43.白の荒野
大地の裂け目が尽きる、さらに彼方。
ヴィーラグア一行は、かつては豊かな森であり、今は見る影もなくなってしまった不毛の荒野の上空を、北へと向かっていた。
ツンドゥールカの山岳地帯は、その緯度と標高から、夏でも万年雪に覆われた氷結の地であった。
だが大戦に決着をもたらした魔核爆発は、氷の大地を山塊ごと吹き飛ばしてしまったと言われている。
それがただの噂ではないことは、辛うじて生き延びた者たちが、地平線に浮かぶはずの山脈が姿を消したのを目視していることで、証明されている。
だが、実際にその地を訪れて確かめようとした者は、人間のみならず種族の間でも皆無だった。
その理由は、爆発によって吹き飛ばされた土砂が作り出した、直径数百カマールにも及ぶ環状の荒野。
数十万とも百万とも言われる人間と種族の命を飲み込んだ惨劇は、誰の心にも抗いがたい恐怖を植え付け、その爪痕とも言える瓦礫と泥濘の連なりは、その奥に隠されている爆心地を、踏み入ることのかなわぬ禁断の地とするのに充分なものだった。
だからこそ、人間の干渉を排斥できる新首都の候補地として、有望と思えたのだが。
「おー、何か見えてきたぞ」
「あれはなんだろう、雪か?」
「いや、違うようですね」
「何やらゾクゾクしてきた」
「なんだドノドン、怖いのか?」
「ちっ、違う!」
巨龍形態のヴィーラグアは、背中のドノドンを相手に軽口を吐きながら、黒くくすんだ地平線の向こうから顔をのぞかせてきた、異形の大地に、眼を凝らした。
隣にはヤーゴートが、同じくジーンを乗せて前方を見つめている。
「この辺りはもう山岳地帯に入っているはずだが、やはり遠くから見た通り、きれいに吹き飛ばされてしまったようだな。今さらながら、魔核爆発の威力はすさまじい」
「なあ、魔核爆発っていったい何なんだ?」
「人間族の最終兵器だよ。力をため込んだゴウラの核を崩壊させて、爆発を起こすんだ。これでならず者の王を倒したのさ」
「なんだそれ? そんなことをしたら、自分まで死んじゃうじゃないか」
「そうだよ、自爆兵器だ」
「馬鹿な。それにいくらあいつが強かったからって、ここまでする必要があるのか? 人間って、そこまで狂ってるのか」
「そうだな、人間は狂っている」
「それにしても、これはいったい何なんでしょう」
初めは、雪か氷と思った。だがその場所に近づくにつれ、その異様さに気付いた。
泥土に覆われた大地が尽きたその先に突如現れたのは、純白の平原だったのだ。
上空から見た限りではその正体はつかめず、また生物の気配も感じられない。
しばらく進んでみたが、白い大地はどこまでも続いている様子だった。
ぐるり見渡すと、地平から地平まですっかり白一色に染まり、まさに雪景色のただ中にいるかのような錯覚さえ憶える。
「こんな高い所からじゃ何も判らねえよ。降りてみようぜ」
「ああ」
大きく円を描きながら、様子をうかがいつつ慎重に降下してみると、そこは一面に白い荒砂が敷き詰められた、平原となっていた。
ほのかな熱をともなった捷気が、足元から立ち昇っているのを感じる。
これのおかげで、この北の地にもかかわらず雪が舞うことも、地が凍てつくこともないのだろう。
大気にも影響が出ているのだろうか。ここから見上げる空は、夕暮れ時のような赤みを帯びていた。
「暑いな」
「捷気が出ている。うん、毒ではなさそうだ」
魔核爆発の残滓なら、毒気を含んでいるはず。だがそれらしい気配は感じられなかった。
あたりを満たす捷気に追いやられ、あるいは浄化されてしまったのかも知れない。
「この石砂はなんだ」
「灰……、ではないようだな」
龍人形態へと変化し、地面を踏みしめてみる。
ジャリジャリと耳障りな音をたてるそれは、砂というよりも軽石のような感触だ。
小砂利の中に大きな塊を見つけたヴィーラグアは、拾い上げてその正体に気付いた。
「ヴィー、これは」
ヤーゴートが、緊張に声を震わせる。
「ああ、これは……骨だ」
「なんだって? まさかこれ全部が、ここで戦っていた連中の遺骨だというのか」
「いや、そんなはずはない。種族と人間の兵士の全部を合わせたとしても、ここまでの量はないだろう。これは山脈の下に埋もれていた、おそらく太古の生き物の亡骸だ」
「なんだそりゃ。ますます信じられねえ」
「それにしても、まさかこんなことが」
見渡す限りの大地を埋め尽くす、白骨の海。
生前がどんな生物だったのかは想像もつかないが、おそらく数億、いや数十億か数百億か、それすらも見当がつかない。
これほどまでに大量の遺骨が、しかもこの場所に埋もれていたのは、どういう理由によるものか。
その上を覆っていた山塊が魔核爆発により剥ぎ取られたのも、果たして偶然なのか。
疑問は尽きない。
立ち昇る捷気を深く吸ってみたが、やはり毒は感じられなかった。
不思議な、不可解な土地だ。
ふと、ヴィーラグアは何者かの気配を感じた。
「誰だ……」
呼びかけても、返事はない。
ヴィーラグアは、陽炎に導かれるように、脚を踏み出していた。
「ヴィー」
「おい、どこへ行くんだよ」
仲間の声も耳に入らない。ただ進む。
自分の後を、何者かの気配が追ってくるのを感じる。
姿は見えない。
見えないが、たしかにいる……ような気がする。
追いかけてくる気配のみ……。
ではない。自分を追って来ているのではなく、同じ方角へ進んでいるだけだ。
何処へ……。
何処でもない何処かへ……。
しばらく進んでいるうちに、奇妙な感覚にとらわれ始めた。
身体が、沈んでいく。骨の砂の中へ。
いや、錯覚だ。
自分は確かに平原の上に立っている。
周囲を見渡しても、視界に変化はない。
だが、大地を踏みしめる感覚が不確かなものとなり、流砂に飲まれる感覚が全身を包み込んでいく。
やがて彼は、立ちすくんだまま空を見上げ、救いを求めるように右手を天に向けて差し伸べていた。
何者かの気配が、追いついてきた。
その者は、骨の海に沈んだ彼のはるか頭上を、ゆっくりと通り過ぎていく。
彼の存在に気付くことなく。
いや、一瞬立ち止まったような気がしたのも、錯覚だろうか。
彼が行ってしまう。自分を置き去りにして。
待ってくれ……。
「待ってくれ!」
助けを求めるように叫ぶ。
その声で、我に返った。
「おい、大丈夫か」
仲間たちが駆け寄って来た。
「ヴィー」
「何があったんだ」
「判らない。判らないが、いずれにせよこの地は、我々が住むべき場所ではないようだ。ここを拠点とするのは諦めよう」
「ああ、まるで墓の上にいるような気分だ」
赤い空に見下ろされた白い大地のただ中で、四体の獣たちは、寄り添うように立ちすくんでいた。




