22.アンダーライン
「ねー、ニコ。キラどこいった?」
「人間たちが襲いに来るとき、いつもしれっと消えてるよね……。」
黄色の石飾りを肩に着けた吸血鬼二人。E班の吸血鬼、ニコ・ワーナードとオレ……ルカ・ユリィは、それぞれが城に来る振動に顔を顰めながら、会話を続けていた。
オレの眼の前のベッドに腰掛けているニコは、不安そうに視線をあちこちに動かしてる。
アホ毛が飛び出たロイヤルパープルの髪にアプリコットの目。そして左手には緑石が嵌め込まれた、目玉を模ったアニバーサリーリング。
吸血鬼最年少のオレが、此処……集落『スファラ』にやってきて、たかが三年。まともに会話をしたことがない吸血鬼だっているし、皆もオレをきっとよく知らない。
そんな短い時間の中に、同じE班のキリアとニコは色濃く存在している。
オレから見たニコは、すごく天然だ。そして、思ったことをすぐ口に出してしまう純粋さもある。オレよりうんと年上だというのに、弟ができたみたいな気分になる。
そんなニコは、とうとう座っていられなくなったみたいで、部屋のあちこちを歩き回りだした。一往復、二往復していくたびに、少しずつ顔が青ざめていく。
「なあ、ニコ……。精神が安定してない時に動き回ると、脳にいらん負担がかかってショートするぞ。」
「えっ、そうなの!?」
「……嘘だよ。」
思いつきのオレの言葉をすぐ信じてしまう。オレは人をからかうのが好きなので、オレはニコをターゲットにすることが多い。純粋だから。
「むしろ、運動しておいたほうが頭スッキリするだろ。悪影響はあまりない。」
「そうなんだぁ……。」
純粋だなぁ。
オレとのくだらない会話で、気分が幾らか落ち着いたのか、ニコはまたベッドに戻ってきた。自分のマントの石飾りを撫でて、一人「大丈夫……」と呟いている。
「ニコ、怖いのか?」
別に、この状況を怖いと思うのはおかしな話じゃない。自分たちを殺しにくるやつに、怖いと思わないほうが異常だ。
ニコは、オレとしっかり目を合わせたあと、ふるふると首をゆるく振った。相手の目を見て話せるところ、すてきな長所だ。
「怖い……けど、襲われることが怖いんじゃなくて、知らない間に誰かが消えてしまいそうで。それが怖いかな。」
ニコは眉を下げて笑ったまま「ほら、現にキラだって此処に居ないしね」と呟いた。
「俺にどうこうできる話じゃないって分かってるんだけど。でも、誰一人にも消えてほしくない、って思うんだよ。」
「……。」
オレは、僅かに口を開いたけれど何も言えずに、強く手を握りしめた。
ニコは純粋だけど、それでいてやっぱり大人だ。ただ純粋な子供だったら、自分の身の上に降りかかる災難のみを恐れるだろうに、ニコは自分以外を案じている。
そういうところ、本当にオレは子供で、他のE班の皆は大人だ。ニコもそうだけど、キラだってきっとそう言う。
「……ルカ。」
ニコに名を呼ばれて、くるりと振り返る。ライムイエローのオレの髪が、視界の端で踊った。
「自分の身に何かあったら、迷わず俺やキラを呼んでね。ルカになにかあったら、耐えられないから。」
「……お前もな、ニコ。」
ぎゅっと抱きしめられた腕の中で、ボソリと返す。オレなんかよりもずっと、ニコのほうが勝手に何処かへ消えていってしまいそうだ。
それこそ、『みんなのため』なんて言って、悪魔に自分の命を捧げようとすらしてしまいそうなのに。
そっと、抱擁を解く。不安げに揺れているニコの視線が、オレを輪郭通りになぞっていった。
○○○○○○○
……ぐらりと城が揺れるほどに、高い金属音が外から聞こえる。その音に、オレもニコも気が付いた。
アイツを起こしてしまわないように、そっと窓の方へと駆け寄る。剣を持っている男が、ローズレッドの長髪を持つ少女の隣に立っていた男に向かって、剣を振り上げていた。
「……ユーリス!」
「危ない、逃げて!」
オレたちのリーダーに、届きもしない叫びを放つ。ユーリスが、自分の死を悟ったように、目を閉じたその時だった。
剣がぶつかり合う音が、オレたちの、耳に聞こえた。
「え……?」
剣を持った人物が、男の瞳をまっすぐに捉えている。
そこにいたのは、エメラルドグリーンの瞳を瞬かせ、薔薇色の長髪を持つ少女、だった。




