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2.冷たい砂漠


 乾いた空気に、目を覚ます。

 ……目を覚ます?私、寝てたの?私が?

 焦って体を起こすと、広がったのは砂の土地だった。真っ暗な夜の空と、痛いくらいに刺す星の光と、地平を覆う白い砂の香り。それが、私に入ってくる情報だった。

 どうやら、暫くの間、気を失っていたらしい。気絶をしたのは、人生で初めてだ。

 砂に埋もれて、探すのに手間取った懐中時計を見ると、さほど時間は経っていなかった。

 ……鏡を通っても、死ぬことはないようだ。

 改めて、ゆっくりと辺りを見回してみる。細やかな黒の粒に目が慣れると、より広く、視界に捉えることが出来るようになった。

 まるで、果てのない世界に思えた。


「……ああ、今年は随分と早いですね。」


 背後から、ふいに、一人の男の声が降ってきた。

 冷ややかでいて温かく、愛しいようで怖いようなその声はまるで、私という存在を矜恤きょうじゅつするかのような響きだった。

 声の方を振り返ると、星影に溶けてしまいそうな痩躯の男が、一人、砂の上で安定的に立っていた。

 外にはねたスノーホワイトの髪。目は曲線を描くほど笑っていて、柔和な雰囲気が窺える。髪と同じ色のベストに、皴一つない真っ白な長ズボン。肩には、銀糸で幾何学模様が描かれた白い立て襟マントを掛けている。マントは、躑躅つつじ色の石が埋め込まれた金の飾りで、両肩に留められていた。

「貴女のお名前を伺っても宜しいですか?」

 至極丁寧な所作。目の前の男に、私は少し仰け反った。けれど、此処で逃げたって、身軽な男の走力に敵う訳がない。そもそも、逃げようと思って、ここにきていない。

 此処は鏡の奥、化け物の世界で、こいつは恐らく吸血鬼だ。

「……私は、アナリー。アナリー・メルテよ。」

 私の声に、男はふむ、と頷いて、腰に括り付けていた革のポシェットから、深緑の古びた手帳を取り出した。

 そして、ぺらぺらと捲りながら、目で手帳を追っている。

 彼の瞳は、コバルトブルーとスレートグレーのオッドアイだった。両目とも、宝石のように澄んでいて、周りが夜空で暗い分、更に輝いて見えた。

「確認いたしました。今年の提供者サクリファイスの方で、間違いないようですね。」

 ……生け贄(サクリファイス)って。言い方があまりにもストレートすぎるでしょ。他になかったの?

 と、突っ込むのはやめておく。

 男は手帳を仕舞うと、自分の胸元に手を当て、目の前の小娘に恭しく頭を下げた。

「先ず、私の自己紹介をさせてください。私はレイネル・ハルマ。本日はアナリーさん、貴方の案内役を務めさせて頂きます。どうぞ、宜しくお願い致しますね。」

 フッと微笑み、レイネル・ハルマと名乗った男は、私へ、白いグローブに包まれた手を差し出す。

 私は、その手を取らなかった。

「……それでは、行きましょうか。」

 ハルマさんは、闇に映える白いマントを風に靡かせ、私の真意を探るように見つめてきた。

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