32.似た者同士 後編
ほぼ同時刻。私……アナリー・メルテは、ゴウ事件について話し合っている彼らの隣のE班で、輝くクリスタルのようなキャンディを眺めていた。
「自分語り、いい?」
そう言っておきながら、E班リーダーのキリア・トビニッツは、中々話を切り出そうとしない。私がキャンディを口に入れたのを見て「美味しい?」なんて呑気に聞いてくる。
……いや、手が震えているところを見ると、呑気じゃないんだろうけど。
「話、聞くわよ。」
別に、言いたくないなら言わなくてもいい。そもそも私達は、出会ってたかが一月。信用ならないと感じるのも、当たり前のことなのだから。
キリアは、小さく頷くと、自分のカーマインの虹彩を隠すように目を閉じた。彼の赤い髪が、ふわりと流れてきた風に揺られている。柔い風は、乾いた砂の香りがした。
「俺、実は、『ユーリスに似てる』って言われるの、嫌いなんだよね。」
輪郭のない声から紡がれたその言葉に、ピシッと身体が固まる。
どうしよ、ついさっき、普通に『似てる〜』と思ってしまった。
そんな私の反応が見えたようで、「別に気にすることないよ。いろんな奴に言われてるから」とキリアは笑った。
「……決して、アイツを嫌ってる訳じゃない。ただ、無傷で笑ってるアイツを見ると、何も言えなくなる。仕方のないことだけど、俺は深手を負っても気付かれないから。捨て駒のような扱いをされていることが目に見えてくると、キツイんだよね。」
今回の件だって、そう。実際に腹を貫かれたのはキラなのに、表向きの負傷者はユーリスだから。皆が心配するのはユーリスで、キラはその扱いを受けない。
心配されたいと考えないのは、彼が大人だからだと思う。でも、自分の命を天秤にかけられて、自分の方が軽い命だと理解してしまうのは、流石のキリアも骨身にこたえるらしい。
「……それにアイツ、俺が自分の命を削って仕事してるっていうのに、責務全うしないでサボってるときあるから、余計に腹が立つ。部屋の隅に蹲ったままの姿を見ると、本当に、自分がしていることが空しく思えてしょうがないんだ。聞いても、具合が悪いわけじゃないと言うし。……だから、尚更。」
真面目で大人な彼の、痛いほどの苦しみ、悔しさ。それを吐き出すキリアの姿は、この苦しさをどれだけ溜め込んでいたんだろう。
キリアは、自分の指輪を見た。深い紫に光る、綺麗な指輪。明るい姿の彼には似合わないと思っていた、この大人びた光。指輪の温度が示したのは、本来のキリアだったのだと、今なら分かる。
「だから、毎日“表”の顔を作る。可笑しな口調で頭が足りない、普段の『キラ』の仮面をつける。……見た目は変えられないとして、少し、ほんの少しでいいから、ユーリスから離れられるように。」
……ああ、この人は、なんて可哀想なんだろう。
確かに、偽りも何もない、今のキリアの姿は、ユーリスによく似ている。けど、快活でありながら機転を利かせるのが上手な姿の『キラ』の姿の方が、純粋でありつつも皆のために真剣なユーリスと、酷似しているというのに。
偽りの姿の方が、よりユーリスに似ているということに、彼は気付いていない。素のまま生きていた方が、絶対に自分を縛るしがらみから抜けられるはずなのに、自分で自分の首を絞めていることに、まるで気が付いていない。
知らない間に、私は声なく泣いていた。あまりにも、目の前の彼が、健気で哀れだったから。
「え、アナリー……?ごめん、いい気分になるような話じゃなかったよね。」
「違う……。違うの……。」
あの明るい姿を本性だと思わせてしまうくらいに、キリアは仮面を被り続けてきた。壊れそうになって、ここまでくるまで、繰り返し。
……言えない。こんなに苦しんでいる彼に、『その努力は無駄だ』と突き付けるだなんて。そんなことをしたら、きっと彼は壊れてしまう。
私は、涙を拭いてから、ベッドの上で申し訳なさそうに狼狽えるキリアをじっと見た。
「……私は、貴方に気付くわよ。だって、似た者同士だもの。」
「似た者……同士?」
キリアは、私の頬に落ちた涙をそっと拭ってくれながら、私の言葉に首を傾げた。
「私も虚勢を張ることはあるし、隠していることだってある。私とキリアは、きっとどこか似ているのよ。だから私は、絶対に貴方を見つけるわ。」
これが私の虚勢だと、彼は気付いているはず。ロードが私に微笑んだ去り際、キリアも近くにいたのだから、きっとわかっているだろう。
ロードから“姫”と呼ばれたあの時、私の顔はきっと引き攣っていた。それに、キリアは恐らく気付いている。
だから、私は貴方の味方。信用できなくてもいいから、どうか覚えておいて。
キリアが、微かに目を見開く。それから、カーマインの瞳に、光の幕が張られていった。
「……ありがとう。」
その時の彼の笑顔こそ、きっと本物のキリア・トビニッツだったのだと思う。




