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 馬車が目的地に着いた時、辺りは夕陽によって赤く染められていた。馬車の扉が開いた瞬間、冷たい空気がどっと流れ込んできた。だが、酔いに酔った私には、この新鮮な空気が心地よい。

 ジルが先に馬車から降り、私に手を差し伸べてくれる。その手を握りながら、吐き気を必死にこらえて馬車を降りた。


 その瞬間、


「お待ちしておりました。ヤヌース伯爵令嬢、メリッサ様」


馬車の両隣には使用人が並んでおり、一斉に頭を下げる。そして、その使用人たちの列は、前に聳える広大な館の玄関まで続いているのだ。その玄関の前に、ひときわ目を引く男性がいた。


 背が高くがっしりとしていて、一目見て強靭な肉体を持っていることが分かる。髪は美しい銀色で、色素の薄い青みがかった瞳をしている。肌は透き通るように白い。

 とても美しい男性だが、その表情は氷のように冷たい。この人はまさか……


「ようこそ、ヤヌース伯爵令嬢」


 彼は相変わらず冷たい瞳で私を見、にこりともせずに告げる。


「私がハンスベルク辺境伯のフリードヘルム・ハンスベルクだ」


 あぁ、この人が悪魔辺境伯なんだ。いかにも冷たそうなこの人にぴったりの名前だ。私はろくな嫁入り道具も持たされず、この汚れたドレスで着てしまった。これ以上この人の名誉に傷付くことをしたら、私は怒りを買ってしまうに違いない。


 私はスカートを持ち上げ、頭を下げた。


「フリードヘルム様、お会いできて嬉しゅうございます。メリッサ・ヤヌースと申します。

 今後ともよろしくお願いいたします」


 フリードヘルム様は、私をじろりと睨みおろした。それにしても獣のような鋭い瞳だ。この瞳に睨まれると、さすがの私でも狼狽えてしまうのだった。


「メリッサ、長旅で疲れているだろう。まずは部屋で湯浴みをし、晩餐まで休んでくれ」


 彼は冷たくぴしゃりと言い、私に背を向けて館の中へ消えていった。そんなフリードヘルム様を見ながらも、悪魔辺境伯と言う割にはいい人かもしれないと思ってしまった。虐げられてきた身からすれば、ゆっくり沐浴出来て夕食まで休めるだなんて、天国に来たようだ。

 フリードヘルム様に会ってから、緊張で吐き気も吹っ飛んでしまった。だが、どっと疲れが襲ってきたのも事実だった。



 ぼーっとフリードヘルム様の消えた扉を見ている私を、


「メリッサ様」


近くにいたメイドが呼んだ。


「私はメリッサ様専属の付き人、ジェニーと申します」


 専属の付き人がいるだなんて、ここは本当に別世界だ。


「どうか荷物をお預けください」


「いっ、いえ!これくらい、自分で持てますわ」


 慌てて令嬢口調で告げる。そして、久しぶりの優しい対応をしてくれたジェニーに、笑顔で告げていた。


「ありがとう、ジェニー。これからよろしくね」




 ジェニーは広い領主館の中を案内しながら進んだ。ハンスベルク辺境伯邸は、ヤヌース伯爵邸よりもずっと広くて大きかった。たくさんの使用人がおり、虎の剥製なんかも飾ってある。開いた扉から見えたホールは、信じられないほどの広さで、シャンデリアが煌々と輝いていた。


 そして案内された部屋は、ボロ小屋に一人で住まわされていた私からすれば、まさしく異世界のものだった。白い清潔な部屋の中央には、可愛らしい応接セット。そして天蓋付きの大きなベッド。ドレッサーも大きくて立派だ。そしてクローゼットには、華やかなドレスがたくさんかけてあるのだった。



「メリッサ様。閣下は無愛想ですが、悪い人ではないのです。

 もしかして、閣下に怯えていらっしゃるのかと思い、お伝えさせていただきました」


 部屋に荷物を置いた後、浴室に直行させられた私は、ジェニーはじめ数人の侍女から体や髪を洗われている。もちろん今まで自分で洗っていた私は、正直この特別対応に戸惑いを隠せない。だが、通常の貴族はこういった生活をしているのだろう。それは妹のラファエラだって、例外ではない。きっと、今までの私が特別対応だったのだろう。


「そうなのね。その情報を教えてくれて、とても嬉しいわ」


 私はジェニーに告げる。


「わたくしみたいな者を受け入れてくださるんだもの、フリードヘルム様はとても寛大で優しいかたですわ」


 そう。愛がない結婚だとしても、私はヤヌース伯爵領を出ることが出来た、それだけで土下座出来るほどありがたい。フリードヘルム様がどんなくせ者でも、こうやって私を迎えてくださったのだ、ヤヌース邸にいた時よりはずっとマシな暮らしが出来るに違いない。私はそんなことばかり考えていた。



「さあ、準備は出来ました。メリッサ様ってとても美しかったのですね」


 ジェニーは頬を染めて伝える。きっと、この地に着いた時は、汚れた服と気分不良で見劣りしていたのだろう。そして、今の私は侍女たちの力を借り、信じられないほどに輝いている。


「閣下との晩餐の時間まで、お部屋でゆっくりされていてください」


「本当にありがとう、ジェニー」


 笑顔で告げると、ジェニーは嬉しそうに頭を下げて去っていった。慣れないVIP対応で正直戸惑うが、これがこの地での生活様式なのだろう。ボロが出てフリードヘルム様に嫌われないことを祈るばかりだ。


 鏡に映る、別人のような自分を見る。極上のドレスに、綺麗に巻かれた髪。おまけに、薔薇のいい香りまでする。このドレスは華やかで可愛らしいが……私にはちょっと動きにくいかな。

 私は鏡の前で、空手の構えを取ってみた。ドレスを着ている私が構えても、迫力は全然ないのだった。


 動きにくいドレスだが、この地で武術を使うことなんてないだろう。万が一武術を使っているところを見られたりなんかしたら、フリードヘルム様に嫌われてしまうかもしれない。


 だが、私が武術を使うシーンは、予想よりも早く突然訪れたのだった。




いつも読んでくださって、ありがとうございます!

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