一人、ガドロブ・ボーワが、私の言葉に目を細めた。

「さっきまで農作業してたんっすよ。俺は手伝いで、さっきまで一緒に仕事をしていたE班のニコは帰ったっす!」

 ああ、なるほど。だから、貴方も此処にいるのね。

 ガドロブ・ボーワは、世話焼きなB班の吸血鬼。基本的には、責任感が皆無のお調子者・メリノのセーブ役だそうで、今もこうしてメリノの傍にいる。ガドロブのローアンバーの目は、常にメリノへと向けられている。

 まあ、メリノがいようといまいと、ガドロブは農作業を自ら手伝いに行っちゃう人なんだけど……。

「それにしても、本気で謎な二人だよな、ユーリスとスイレイ。あの二人の距離感、異常に近いときも遠いときもあってさ。スイレイはたまに悪い顔するし、ユーリスはスイレイにヤバい目、向けてることあるし。」

「ちょ、ちょっとメリノ、聞こえるっすよ!」

 悪気も善意もなさそうに呟いたメリノを、ガドロブが必死になって止めた。でも、それを聞いていたはずのフュラオはいつの間にか手鏡を取り出して自分を眺め始め、リベリテは小さな本を片手に読書を始めていた。

 遠くを見てみると、その場にユーリスはもういなかった。そして、一人残されていたスイレイが、チラリと此方を見た……ような気がした。

「おいアンタ、ちょっと……。」

 ガドロブの焦ったような声色が、今までの彼の苦労を物語っている。それを悟ったのか悟ってないのか知らないけど、メリノが素人の動かす傀儡みたいに挙動不審になった。

「あっ……あー、そういえばリベリテ、ゴウの調子はどうだ!?」

「……?」

 読んでいた本から目線をずらしたリベリテは、至極面倒そうな眼光をメリノに向けた。

「憔悴しているだけだ。変わりない。」

 憔悴……してるのかぁ……。まあ、そりゃあれほどのことがあれば当然か。私が来るより前からずっと、傷つけられていたみたいだから。

 仕方ないか、と一人頷いていると、サラリと揺れる銀髪が項垂れていた。なんか、絶望を頭から思い切りぶつけられたみたいに。

「そう、だろうね……。抗えなかったとはいえ、酷いことをしてしまった……。胸が痛むよ。」

 あー、バッドゾーンに入ってしまった。どうしよ、この人。

 ゴウを苦しめていたスイレイやエリエ・マイゼルに脅されて、ゴウに危害を加えていたというフュラオ。ゴウ本人も咎める気はなかったようだけど、彼には未だ、傷つけてしまったという事実が残っているらしい。

「えっ、えー、あー、えっとー……。」

 さあ、二度目の失言を発してしまったメリノ・ジャンヴィール、どうするつもりか?

 メリノは小さくため息をついた。それに何かを悟ったようで、ガドロブの顔が軽く引き攣る。

「ガドロブ……。」

「……なんすか?」

 弱々しい声をあげたメリノは、ぽんとガドロブの肩に手を置く。その顔は……、清々しいほどの満面の笑みだった。

「あと任せた!」

「……はぁっ!?ちょっ、逃げんじゃねえっすよトンズラ野郎!!」

 見事に爽やかな笑顔を残して、メリノはぴゅーっと消えていく。なんとも、責任感が皆無と言われるメリノらしい。ガドロブも慣れているみたいで、「あーもー」と輪郭のない声を上げた。

「アイツは何やっても変わんないっすねぇ。フュラオは、あんまり気にしないでくださいっすよ。あれでも一応、悪気はないんで。」

 ガドロブの言葉に、フュラオは微苦笑のまま頷く。それを見ていたリベリテは、また本に視線を戻した。


「それじゃ、またー!」

 ガドロブとフュラオが、二人揃って部屋に戻っていく。理由はわからないけれど、何故かリベリテは私の後ろにいる。……本当に何で?

「……アナリー。」

 はい、なんでございましょうか、リベリテ・コルトさん?

 私の疑問を向けた目に気付いているのかいないのか、彼は私の背中に視線を注いだ。それから、私の目の前に移動すると、重々しく口を開いた。

「聞きたい……ことがある。」

 紫縁のスクエアグラスの奥の目が、遠慮がちに伏せられていた。

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