28.似た者同士 前編
キラは、ロードに斬られたときの傷が原因で引き起こされた貧血から吸血欲求を抑えきれなくなってしまったみたいで、何度も何度も、食い千切るように私を求めてきた。
キラは繰り返し自分を責め、私の顔色を伺ってきたけれど、そんなに簡単に死ぬほど私は弱くない。
隣の部屋からは、相変わらず怒号が聞こえてくる。部屋を出てきたときには居なかったはずの声も混じっていた。
てか、怒るのは構わないし、怒って当然の事件ではあるんだけど。隣の部屋に病人がいるんだから、壁を殴るのは止めようよ?
キラは身体を起こして、虚ろな目で天井を眺めていた。
「気分はどう?」
「まだ少し目眩がしてル……。」
私がお湯を入れたコップを手渡すと、キラはゆっくりそれを受け取って、自分を落ち着けるように一口飲んだ。
「アナリー、ゴメン。体調ハ?立ち上がっテふらつかナイ?」
「平気よ。大丈夫。」
「そ、か……。」
安心したように笑うキラの顔色は、最初に見たときよりは良くなっているけれど、まだ青ざめている。私はそっと、キラのベッドの近くにある椅子に座った。
「……で、隣が騒がしいんだケド、これ何?」
ジトリと、キラがD班に繋がる壁を見る。向こうから、ゴウのか細い泣き声が聞こえてきた。
「向こうに、キラ以外のリーダー四人が集まってるの。ゴウへの嫌がらせの件、サムスがとうとう我慢できなくなったみたい。」
「ああ、そういうコト……。」
キラは、カップを口に運びつつ「あれ、これってキラも行ったほうがいいヤツ?」と呟いた。
さっきから感じていた疑問が、段々と表面化していく。冷静な視線を壁に向けるキラに、私は静かに声をかけた。
「今日、声低いわね。」
「……え?」
緩慢な動作で此方を向いたキラは、暫く無言でいたけれど、やがて私の視線から逃げるように目を閉じた。
「……もしかしなくても、アレって、仮面?」
私が知っていたキリア・トビニッツは、明るく天真爛漫な、太陽みたいな人。私だけじゃなく、きっと他の皆もそう思っているはず。
……でも、今眼の前にいるのは、幼さの欠片もない、静かな月を連想させるような男だ。
「……。」
私が口にした疑問に、キリアがゆっくりと目を開ける。虚勢を張るように宿していた目の光が消えて、代わりに薄暗がりのような光の膜が張った。
「……身体を壊したときに、人と会うのは駄目だね。普段通りに形作る余裕がなくなるみたいだ。」
彼が形作らずに話すのを、私ははじめて聞いた。いや、今までは形作った仮面を『素』と勘違いしていたから、やっと聞けた、なんて思えないけど。
どことなく、雰囲気がユーリスに似ている。でも、ユーリスよりも冷たくて、より温かい気がした。
「……アナリーには、”俺”が隠してきたもの、二つも暴かれちゃったな。実は探偵だったりするの?」
「田舎の金物加工店に居ただけよ。大した学問も修めていないわ。」
探偵だなんて、できるものか。田舎の学校で、軽く読み書きを習ったくらいしか学がないというのに。
キリアは、そんな私にフッと笑うと、コップをサイドテーブルに置いて、壁に上体を預けた。
「隠しててもいつか見破られそうだから、この際全部話しておこうかな。自分語り、いい?」
キリアはそう言いながら、サイドテーブルの下から箱を取り出すと、淡い色合いのキャンディが入ったそれを私に手渡してきた。
「……警戒心、薄いのね。喋っちゃっていいの?」
「キミだからだよ。」
キリアは、悔しそうな顔で「ユーリスの姿の俺を見て、俺だと気付いたのはキミだけだったから」と付け足すように言った。
その切なげな表情に、私はなにも言えなくなった。そして、それと同時に、幼馴染のロードが来た次の日のことを思い出した。
ロードがユーリスに向かって剣を振り下ろす姿は、ほとんどの吸血鬼が見ていたらしい。だから、次の日、具合はどうだと他の吸血鬼に詰められていたユーリスは、困ったように眉をひそめていた。
でも、誰も気付いていないから、本当に怪我を負っていたキラの心配をしている人は、当然だけど誰もいなくて。それどころか「お前はユーリスが心配じゃないのか」と、キラが吐き捨てられているところすら見てしまった。
さすがに不安になったから、私はキラに声をかけに行ったけど、彼は「気付かれてないってことは、キラの演技が上手な証拠じゃナイ?」なんて、楽しそうにしていた。
……ように見えた、だけだった。本当は、耐えて笑って誤魔化して、貧血になって倒れてしまうくらいに、必死で隠していただけだった。
受け取ったばかりのキャンディを、一つ口に入れてみる。じんわりとした優しい甘さが、彼の吐く残酷な誤魔化しみたいで、泣きそうになってしまった。




