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42.ツンドゥールカへ


「首都?」

「首都は大袈裟ですが、まあ王の拠点、国の中心となる場所ですね。城と言い替えてもいい」

「そんなものが必要なのか? 正直言って、城とか都とかいうやつにはあまり良い印象はないんだが」

「ですが」


 ジーンの眼差しは、真剣だ。


(ヴィー)は、今あなたがいるこの場所を、言葉で示すことが出来ますか?」

「この場所を?」


 ここは、リーナ河西岸の森の中心、いや中心と言うには東に寄っているだろうか。

 だがそもそも、どこまでの範囲をもって中心と呼ぶべきか。

 リーナ河を起点とすれば西へ五百カマールほどだと思うものの、カマールという人間の単位を種族に当てはめるのも、いかがなものか。


「ううむ……」


 腕を組んで唸ってしまったヴィーラグアに、ジーンは告げた。


「ここは、西の森、リーナ河から五百三十カマールの場所です」

「おい、カマールって。それにリーナ河だと? それは人間の呼び名だろう」

「何がいけないのです?

 種族での呼び名は『大きな河』、そして同じ名の河は何本もあります。それどころかどんな河も、大きな河と細い河の二つの呼び名しかありません。

 森はドノドンの森や黄猿の森など、定住者の名で呼ばれるのがせいぜい。山もただの山。距離の単位などそもそもありません。

 我々は人間のやり方をよく知っています。種族と比較するまでもなく、彼らの社会には見習うべきものが数多くあるのです」

「その通りだな。で、首都の役割は?」

「言うまでもなく、国の中心地。そこから道路網を広げ、各地と結び距離を定めます。つまりは、地図の基準点となるのです」


 横から口をはさんだのは、ドノドンだ。


「それにどんな意味があるんだ? あと、地図ってなに?」

「いや、ジーンの言いたいことはよく判った。

 そうだな。国中を道路で結ぶのは遠大な計画だが、ここから始めるという最初の場所を決めなければ、手をつけることもできないのだな」

「そのとおりです」

「ふうん、よく判らんが、お前が良いと言うなら、良いんだろう」

「そうだ。ヴィーが良いと言うのだから、良いに決まっている」


 すまし顔で同調するヤーゴートを、ドノドンが横目で睨む。

 近頃のヤーゴートは、ヴィーラグアに対して以前とは見違えるほど従順になっている。だがそれは、性格が素直になったというよりも、盲目的な、どうやら恋する乙女のそれに近いようだ。

 それはドノドンばかりでなく、他の者の眼にも明らかだったのだが、誰も言い出せずにいる。


「となれば(ヴィー)よ、距離の重要性もお判りでしょう。マール、カマールという単位は人間のものですが、便利この上ないものです」

「マール? カマール? なんだそりゃ」

「一マールはこれくらいの長さ。一カマールはこれの千倍だよ。ドノドンの歩幅で、まっすぐ八百歩といったところかな」

「八百歩って、森の中をまっすぐなんて歩けるわけないだろ。原っぱだってずっと平らなわけじゃないし、石だって転がってるし」

「ああ、うん。そうだな」


 ヴィーラグアはジーンと顔を見合わせ「先は長いな」「一万カマールはありそうです」と笑い合う。

 人間文化に通じているヤーゴートには、どちらの言い分もよく理解できた。

 社会経済を築くのに度量衡は重要な要素だが、森には経済自体がまだ生まれていない。すべてはこれからなのだ。


「ヴィー。西方世界では、カマールではなく(リー)という単位を使うんだ。知っているか?」

「リーか、聞いたことはあるな。一リーはカマールでいうとどれくらいなんだ?」

「それがな」


 ヤーゴートはクスリと笑った。


「リーの長さは、国によって全然違うんだ。大まかに言えば、五百マールから五カマールくらいまで、いろいろだ」

「なんだそれは、滅茶苦茶じゃないか」

「国ごとには、ちゃんと決まっているらしい。まあ、カマールだってけっこういい加減なものだろう」

「それはそうだな」


 一カマールも百カマールも、正確に測る(すべ)など誰も持っていない。なんとなく言っているだけに過ぎないのだ。それどころか、金や麦の重さすら、その時々で違ったりするのはごく普通のことだ。

 正確な測量は信用の度合いを示し、ひいては文化水準の目安にもつながると言える。

 人間ですら正確性に難があるのだから、これを種族社会に導入するには長い時間がかかるだろう。


「それで、首都をどこに定めるのが良いだろう。やはり国の中央付近だろうか」

「いえ、人間の領域からはできるだけ離したいと思います」

「なるほど、確かにな」


 森の平定に忙しいヴィーラグアは極力関わらないようにしていたが、人間たちとはその後もたびたび衝突が起きているようだ。

 ただし、魔道兵はあれ以来一度も姿を現わしていない。

 魔核の技術は貴重なはずなので、そう気軽に投入できるものではないのは当然。

 あるいは、魔道兵は今でも多数いるが、よほどのことがない限り正体を隠し続けているだけなのか。

 ヴィーラグアとの遭遇戦が予定されていたものとは到底思えないから、むしろそう考えるのが正解かも知れない。

 だとすればなおさら、人間との接触は極力避けるべきだ。


「ならば、一度あの地を訪れる必要があるな」

「そう言うと思っていました。本来なら止めるべきですが、(ヴィー)ならその心配もないでしょう。どうぞ行ってらっしゃいませ」

「おいおい、お前は行かないのか?」

「興味はありますが、行く(すべ)がありません」

「俺の背中に乗ればいいじゃないか」

「えっ、そんな」

「遠慮するな。ドノドンも行くだろう? ヤーゴに乗せてもらえばいい」

「ん? どこへ行くんだ?」

「決まってるだろう、ツンドゥールカさ」


 ニヤリと笑うヴィーラグアに、ドノドンは首をかしげて応えた。


「ツン……て、どこ?」



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