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29.逃げた者と向き合う者と


 アナリーが出ていったあと。

 D班の部屋にて、俺はずっと震えたままのゴウを抱きしめていた。

 吸血鬼トップクラスの美貌を持つ男という呼称(C班メンバー内)は伊達じゃないらしく、ずっと泣いているにも関わらず、目元と鼻が少し赤くなっているのみで、泣き顔すら綺麗なままだ。

 時々「ごめんね、コルリ……」と譫言うわごとのように繰り返すから、俺は背を優しく打って安心させてやる。

 ゴウが腫れ物扱いをされている理由は、ちゃんと分かっている。だけど、それはもう不可抗力で、俺たちにも、本人にもどうにもできないものだった。

 明日あすは我が身かもしれないと思ってしまうような事態。それが原因だというのに、嫌悪を白地あからさまな態度に出してくるスイレイとエリエには、『自分はそうはならない』という、御立派な自信があるんだろう。

 俺の大嫌いな男(ウィリアン)に、よく似ている。そういえば、アイツも、ゴウのことは快く思っていなかったな。

「リーダー。フュラオはスタンバイさせてるから、呼んだらすぐ来るよぉ。でも、ウィリアンは多分、ズラかったねぇ。」

 うちのリーダー、ノリス・ウォルターが、ユーリスに向かってそう声を掛けた。

 キッチリと七三に分けた赤褐色の髪と、静かに瞬くセレストの光彩、壁に寄りかかることもせず、真っ直ぐに立つそのピンとした背筋などから、彼の真面目さが伺える。喋るときはのんびりと穏やかで、人を選びはするけど、俺はノリスのこの話し方が結構好きだ。

 ……それにしても、やっぱりウィリアンは遁走とんそうしたのか。

 俺の脳裏に、ホリゾンブルーの光彩を意地悪く歪める吸血鬼が浮かんだ。あのネイビーのカールしたハーフアップの髪を揺らして、城中を逃げ回っているんだろう。

「……死ねばいいのに。」

「え、あ、ご、ごめんなさ……。」

 俺の呟きに、胸に抱いていたゴウが反応してしまった。慌てて、「ごめん、違う。ゴウじゃないよ」と繰り返した。

 ノリスが、そっと、俺の頭に手を置いてきた。安心させようとするような触れ方に、申し訳なくなる。

「コルリ、辛いと思うけど、今はちょっとだけ我慢だよ。」

 優しいノリスの声に、聞こえたか分からない「ごめんなさい」で返す。笑ったような声が聞こえてから、ノリスの手が俺の頭から外された。

「ウィリアンはトンズラか……。なるほどね、ありがとう。」

 ユーリスは、ちらりとノリスを見て、怒りを含んだような声で礼を言ってから、ノリスの横にいたハーゲッデの方を向いた。

「ハーゲッデ、ドークローとガドロブのメンタルケア、頼める?」

 ハーゲッデ・リゼがリーダーを務めるB班には、ドークローとガドロブという、以前からゴウを気にかけていた心の優しい吸血鬼がいる。きっと、限界までゴウが追い詰められていたことを知ったら、絶望と罪悪感であいつら二人も壊れるかもしれない。

「ああ、任せておけ。……それと、ゴウ。俺を筆頭としたB班の吸血鬼が其方そなたに不快な思いをさせてはいなかったか?そうであれば、この場を借りて謝罪をさせてほしい。」

 縦ロールにセットされた、ライトブラウンの髪。微かに頭を揺らす、甘いグルマンノートの香水。壊れ物を触るときのような、優しい猫撫で声。

 どう見てもプライドが高そうなB班リーダー、ハーゲッデは、実は思いの外気さくな、強メンタルの持ち主だ。なにかとB班メンバーやエリエから言われているけれど、本人は楽しそうに笑っている。

 彼自身がかなりの天才肌で、不思議な雰囲気を持っているとノリスが言っていたのを聞いたことがあるし、見かける度にその通りだと思う。

 ゴウに目線を合わせるように、しっかりと屈んで問うハーゲッデからは、元来の性格の良さが感じられた。

 ゴウは、ハーゲッデの不安を否定するように、左右に首を振る。

「B班、は……。誰も、そんなことはしてない……。むしろ、皆、気にかけてくれたから、ありがとう、って言わないといけないくらい。」

 その言葉に、ハーゲッデは安堵したように微笑んだ。そして「そうか」と一言返すと、ゴウを怯えさせないようにするためか、ゆっくりとした動作で立ち上がった。

「じゃあ、ハーゲッデは戻っても大丈夫だよ。」

「えっ!?貴方は?」

 ユーリスの言葉に、ハーゲッデが異常なほどに反応する。……ああ、そうだった。この人、ユーリスのこと大好きなんだったか。

 ユーリスは、その異様な反応に溜息を吐くと、ハーゲッデにパチンと軽いデコピンを食らわせた。

「人が多いとゴウが落ち着かないでしょ。ハーゲッデ、帰りな。」

 ユーリスの有無を言わせない声の響きに、流石のハーゲッデも観念したらしい。渋々頷いてから、もう一度ゴウの目の前に屈むと、ゴウの頭を二、三度なでてから、ハーゲッデはD班の部屋を後にした。

 

「……さて。」

 ハーゲッデが部屋を出て行ってから、ユーリスは荒んだ表情を浮かべながら指輪に触れた。

「そろそろ、本格的に『話し合い』をはじめようか。」

 ギラリと光るユーリスの目は、やっぱり“リーダー”のものだった。

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