23.瞳に咲いた、大輪の薔薇
城の外に出たとき、人間の男がユーリスに向かって剣を振り下ろしているのが見えた。ユーリスは、一瞬だけ顔を引き攣らせた後、何か覚悟をするように目を閉じた。
おれは、一歩も動けず、ただ行く末を見ていることしかできなかった。
……キン、と、高い金属音が辺りに響く。その鋭い音に、全員が息を呑む気配がした。
「えっ……?」
「アナリー……?」
シルクのように柔らかな、ローズレッドの長髪。星が瞬く夜空を彩るエメラルドの眼光は、真っ直ぐに男を見つめていた。
アナリーが、ユーリスの前に立って、男の剣を弾き飛ばした。
柄に薔薇が描かれた、白のロングソード。温かく笑っているアナリーの、見たこともない瞳の鋭さに、その場にいた全員が呆けていた。
「……ロード。」
アナリーが、聞いたことのない低い声で男を呼ぶ。ロード、と呼ばれた男は、自分の手から剣が離れたのを確認すると、そのまま無言で剣を拾い上げた。
「……まさか、君がその剣を此処まで持ってきていたなんて、思ってなかったよ。意外だね。」
その剣の構え方、変わっていないみたいだ。……男は、楽しそうに笑ってそう言った。
「いきなり、何をしているの?」
「まさか、アナリーが、此処にいる、なんて言い出すものだから。……これをよく見てごらん?」
アナリーが、噛み殺さんばかりの勢いで男を睨む。それに対し、男は片眉を上げて、アナリーを煽るように視線を向けると、拾い上げた剣を、さっきよりも速い動作で突いた。
「……っぐ、ぁ……!」
……男の剣が、ユーリスの腹を刺した。血塗れの剣を肩に構えて、男は倒れ込むユーリスを眺めていた。
「!キ……。」
「ユーリス!!」
何かを言いかけたアナリーの声を掻き消すように、スイレイがユーリスに駆け寄った。ユーリスはスイレイに体を預けると、血を噴き出しそうになる口元を手で押さえて、もう片方の手で傷に触れた。
アナリーが、キッと男の方を睨みつける。
「ロード……。貴方、何を!」
「よく見て、アナリー。……傷が治ってる。」
怒りで顔を赤く染め上げたアナリーの肩を掴み、男はアナリーの視線をユーリスに向けさせた。
手で触れた場所が、じんわりと治っていく。アナリーも何度も見たことがあるはずの、吸血鬼の能力だ。
「これが、なんなのよ。ハッキリ言いなさい。」
「……こいつらは、化け物だ。」
男は、血だらけの剣を振るって、白い砂を血で汚した。そのまま剣を鞘に収めると、塵を見るような冷たい目で、ユーリスを見下ろした。
「普通の人間は、傷に触れるごときで怪我を治せるわけがない。生きている時間も有限だ。それなのに、この化け物はそれに嵌まらない。」
アナリーの顔が、何かを悟ったように影を落とす。それに味を占めたように、男は赤い舌で唇を舐めた。
「此処にいたら、君は間違いなく殺される。……帰っておいで。今の君に、帰らないなんて選択肢は本来、ないはずだよ。だって、帰ることができるんだから。
皆が、君を待ってる。ご両親も、弟妹たちも、ぼくだって。身の安全が守られる、あの村で。ね?」
まるでドラマチックなストーリーのワンシーンのような言葉に、アナリーが戸惑うように視線を彷徨わせる。真っ青な顔色のままアナリーを見つめるユーリスも、その体をしっかりと抱きしめるスイレイも、何も言わなかった。
「貴方、何か勘違いしていないかしら?」
筋の通ったアナリーの凛とした声が、音のない砂漠に響き渡った。
「え……、ちょっと、アナリー……。」
「私、元々、生きたいだなんて思っていないもの。貴方や弟妹がいる手前、簡単に口には出せなかったけど。此処で死んでもいいと思った。いわば、この時間は私にとっての『ついでの時間』なの。」
狼狽える男に、アナリーはしっかりと言い切る。それから、彼女はとてもきれいな笑顔で言い放った。
「それに、貴方は彼に怪我を負わせた。……ごめんなさい。私、人の骸の上にあるドラマチックは、好きにはなれないの。」
遠目でも、ハッキリ分かる。スイレイに抱えられたユーリスが、虚ろな瞳のまま、静かに涙を流していた。
「君を求める人間は、君の身内だけじゃないよ。」
男の声が、愚かな人間を諭すような響きに変わる。
「アナリー。君は今、村を越えて国から求められているんだ。逃げないで。……ね、お姫様?」
アナリーの顔が、さあっと血の気を失っていく。アナリーの手を取ろうとする男を、アナリーは弱々しく突き飛ばした。
「……っ、姫と呼ばないで!」
「本当に、帰る気はないんだね。」
「ない!」
アナリーの声色が、弱々しいものに変わっていく。男はその様子に、困ったように笑うと、クイッと馬の手綱を引いた。
「わかった。時間をあげるよ。今回は君を此処に置いておく。でも……。」
男が、スマートな仕草で、銀の毛並みの馬に跨る。それから、警戒も解けてしまいそうな柔らかい笑顔のまま、その薄い唇を歪めた。
「カルファリア・パレスリー。……その名をわすれないでね。ぼくは、輝いている君がいた村の景色に、誰より焦がれているんだから。」
今日は帰ろう、と、男が指示を出す。周りにいた人間たちは呆気にとられた様子だったけれど、男が本気で去っていったので、慌てて後を追っていった。
「ゴウ。」
突然呼ばれた名前に、おれの肩はピクリと跳ねる。その声の主の姿を見て、そっと胸を撫で下ろした。
「リベリテ……。」
「何してた。部屋に戻る。体を冷やすな。」
「ごめんって……。」
リベリテ・コルト。紫のスクエアグラスが特徴的な、おれと同じD班の吸血鬼で、リーダーのサムス・マロトの補佐をしている。アシンメトリーのキャラメル色の髪に、涼やかなミッドナイトブルーの瞳。おれの体を城に向けてきた時に、リベリテは外にいた三人を見ていた。
「ユーリス、怪我はまあ大丈夫そうかな?でも、様子は見たほうがいいかもね。」
「ああ……。」
リベリテは、まだ三人から目を離さない。……いや、三人じゃなくて、ずっとアナリーの方を見ていたんだと思う。
「カルファリア・パレスリーか……。」
リベリテのその呟きには、なんともいえない曖昧さが混じっていた。
次の日、何の気なしに外へ出ると、薔薇が描かれた一本の剣が砂に落ちていた。
本作をご覧いただきありがとうございます。水浦です。
久々に出てきてくれたロード、また暫しご退場願います。突然の訪問者、なんだか悪者みたいな雰囲気になっていましたね。どうしてでしょうか。
さて、次回からは王子様吸血鬼ゴウ・タイル編となります。ゴウ編は、かなり序盤でスパッとまとまっているはず!です!そして、またお前かと思わないで頂きたいのですが、キリア編もまたちょこっと出てきます。……またお前か。
段々と人が増えてきましたね。ですが、まだまだ増えますので、お付き合いいただければと思います!




