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2-1.彼の頭が狂ったようですが

 結局、一睡も出来なかった。フリードヘルム様が生きていることを確認し、ベッドの上に放置した。そして、自分の部屋に戻ってからも色々と考えを巡らせた。どうやって生きていこうとか、どこへ行こうとか、そんなことばかり考えている。私の頭の中は堂々巡りを繰り返し、気付いたら部屋の中が明るくなっていた。

 さあ、今日は怒涛の一日が待ち構えている。



 私は起き上がると、準備されていたドレスに着替える。相変わらず豪華なドレスだ。そして身支度を済ませ部屋の扉を開けると、


「おはようございます、メリッサ様」


 清々しい笑顔のジェニーに迎えられる。


「昨夜はよく眠れましたか? 」


「ええ、とても」


 なんて答えながら、冗談じゃない。一睡も出来なかったと心の中でボヤく。

 それにしても、ジェニーの対応はごく普通だ。フリードヘルム様がお怒りではないのだろうか。それとももしかして、あの後お亡くなりになったとか!? それは困る。私は、人殺しになんてなりたくない。

 そんなことを考えてしまった私に、爽やかな笑顔でジェニーが告げる。


「閣下がお待ちです」


 やっぱりそうくるよね。そして、閣下はお怒りだよね。


「閣下お手製のハムをメリッサ様に食べていただきたいと、今朝早くから調理場に立たれていました」


 ……は?


「閣下、どうされたんですか? 」


 いや、私が聞きたい。悪魔辺境伯は、どういうつもりだろう。まさか、私に毒を盛るのか。





 昨日と同じ部屋に通される。すでに机の上にはカトラリーと、そして様々な料理が用意されていた。

 美味しそうなパンに、新鮮なサラダ。ベーコンエッグに……


「おはよう、メリッサ」


 不意に名前を呼ばれ、ビクッと飛び上がる。すると奥の扉から、盛り盛りに盛ったハムの皿を持ったフリードヘルム様が現れた。相変わらず表情は硬いが、無表情のまま私に話す。


「よく眠れたか? 」


 いや、全然眠れていないんだけど。


「これはうちの領地で育った豚肉を使用した、燻製ハムだ。俺が自ら調理した」


「……はぁ? 」


 私はぽかーんとしながらフリードヘルム様を見る。その顎は赤く腫れ、私が殴ったことは夢ではないらしい。当たりどころが悪くて、頭でも狂ったのだろうか。


「良かったら君に食べてもらいたい」


 だが、婚約破棄になるという現実を受け止めた私は強かった。『自由の身』という言葉が、眠っていた私の野心を突き動かしたのだ。


「どうせ毒なんでしょ? 」


 私は椅子に座りながら、フリードヘルム様にぶっきらぼうに告げる。


「いらないし」


 そして、パンを手で掴んで頬張った。こんな私を、フリードヘルム様は目を丸くして見ている。そう、その無表情の鉄仮面が、思いっきり驚いているのだ。

 どうせ婚約破棄になるのだから、おしとやかに振る舞うのはやめにしよう。そして、フリードヘルム様も現実を受け止めるがいい。自分の婚約者は、猫被っていただけだと。


 だが、フリードヘルム様は狼狽えている。


「毒なんて入れるはずがない!」


 そして、昨日は食事中に無駄話をするな、耳障りだと豪語したくせに、べらべらと話し続けるのだった。


「この豚肉は、領地で採れる薬草を混ぜて飼育しているんだ。疲れも取れると人気だ」


「えっ、そうなの!? 私、疲れてて」


 わざとタメ口で話してやるが、彼は全然怯まない。昨日のあの態度は何だったのだろうか。……きっと、本当に頭が狂ってしまったのだろう。


「メリッサは疲れているのか。肩でも揉んでやろうか? 」


「やめてよ。そういうの、セクハラって言うのよ」


「せ……セクハラ? ……何だ、それは」


 あー、何だか調子が狂う。こうやって、人に尻尾を振って懐かれるのは慣れていない。フリードヘルム様は相変わらず無表情だが、なんだか明るい顔をしている。ここは、脳のダメージが落ち着き、もとの悪魔辺境伯に戻るのを待つしかないのだろう。


 フリードヘルム様が冷静に考えることが出来るようになったら、いよいよ婚約破棄だ。

 それまでの間、ここで自由気ままに暮らさせてもらおうと思ってしまうのだった。こんな私は、俗に言う悪女なのかもしれない。




 フリードヘルム様の頭が狂っていると分かったら、まずはこの国のことを教えてもらわなければならない。私は何の前情報も無しに、この地に嫁いだのだ。何を隠そう、私は暇を持て余すのが嫌いだ。お嬢様は捨てたのだから、体を動かせるところでもあればいいのだが……


「フリードヘルム様は普段何してるの? 私、婚約者として何か仕事でもあるのかな? 」


 そう聞くと、


「俺のことはフリードと呼んでくれ」


彼は言う。あ、フリードでいいんだ。おまけに、頭が狂っているから、婚約者であることも否定されないようだ。


「俺は公務に入るけど、メリッサは好きに過ごしたらいい。必要があれば、街も案内してやる」


「本当? ありがとう」


 私は笑顔で告げていた。こんな私を見て、フリードは微かに口角を上げていた。

 あ、フリードって笑うんだ。頭が狂っているから、笑うことも出来るようになったんだ。


「じゃあ、お言葉に甘えて……街でも案内してもらおうかな」


「任せておけ」


 フリードはそう告げ、私の頭をぽんと優しく撫でる。屈強な男なのに、そんな風に大切そうに触れられると調子が狂う。その前に、悪魔辺境伯フリードを手懐けた感も調子が狂う。早く婚約破棄して欲しいのに、私はどうなってしまうのだろう。


いつも読んでくださって、ありがとうございます!

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