26.私はそんなに軟じゃない
D班の部屋から出た私は、隣の部屋のドアをノックする。すると、ひょこっと二人の影が出てきた。
「……ごめんね、来てもらって。」
「E班の部屋に入るのは初めてだわ。」
「本来はね、アイツがいるから。でも、今回だけは特別に。」
出迎えてくれたのは、ニコ・ワーナードとルカ・ユリィだった。
ニコは、アホ毛がぴょんと立ったロイヤルパープルの髪とアプリコットの瞳を持つ、天然で純粋な吸血鬼。
そしてルカは、緑のヘアピンで留めたライムイエローの髪に、麦藁色の瞳を持つ、いたずら好きの吸血鬼最年少。どちらも、E班に所属している。
吸血鬼たちの食事で呼ばれるとき、基本的にはその吸血鬼が所属している班の部屋に、私と吸血鬼の二人きりになる。けれどE班の吸血鬼達は、空き部屋に私を呼び寄せる。
なぜなら、E班の部屋に、普段から眠り続けている『白マント』がいるから。
その『白マント』……白いマントを背負った吸血鬼は、吸血鬼たちの中での差別対象及び危険人物とされている。
私は既に、二人いる白マントのうち、班無所属のレイネル・ハルマとは接触したことがあるけれど、E班の白マントとは出会ったことがない。
血をあげなくて平気なのかと聞いたら、「アイツは大丈夫」と、謎の言葉ではぐらかされた。
皆にとって、私に会わせたくない人なんだろうと思ったから、私もそれ以上は突っ込まずにいる。
「俺たち二人は部屋を出てるけど、何かあったらすぐに知らせてくれ!近くに待機してるから!」
「アイツが起きたらベルの音がするはずだから、そしたら逃げてね。絶対だよ!」
二人は、そう言ってから、「それじゃ、キラを頼んだ!」と出ていった。
隣の部屋はD班。怒っているような声が繰り返し聞こえてきていて、私に何もできない分、不安になってくる。
心を入れ替える思いも兼ねて、部屋を見渡した。
天蓋付きの、四つのベッド。三つが黒で、一つだけ白。白と、壁際にある黒い天蓋のカーテンが閉め切られていて、そこにそれぞれ眠っているのだと理解する。
私は、黒い天蓋の方へ向かった。
カーテンをそっと開けると、ベッドにはキリア・トビニッツが、ピシリと皺のない掛け布団の上に手を組んで、乱れ一つなく眠っていた。
……人って普通、こんなに綺麗に寝られる?
ともかくも、彼を起こさないと何も始まらないので、少し惜しいけどキラの肩を揺さぶった。
「キラ。……起こしてごめんね。おはよう。」
薄っすらと目を開けると、彼のカーマインの目が、ぼんやりと私を捉えた。
貧血のせいで、顔は真っ青。覚醒しきっていない表情に、本当に起こすのが可哀想になった。
「え……っ……。」
ぼうっとしているキラの目が、色を失った気がした。腕を力強く引っ張られて、そのまま首元を晒される。細やかな息遣いで、キラが軽く口を開けたことだけはわかった。
……あ、喰われる。
首にかかった熱い吐息に、それだけはわかった。
「……あ。」
覚醒したのか、輪郭のあるキラの声がした。驚いて目を合わせると、ちゃんと目に色があって、安心する。
「びっくりしたぁ……。体調どう?」
キラは私の目を見ると、青白い顔を更に青くして、私をトンと突き飛ばした。
「キラ?どうしたの……。」
「来ないでっ!」
ベッドの上で、無理やり上体を起こしたキラは、震える手で顔を覆った。寒いのか、歯を何度も鳴らしている。
「キラ?本当に、大丈夫?具合悪いんだし、身体動かさないほうが……。」
キラは、今まで見せてくれたことがある楽しい顔じゃなく、悲憤と焦燥が混じったような険しい顔で、私のことを睨むように見た。
「アナリー、離れて。……いいから、早く。」
どうしたいきなり。まだ寝ぼけてるの?
次の言葉を待つためにその場に突っ立ってみると、キラが何かを抑えるように唾を飲んだのがわかった。
「……なんで出ていかないの!」
「え?」
逆に、なんで?血を吸う気なら、吸えばいいのに。
「貧血なんでしょ?ご飯のために来たんだけど……。」
というか、いつもの子どもみたいな喋り方はどうした?「〜だヨ!」みたいなあの口調どこ行った?
私の返答に、キラは「余計なことを……」と、深く溜息をついた。
「アナリー、ごめん。本当に出ていって。……これ以上近付かれたら、俺はキミを殺すかもしれない。」
いつもとは違う、大人びた声。その声が抗っているのが『欲』だと、流石の私も気付いた。
「喰えばいいじゃない。別に、死んだって私は何も思わな……。」
「冗談で言ってるんじゃないんだよ、こっちは!!」
張り上げた叫び声の力強さに反して体力は限界なのか、キラの体はズルズルと壁に沈み込んでいく。私を襲わないようにしているせいか、冷や汗が幾筋も、細い顎を伝って落ちている。
「お願い……。本当に、出てっ……え?」
私は、自分の指先をわざと咥えさせた。キラは抗って歯を立てないようにしているけれど、我慢も限界のようで、さっきよりも強く、歯をカチカチと鳴らしはじめた。
「キラ、私は貴方が心配よ。冗談じゃなく、本当に顔色が悪いもの。……ねぇ、責任なら私が取るし、私はそんなに軟じゃない。だから、抑えないでいいの。」
震えたキラの手が、そっと私の肩に伸びてくる。彼が強く目を閉じた後に弱々しく響いた「……もう、どうなっても知らないからね」という声とほぼ同時に、抉るような力強さで、首筋に噛みつかれた。




