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30.怖がりな青年


「随分、遅かったね。」

 リーダー・ユーリスは、A班のディロップ・ファロウに首根っこを掴まれたエリエ・マイゼルと、その横でいつも通りにニヤリと笑うスイレイ・クランナに目を向けて言った。

 そのユーリスの目が、いつも見ないくらい冷たいのに、申し訳なくなった。

 これは、おれが悪いから起こったことなのに。仲間想いのユーリスに、一番信頼しているはずのA班メンバーを怒らせてしまうなんて。

 おれが皆に、冷たい態度を取られるようになった原因は分かってる。だからこそおれが悪くて、他の皆の反応は当然で。こうなることを受け入れなきゃならないおれが、今こうやって守られているのは、本当はおかしな話なのに。

「……これは、オレが悪いのか?」

 面白くなさそうなエリエの声に、思わず身体が強張る。おれを支えてくれているコルリが、安心させるように背中を撫でてくれた。

「主犯になってやってたのはエリエとスイレイでしょ?フュラオやウィリアン、それにニコやルカにも声掛けて。自分が打ちのめせると思った相手にやってたんだよね?」

 ユーリスの言葉に、エリエが黒い髪を揺らして、ふいっと外方そっぽを向く。ディロップはそんなエリエに呆れるように、ベシっとエリエの頭を叩いた。

「……偉ぶるようになったな、お前も。」

「これ、もしかしなくても、俺たちの教育のせいかな……。」

 ディロップとユーリスが、揃ってため息をつく。それから、ユーリスは額に手を当てたまま、スイレイに向き直った。

「……で、お前は?」

 ユーリスが、スイレイの桃色の瞳を射抜くように見つめている。それにスイレイは口元を手で覆ってから、目を細めて笑った。

「既に白マント候補なんですから、先にどうにかしておいたほうがいいのではないですか?白マントが更に増えたとなったら、『スファラ』の評価も落ちるのですから。」

『スファラ』とは、この城を拠点とする吸血鬼たちの集落のことだ。此処の二十一人の吸血鬼は、全員が『スファラ』の所属となる。

 スイレイの言葉に、ひゅ、と息を吸う音が聞こえた。 

 それが聞こえた一瞬あと、ダンと重く低く、壁を打つ音がした。破片が、バラバラとあっけない音で落ちていく。

「好き勝手言ってくれてるね……。そんなに言うのなら……。」

 サムスだった。サムスが、班の壁を殴っていた音だった。

 頭上から、おれや彼と同室のリベリテ・コルトの「まずいな」という呟きが聞こえたけど、サムスは構わずに、ゆらりと頭をもたげた。

「君たちは絶対に、『自分たちは常識から外れない』と、そう言い切れるってことだね?なら、その言葉、お前たちは悪魔に身を捧げて誓えるか?」

 あ、マズい。サムスを本気で怒らせた。

 サムス・マロトは、普段は大人しくて、なんなら少し萎縮しがちな性格だったりする。だからこそ、一人でできる医療作業が好きで、自ら進んで仕事をしているくらい。

 彼が怒ることはあまりない。その代わり、彼が本気で怒ったときには、彼は一切の手段を選ばない。

 普段は気弱なサムスの剣幕に、エリエの笑顔が引き攣っていた。

「な、なんだよ、おい……いきなり怒鳴るなよ……。」

「この程度で怖気付くくらいの度胸なら、人を軽々しく罵るのはやめてくれない?」

 ……リベリテもムーサもおれも、D班メンバーは諦めたように顔を見合わせる。こうなったサムスを止められるのは、彼が『師匠』と慕う一人の男だけ。鎮火するまで待つしかない。

 スイレイは、面白そうにサムスの様子を眺めている。その一方で、エリエは顔を真っ白にしながら、声を震わせた。

「な……んだよ、お前、お前らだって似たようなもんだろ!?」

「何が言いたいか全くもってわからない。」

 似たようなもの……?どういうことだろう。サムスが応えたように、おれにも意味はわからなかった。

 C班のノリスが「ああ……」と呟いたのも、よく理解できなかった。

「お前たちだって散々、余所者を、与太者を見る目でオレを見てきたじゃねえか!口にしてなきゃ悪くないって言うのか!?」

「それはお前が勝手に思い込んだだけだ。それに、被害者なら何をしてもいいだなんて、虫が良すぎる話だよ。」

 二人の口論は、誰にも介入できないものになっていた。普段は滅多に目にしない、悲痛な色のエリエの目のせいで、なにか悪いことをしているような気分になった。

 両者が睨み合っている。その剣幕におれは怖くなって、ずっとおれを支えてくれていたコルリに縋った。

「エリエ。」

 パンッと、ユーリスが大きく手を叩いた。その音に、エリエとサムスが我に返ったようで、さっと距離を取った。

「確かに、エリエには、サムスがそう見えたことがあったのかもしれない。でも、ゴウは違うでしょう?彼の目が、君を傷つけようと画策していたときはあった?」

「……っ!」

 エリエが、気不味そうに目を逸らしたのを、ユーリスは見逃さなかった。何かを確信したように小さく頷くと、ユーリスはおれの方を向いた。

「……ゴウ。気を使わず、躊躇(ためら)わず、素直に答えて。君は一度でも、エリエを部外者だと、余所者だと思ったことはある?」

「な、ない。一度も……。」

 ユーリスに、嘘を吐くなと言われたから、素直に答える。本心だ。本当に、彼をそんな目で見たことはない。

「ねぇ、エリエ。……もう少し、皆を信じてみても、良いんじゃないかな?」

 エリエは、ユーリスのその言葉に何も言えなくなった。それから、普段の不満げな目とは違う、怯えるような視線を此方に投げて寄越した。

 エリエが、スッと、おれに向かって頭を下げる。ボソッと口にした「……ごめん」の言葉は、きっとユーリスとディロップには聞こえていなかったんだと思う。

 エリエはバッと頭を上げると、勢いよく部屋を出ていった。サムスとリベリテが「待て!」と声を揃えたけれど、エリエはそれには応じなかった。

 

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