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「メリッサ、ここはアクセサリーの店だ」
フリードに街を案内してもらいながら、はや数十分が経っていた。フリードが嬉しそうに案内してくれるため、非常に言いにくいのだが……私はアクセサリーとかコスメなどに興味はない。むしろ、もっといかついものや、強いものに興味がある。
「メリッサ、欲しいものはないのか? 何でも買ってやる」
頭の狂ったフリードにおねだりも出来るが、正直本当に興味がない。ふと、外を見た私は、とある看板に目が行った。
『武器と防具の店』
これだ。私が探していたものは、こういった店だ。だが、この店に行きたいと言うと、フリードは困惑するかな。なんて思いつつも、はっと気付いた。どうせ婚約破棄される身だ、好き勝手にやらせてもらおう。
「ねー、フリード」
私はフリードのシャツを掴み、その店を指差した。
「私、あの店に行ってみたい」
無表情のフリードの顔が、驚きで歪んだのは言うまでもない。そのまま、我慢出来ないとでも言うように目を細める。
「メリッサって、本当におかしいな」
「いや、おかしいのはあなたの頭よ」
勢いで言ってしまったが、フリードは華麗に無視をする。頭が狂っても、無視というスキルは健在のようだ。
そして、不意打ちのフリードの笑顔にどきんとしてしまったのは秘密だ。婚約破棄される身だし、もちろんフリードに気もない。ただ、イケメンの笑顔は目に毒だったのだ。
『武器と防具の店』は、まさしく私にとってのパラダイスだった。私は目を輝かせて、防具やら武器やらに見入っている。なかでも気になったのが、この『パワー手袋』だ。これを装着すると、攻撃力が四倍になるらしい。
「えー、すごいなぁ!これ使ったら、瓦割り三百枚くらいは出来そうわ」
思わずこぼす私に、
「瓦割り? 」
怪訝な表情で聞くフリード。
あ、いけない、ついつい口が滑ってしまった。
私は慌てて笑顔で取り繕う。そして、武器や防具を見ながら思った。私は可愛いものより、こういった強いものが好きなのだ。婚約破棄した後には、前世のスキルを生かして武闘家にでもなるのがいいかもしれない。
「この短剣も使いやすそうだわ。
でも、剣があったら技がかけられない」
「この靴、ジャンプ力が四倍になるの!? 」
様々なアイテムに興奮する私に、とうとう耐えかねたフリードが聞いた。
「メリッサは、何か武術でもしているのか? 」
「あぁ……うん。昔少しやっていて」
少しどころではない。日本でチャンピオンだったのだが。だが、今はそのスキルを完全に生かしきれていないのが辛いところだ。
「頼もしいな」
フリードは私と一緒にアイテムを見ながら、明るい声でそう告げる。そんなフリードにいちいちクラクラしてしまう私は、必死に抵抗しようとする。
「だから私、強い男じゃないと好きになれないの」
だからあんたは恋愛対象外だと言いたい。だが、フリードは挑むように告げる。
「望むところだ。少なくとも俺は、メリッサには負けない」
負けず嫌いの私はイラッとする。それと同時にきゅんとする。フリードにきゅんとするなんて、何かの間違いに決まっているのに。
今は頭が狂っているため、私に優しくしているのだろう。だがフリードが正気に戻った瞬間、私は敵となる。フリードに惹かれれば惹かれるほど、後から苦しむのは自分なのだ。
「じゃあ、今度勝負しよ? 」
「次は絶対に負けないから」
その言葉を聞き、私はフリードをじっと見つめていた。フリードは記憶を飛ばしているのかと思ったが、私が殴ったことも覚えているのだ。覚えていて、この対応なのだ。
ただ、頭が狂っているのは事実だろう。そのうち、殴られた怒りを思い出すに違いない。
結局、フリードはパワー手袋とジャンプ靴を買ってくれた。二つとも結構な値段のアイテムだ。高価なものを買ってもらい申し訳ない私は、
「フリード、ありがとう!大切にする!」
全力でお礼を言う。そして、そんな私を見て笑うフリードを見て、またきゅんとしてしまうのだった。
「メリッサが喜んでくれるなら、何でも買ってやる」
「本当? じゃあ、またおねだりしちゃおっ」
人々は、私と並んで幸せそうに歩くフリードを見て、驚きを隠せないようだ。私ですら驚きを隠せない。冷酷で無表情の悪魔辺境伯フリードが、こんなにも楽しそうにしているだなんて。そして、この頭の狂いがずっと続きますようにと願わずにはいられなかった。
「お前は、武術に興味があるんだな」
街を歩きながらフリードが聞く。その言葉に頷いていた。そして、婚約破棄したら武闘家になる、なんて言葉が喉の先まで出かかった。
「それなら、騎士団を見に行くのはどうだ?
ハンスベルク領の騎士団は、とても危険な任務に就いている。求められるのは剣術だけではない。
彼らの武術の腕も、なかなかのものだ」
「えっ、本当に!? ぜひ見に行きたいわ」
武術という言葉を聞き、私は目を輝かせていた。武術にも優れた騎士団だとしたら、ぜひお手合わせ願いたい。久しぶりに、思いっきり人をぶん投げたいのだ。
もちろん、人を投げ飛ばす姿を見て、フリードをはじめとする人々に引かれても、私は痛くも痒くもない。だっていつかはこの地を去る身なのだから。
嬉しそうな私を見て、フリードはまた笑った。
「お前は本当に変わってるな」
きっと、フリードの言葉に悪い意味はないのだろう。そして、その言葉が素直に嬉しく思った。こうやって、私は頭が狂ったフリードに心を許し始めていたのだ。フリードが正気に戻った時、ダメージが大きくなるのは分かっているのだが。
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