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2-4

「見事だったな、メリッサ」


 騎士団の建物を出ると、頭の狂ったフリードが褒めてくれた。どうせイカれていると思いつつも、素直に褒められると嬉しい。


「ありがとう、フリード。でも、ジルは予想以上に強かったわ」


 国境だからだろうか。ヤヌース伯爵領の騎士団長よりも、恐らくジルのほうがずっと強い。おまけに、咄嗟の私の背負い投げにも防御の姿勢を取った。戦い慣れているのは分かっているが、ジルは剣術武術ともに達人の域に達しているような気がする。武術に関しても、真正面からぶつかれば私だって負けるに違いない。


「当然だ。弱ければ、騎士団長など務まるはずもない」


 正論を吐かれ、そりゃあそうだよな、と思ってしまう。私は定期的に訓練していたとはいえ、令嬢(召使い)だった。これからは武闘家として活躍するために、訓練しなければならないだろう。


 ここで、ふと頭の中に疑問が湧き起こった。フリードはジルと会う前に、騎士団の任務がとても危険だと言っていた。騎士の仕事が危険であることは知っているが、一体なぜそんな誇張をしたのだろう。


「ねえ、フリード? 」


 私は歩きながら、背の高いフリードを見上げる。するとフリードは、やはり無表情で私を見下ろす。だがその瞳には、出会った時のような冷たさや敵意は見られない。


「騎士団って、どんな仕事をしているの? 」


 我ながら愚問だと思う。騎士団の仕事といえば、領地を守ることだろう。

 だが、フリードは意外にも親切に教えてくれたのだ。


「我が領地は、国境部分を魔物の住む山々に囲まれている」


 そう言ってフリードは遠くに聳え立つ山を指差した。その山々の頂はすでに雪を被っており、どす黒く禍々しい雰囲気を醸し出している。


「あの山々から時々魔物が降りてくる。それを退治するのが騎士団の主な仕事だ」


「へぇー……魔物退治なんだ。

 私はてっきり、悪い人を処罰したり、外国が攻めてくるのを防ぐのかと思ってた」


 ヤヌース伯爵領は国境地ではなかった。周りも人が住む領地に囲まれていた。そのため、争いなんかはなかったし、魔物なんて見たこともなかったのだ。


「もちろん、隣国から国境を守る仕事もあるが、今や隣国は同盟国だからな」


 フリードはにこりともせずに言う。この人の無愛想はもとからなのだと思い知る。


「魔物退治かぁ……」


 なんだかうずうずしてきた。相手が人ではないのなら、思いっきり技をかけられるではないか。


 こんな私の気持ちを、フリードは分かってしまうのだろうか。


「念のために言っておくが……」


 そして、その薄い青色の瞳でじっと私を見据える。フリードが恐れられているのは、その性格はもちろんだが、この瞳のせいでもあるだろう。色素は薄いのに、眼力は極めて強い。睨むだけで、人を殺してしまいそうなほど。


「魔物退治に行きたいとか、馬鹿なことは言うな」


 フリードは低く吐き出す。


 ……馬鹿なこと? 失礼な。私は本気だ。

 そして、フリードともいずれ婚約破棄をする身だ。今後武闘家として活躍するためにも、ぜひとも魔物退治には行きたい。


「はーい」


 わざとらしく返事をするが、おとなしく従うはずがないと心の中で思う。

 そんな私をじろじろ見るフリード。きっと、私が行く気満々であることに気付いているのだろう。しかも、今日私に、パワー手袋とジャンプ靴を買い与えてしまったのだ。これらの威力も試さなきゃ。




 気付くと、太陽はもう真上まで上がっていた。通り過ぎる家々からは、昼食のいい香りがする。


「お腹すいてきたね」


 私はフリードに告げる。


「パワーの出るお肉をたらふく食べたいや」


 我ながら、令嬢としてあるまじき言葉だと思う。亡くなったお母様が聞くと、青ざめてひっくり返ってしまうだろう。だが、淑女を捨てた私は、もうおしとやかに囚われない。


 私の言葉を聞き、


「肉か」


フリードは機嫌良さそうに言う。


「分かった。男臭い肉料理店に連れて行ってやろう」


 そう言ってフリードは、本当に男臭い肉料理に私を連れて行ったのだ。




 その店は、繁華街の一角にあった。古びた建物の扉を開けると、店内にはもくもくと黒い煙が充満していた。おまけに、炭火で肉が焼ける匂いが充満している。記憶の中にある、BBQ(バーベキュー)の匂いだ。


 店はすでに満席で、いかつい体格の荒々しい男で溢れていた。


「わー、本当に男臭い肉料理だね」


 私は思わず苦笑いしていた。ここはまさしくガテン系の巣窟。上流貴族からは最も遠い場所なのだ。

 フリードが私をこんな場所に連れてくるということは、もはや女として見られていないということだ。……望むところだ!


「美味しそう!」


 私は、大きな炭火の上で焼かれている肉を見て声を上げる。


「私、この大きいやつがいい!」


「分かった」


 フリードは店主に注文を告げ、窓際の席に座る。悪魔辺境伯がこんなところにいるものだから、一斉に周りの男たちから注目を浴びながら。だが、当のフリードは気にもしない。どかっと汚れた椅子に腰掛け、私に飲み物のメニューを差し出した。


「何か飲むか? 」


「あ。じゃあ、ビールにする。大ジョッキで」


 もはや女として見られていないことをいいことに、私は素を出しまくりだ。こんな私を見て、フリードはいちいち面白そうな顔をする。

 フリードにはぜひとも無表情のままでいて欲しい。感情を表に出すと、私だって時々我に返ってしまうから。あまりにも素を出しすぎているのだと恥ずかしくもなる。


 フリードはこんな私を、「つまらない女」だと言い放った。フリードの頭が元に戻ったら、素の私に対して大激怒するかもしれない。いや、得意の無視を決め込んで、黙殺するかもしれない。今、こうやって楽しそうにしてくれているのも、全て頭にダメージを負っているからなのだ。



 大ジョッキに並々と注がれたビールが運ばれてくる。それに口を付け、ぐっと飲み干した。


「うー!やっぱり飲み物はビールに限るねぇ!」


 オヤジみたいに言い、美味しそうな串刺しの肉に手を伸ばす。それを頬張ると、炭の香ばしい風味の中、ほんわりとした甘味が広がった。


「わー、この肉美味しい!牛肉!? 」


 そう聞いた私に、フリードは口元を歪めて告げた。


「魔獣の肉。これは毒コウモリだな」


「げっ、マジで!? 」


 思わず吐き出しそうな私を見て、フリードは目を細めて告げた。


「冗談だ。これはマトンだな」


「うわっ、嘘つくとか酷い」


 怒る私を見て、フリードは面白そうに笑う。

 そんな顔で笑わないで欲しい。フリードといると楽しいだなんて、思ってしまうから。フリードに心を許せば許すほど、いい人だと思い込めば思い込むほど、最後に泣くのは私になるのだから。

 



いつも読んでくださって、ありがとうございます!

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