33.陋劣されるべき自分
「『無能』を、そのまま生かしておくだなんて。」
軽蔑の無い、ただ驚いたような顔をするアナリーが、おれの方を見ていた。
「どういう……ことなの?」
アナリーが聞き返すために放ったその響きが、あまりにも純粋で。おれは居た堪れなくなって、コルリの腕から逃げた。
「ちょっと、ゴウ!」
アナリーが、おれを呼んだ声が聞こえたけど、それに構うことなんかできずに、アナリーのすぐ横を通り過ぎて部屋を出た。
分かってる。分かってるよ。おれが皆と違うこと。もう、言い訳も何もしない。だから。
「せめてアナリーにだけは知らせないでほしかったなぁ……。」
無我夢中で逃げるように走って、頭を上げた目の前にあったドアを勢いよく開く。そのまま、視界に入った人影に抱きついた。
「おおっ、え、ゴウ!?どーした!?」
ヤンチャな雰囲気の、明るく華やかな声。困惑を隠していないその声の持ち主に、おれは更にぎゅっと抱きついた。
「メリノ……!」
だめだ、子どもみたいに寄り掛かって。しっかりしないと。もっと馬鹿にされる。
おれが入ったのは、B班の部屋だったらしい。責任感が皆無の、いつも楽観的な吸血鬼、メリノ・ジャンヴィールが、戸惑いながらもおれを抱きしめてくれた。
レモンイエローと漆黒のオッドアイが、おれを優しく見下ろしている。シナモンの髪が、ふわりと揺れていた。
「おーおー。しっかりしろー。大丈夫か?」
「ゴーウ。深呼吸っすよー!」
メリノの横から、低くて穏やかな声がする。メリノと同じB班のガドロブ・ボーワが、おれの背をさすってくれた。
「い……っ、いた!ゴウ!」
安心したのも束の間で、アナリーがドアを開けた気配と、彼女の鈴を転がすような声が感じられた。無意識に、メリノに縋った身体が強張る。
「なんかあったん?」
メリノがアナリーに尋ねる。でも、アナリーはそれには答えず、おれに近づいてきていた。
もう、誤魔化すことなんて出来ない。どうにもしようがない。
諦めて、メリノから体を離し、アナリーの目を見る。剣を持っていたあの日、彼女の瞳には花が咲いていた。
エメラルドの虹彩に浮かんでいたのは、大輪の薔薇だった。彼女の美しさと力強さを体現するような、目の覚めるような鮮やかさの、薔薇の花。
今見えるのは、エメラルドのクリスタルを嵌め込んだような、瑞々しい瞳。その目が、真っ直ぐにおれを見つめていた。
「……アナリー。聞こえてた、でしょ。おれは、何も出来ない。それを、ちゃんと理解してるよ。だから、構わないで。」
無意識とも取れるように弱い声が、ゆらりと揺れて自分から放たれる。
違う。そんなことを言いたいんじゃない。ただ、巻き込んでごめん、驚かせてごめんねって、そう言いたいだけなのに。
アナリーは、おれの乱れた髪を指先で弄んだ。ゆるくウェーブの掛かった女々しい長髪は、明るい色調のはずなのに、生気が全くと言うほどなくなっていた。
「……離れていったら、貴方の心の傷が開くだけじゃない。『一人にしないで』と言ったのは、貴方よ、ゴウ。」
「……!それ、は……っ。」
アナリーの指摘に、反射で反応する。けれど、アナリーはおれの言葉を遮るように、一つ咳払いをした。
「周りと違おうと、過去に何を犯していようと、私は貴方を突き放すつもりはない。離れたいのだと望むなら、私はそれに構わないが、そうでないのなら、私は離れていかない。」
凛とした響きの言葉だった。強い口調の、温かな声の、言葉。
「……おれ、力がないんだよ。皆は使えるのに、使える力が一つもないんだ。」
狭いこの城で、それがどんなに異質なことか。その恐怖が、どれだけ、自分の心を食い荒らすのか。全てを口にすることなんてできないけれど、どうにか察してほしいなんて我儘を思ってしまう。
アナリー、ごめんね。もはや、何に対して罪悪感を感じているのかすら分からない。
自分の何が悪かったのかも、考えられない。考えたくない。
「……私も、魔法、使えないわよ。そんなことで排斥されるだなんて、不思議ね。」
アナリーの柔い声が聞こえた。その言葉に、おれはただ、納得によく似た感情を察しとって、顔を手で覆った。




