祈る
「あの時……?」
クスナは何か考え込んでるように、ミンの手を見ていた。
「話をそらさないで」
今度はミンが焦りはじめた。
クスナが熱中症で倒れた時、他ならぬ長老時代のミフルもそこにいた。
あってはならない事だが、ミフルはクスナを亡き者にしようとしていたのだ。
ミンはその時、邪眼でクスナの記憶を消したのだ。
その後、ミフルとミンは口論になった。
『彼は魔導師ですよ。邪眼かけられてた間のことなんかすぐに思い出しますよ』
そんな言葉をミンは言っていた。
――つまり、ミンはクスナに思い出して欲しくないんだな。
ミン一人だけの意見ではなく、レファイ家で雇われた魔導士をラテーシア家の者が殺そうとした、となると大問題だ。
絶対にその時のことを思い出させないようにしないと。
だが、今まさにクスナは思い出そうとしている。
――思い出すな!忘れたままでいろ!
ミフルは祈るような気持ちだった。
人間の姿であれば邪眼を掛けてまた忘れさせることもできるだろうが、今は環境維持ロボだ。魔法は使えない。
――思い出すな思い出すな!
ミフルは手を合わせ、本当に祈っていた。
それが功を奏したのだろうか。
クスナはミンの手から目線を外した。
「……何でしたっけ?」
これも最高位のなぜる技だろうか、とミフルは安堵する。
ミンが再度、邪眼をかけたとかそういうわけではない。
今、周りにはちらほら人がいるし、そんな状況で邪眼なんかかけられるわけがない。
人知れず、ミフルの祈りが何らかの効果があったようだ。
「コーヒー売りの女性と仲良さそうだったじゃないですか?」
「あぁ、親友の妹なんですよ。寒い国から来たから心配もあって……」
「そうなんですか?」
ミンはまるで、探るかのようにクスナを見ていた。
その間も、ミフルはクスナが思い出さないように祈っていた。
「えぇ、雪に覆われた故郷と砂に覆われたこの地とでは、まるで異世界のようですからね」
「そうでしたか」
ようやく、ミンは納得したように頷いた。