24.神話の中のよう
ロードがお城にやってきてから、数日が経った。あのあとから、D班所属のゴウ・タイルが私を見てくる機会が増えた。
小さな声で遠慮がちに「アナリー……」と私を呼んでは、やっぱり何でもない、を繰り返す。
同室のサムス・マロトが彼を心配していたのを思い出して、血をあげようかと提案すると、それは断られる。寧ろ、他の吸血鬼から良くない扱いを受けているせいで顔色が悪いから、こっちから願い出て血を飲んでもらいたいくらいなのだけど。
彼のその態度と関係があるのかどうかは分からないけれど、ロードがお城に来た日、部屋に戻ったら私の剣が布に包まれて、机に置かれていた。
……正直、この剣を出すつもりはなかった。それどころか、もう、剣を手にするつもりもなかったのに。
思い出したくない記憶が頭に浮上してきたから、慌ててそれを薙ぎ払う。良くないことを考えても、いいことは何もない。
部屋を出て、気分を変えよう。部屋の中にいたら、悪い方に思考が傾いてしまいそうだから。
日が昇っているから、太陽に弱い吸血鬼は眠っている。私は時々起きて、日光を浴びる時間を楽しみにしていたりするけど。
お城の玄関に降りてみると、久々に見た、青空。雲一つない晴天に、暖かい気温の中に吹く少し冷たい風。もう時期、故郷のマチレ村は冬になる時期かしら。
『帰っておいでよ。』
ロードに返した言葉には、僅かの偽りもない。ここに残ると決めたのは、私がここで必要とされているから。
……でも、両親や弟たちにとっては、『突然化け物に奪われた娘』が私。なぜ帰ってこないのか、なんて、思うのも当然。娘の意思だというのなら、尚更。
ごめん、皆。私、まだ此処で生きているって実感がないの。死ぬつもりで来て、寧ろそれを是として受け入れてきたから、時間を持て余しているみたいで。正直にいうと、次の瞬間に殺されたって、私は何も思わない。
だから、ここに残ったのは、ただの興味本位。必要としてくれる人たちがいるなら、敢えて死ぬ必要もないかな、なんて軽く思っただけなの。
「こんなこと言ったら、怒られるのかしら……?」
それか、死ぬ気がないなら帰っておいで、なんて、見当違いなことを言われるのかも。『敢えて』死ぬつもりがない、だけなのに。
……ああ、だめだ。今日はなんだか、良くない方向に物事を考えてしまうみたい。
こんな思考じゃ、吸血鬼たちにも失礼だわ。
自分の選択に、責任を持たなくちゃいけないのに。
静かな城内を、ゆらりと歩く。窓がないから、日が差し込むなんてことはありえないけど、それでも温かさを感じるこの時間は穏やかで。
頭を空っぽにするには丁度いい。
……なんて、思っていた矢先のことだった。
琥珀に照る、蜂蜜色の長髪を揺らして座り込む、とても美しい人影が見えた。
美しい、なんて言葉が甘く温く感じてしまうような、例えるなら神話の中の女神とでも呼ぶべきか。今まで見たことがないほどの、美しい人。
「ゴウ……?」
私の、熱に浮かされたような声に気付いたようで、彼のシルバーグレーの死んだ目が此方を捉えた。
緩くウェーブを打つサフランイエローの長髪は微かに乱れ、髪を下ろしている初めての姿。力なく床にへたり込むその姿に、生き物の絶美を感じた。
美形揃いの吸血鬼の中でも、彼は群を抜いて美麗で。きっと、吸血鬼の中で一番美しいのは、この人。
「あ、アナリー……?」
何してるのよ、こんなところで。そう言おうとして、声が消えた。
ゴウの目から、とめどなく涙が溢れだしていた。目を凝らすと、華奢な指先は血に染まっていて、爪が剥がれている指もあった。
「ちょ、ちょっと!何があったの⁉」
慌ててゴウの目の前にしゃがみ込む。ゴウは反応にワンテンポ遅れているようで、私の目を数秒見つめた後、ふるふると緩く首を振った。
「なにも、ないよ……。」
「そんなわけないでしょ⁉なんでこんなにボロボロに……。」
彼の横に、両手で持てるくらいの箱が二、三個積み上がっていた。そして、その箱からは、凶器のような針がいくつも突き出ていた。
「なに、これ。」
手の怪我は、これが原因……?
とりあえず止血をしようと、自分が持っていたハンカチを縦に裂こうとした。けれど、それはゴウによって止められる。
「大丈夫……。吸血鬼は、すぐに治せるから。……触れれば、ほら。」
ゴウは、自分の指先を掴んでから、パッと手を離した。指先の傷跡は消えていて、血で汚れてはいるけれど、何事も無かったかのような、無傷の指が現れた。
私はハンカチをどうすることもできず、取り敢えずポケットにしまった。
「ねぇ、ゴウ。どうして、こんなものがあるの?何が、あったの?」
粗方察しはついている。ゴウは、他の吸血鬼からよくない扱いをされているって。それがもしこれなら、どうしてこんなにひどいことが出来るんだろう。
何のために、こんな事をしているんだろう。
ゴウは、止まらない涙をそのままに、私から目線をずらした。すると、もう耐え切れなくなったのか、やがて手で口元を覆って、溜まった涙を落とすように目を閉じた。
「……誰か、呼ぶ?」
きっと、ゴウが望んでいるのは私ではない。他の吸血鬼に声を掛けるため、私はスッと立ち上がった。
「待って……。」
その瞬間、私のスカートが弱い力で引っ張られる。未だ涙を落とし続ける彼は、私に向かって縋るように言った。
「一人、に……しないで……。」
泣いて目尻を赤くした彼は、その姿すらも美しかった。
私はただそのまま、ゴウの横に座った。




