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41.復興政策


 爆発の規模は、かつて魔王を葬った時のものと較べれば、万分の一にも満たない小さなものだ。

 だがそれでも、ヴィーラグアの絶対防壁をもってなお衝撃を完全に阻むことは出来ず、逃げ遅れた者たちは敵も味方も区別なく、熱気に灼かれて灰となってしまった。


 大気の震えが静まるのを待って、ヴィーラグアはようやく防御を解き、立ち上がった。

 熱波は去ったものの、辺りにはまだドス黒い毒気が渦巻いている。

 捷気に似ているようで、全く違う。種族にとっても人間にとっても毒でしかない、まさに瘴気だ。

 視界の悪さに上を見上げると、太陽が霞むほどの黒雲が空を覆っていた。


「ヤーゴ」

「うう……」


 腕の中のヤーゴートは苦しそうに身もだえした後、意識を取り戻した。


「大丈夫か」

「はあっ、はあっ……大丈うぶっ、げえええ……!」


 振りほどくように背中を向け、地面にうずくまる彼女に、ヴィーラグアは手を添えてゴウラを繋いだ。

 彼女の精神の中に、魔装の残滓が棘屑のように漂い、苛んでいる。

 光を流し込み、すべてを灼き尽くした。


「はあっ、はあっ……、ありがとう」


 ようやく顔を上げたヤーゴートは、大きく息を吸いこもうとして、顔をしかめた。


「うぶっ……なんだ、この毒気は。あの気味の悪いゴウラの名残りか」

「ああ、人間の汚れたゴウラの残り香だ。気分は悪いが、俺たちに害を及ぼすほどじゃないだろう」


 見渡す限りの焼け野原に、思わずため息がもれる。


「まったく、ひどいありさまだな。なんだったんだ、あれは」

「汚れたゴウラを押し固めて、爆発させたんだ。あのならず者の王を滅ぼしたのと同じやつさ」

「それって……」


 ならず者の王、すなわち魔王がヴィーラグアの父親であること。それを滅ぼしたのが極星の勇者と呼ばれた人間であることは、彼女の知識の中にもある。

 だが、その時に使われた術がこんな邪悪なものだったというのは、今初めて聞いた。


(なぜそんなことを、知っているんだ。やはりお前は……)


 ヤーゴートは、その問いかけをひそかに飲み込む。

 一方のヴィーラグアは、自分の言葉がどれほどの情報をはらんでいるのかに気付くこともなく、空を見上げていた。


(この風なら、瘴気はほどなく流れ去ってしまうだろう。だがその向かう先は……)


 季節風は、西から東へと吹いている。

 瘴気は風に乗って、ロスコア全土へ拡散されるだろう。

 むろん、人々がそれと気付くはずもないが、たとえ僅かであっても、動植物や人間の脆弱な精神へ影響はまぬがれない。

 この先何年か、ロスコア社会は得体の知れない不安とともに暮らすことになるだろう。

 すべては人間自身がやったこと、自業自得としか言いようがないが。しかし。


(グレゴリエ・ラヴーン。貴様はいったい、なにを望んでいるんだ)



      ―――※―――※―――



 北の森へ戻ったヴィーラグアは、ドノドンたちと合流し、ふたたびリーナ河を渡った。

 そこは、河の東側地域とは一線を画す、強者たちが割拠する戦場だった。

 だが彼らの旅が困難を極めるものだったかというと、実はそんなことはなく、拍子抜けするくらいに簡単な道行きとなった。


 たしかに、各部族を率いる者はそれなりに強者ぞろいで、部族間の争いも熾烈なものだった。

 それぞれが覇を競い己の力と矜持を示そうと、日々闘いに暮れていたのだ。

 だがその闘争に横槍を入れるように参戦したヴィーラグアの強さは、やはり圧倒的だった。

 ましてや、かつての王と同じ黒龍の姿だ。これを見せつけられては、どんな強者もおののき平伏すしかなかった。


 加えて幸運だったのは、王直属の言わば本当に性悪でのタチの悪い連中のほとんどが、王と運命を共にし、灰となってしまっていたことだ。

 森に残っていたのは、強者ではあっても、ならず者たちには付き合いきれないと距離を置いていた、比較的穏健派の者たちだったのだ。

 彼らは、ヴィーラグアの力と種族復興の意図を理解すると、次々と傘下に加わって来た。

 中には抵抗する者もいないわけではなかったが、叩き伏せてしまえば従わざるを得ない。『力こそ法』の種族社会は、単純明快で実にやりやすかった。


 さらにもう一つ、彼らが素直に従った理由には、深刻な食糧不足という切実な事情もあった。

 先の大戦で主戦場となったのは、ツンドゥールカの山岳地帯だったが、他の地域でも数々の戦闘が繰り広げられた。

 だが多くの者たちは積極的に戦う意思などなく、襲われるまま逃げ惑うのみだった。

 それも当然のこと。人間側から見れば種族はすべて魔であり世界を脅かす悪鬼という認識だったが、戦士となるのはごく限られた者のみで、多くはただの一般民に過ぎない。

 これは、人間も種族も変わらないのだ。


 森が焼かれ、多くの者が棲処を失った。

 住民や獣たちの移動は津波のような圧力となり、社会の安定と秩序を破壊する。その一部はリーナ河を渡り、比較的被害の少なかった東岸地域にも流れ込んだ。

 ドノドンの森を襲った黒猴の一族もその一つであり、ヴィーラグアたちがいなければ、あの豊かな森は黒猴族の支配するところとなっていたかも知れない。


 ヴィーラグアは、当面の対応として東岸地域からの食糧提供を約するとともに、森人族(エルブル)の協力を得て植生の復活と農耕技術の供与を始めた。

 これまで農耕は、ごく一部の種族の中で行われていたのみで、その技術も実に稚拙なものだ。

 エルブルの知識は、開墾や肥料管理のみならず、牧畜や治水をも含む非常に高度なものだったが、実はこれらはすべて人間から得たものだ。

 だが、それを使うことにためらいはない。

 ほとんどの者は関心すら持たず、協力には消極的だったが、統治者としての覚悟を決めたヴィーラグアの強権発動によって、否応なく作業に参加させられた。

 そうして一年を過ぎる頃には、森は少しずつではあるが農業立国への道を歩み始めていた。



      ―――※―――※―――



(ヴィー)よ、ひとつ提案があるのですが」


 そんなある日のこと、ヴィーラグアの懐刀となっている河の森族(リコ・エルブル)の族長ジーン・エルバが、ヴィーラグアに声をかけてきた。

 ヴィーという呼び名は、もともとはヤーゴートが親しみを込めて呼んだものだが、最近では王を意味する尊称という扱いが広まっている。ヴィーラグアと名指しする方が失礼との認識だ。

 本人にしてみればどうでもいいことで、正式な称号と決めたわけでもないが、他者の意識を読める彼には、相手がどういう意味でこの単語を発しているかが判ってしまう。

 呼ばれる度に感じる居心地の悪さには、なかなか慣れることができなかった。

 なお『ヤーゴ』も王妃の称号となりつつあるが、当人はまだ気付いていない。親しみを感じて喜んでいるくらいだ。


「うん?」

(ヴィー)の尽力のおかげで、種族の森もだいぶ落ち着いて参りました。まだまだ完璧とはいきませんが」

「ははっ、完璧なんてあるもんか。国造りに終わりなんてないよ」

「そうでございますね、ですが足掛かり程度には整いました。そこで、そろそろ次の段階へ進みたいと思うのですが」

「というと?」

「首都の制定と、交通網の整備です」



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