38.戦端
村を後にしたヴィーラグアとヤーゴートは、ひとまず北へと向かう街道を進んだ。
「どうするんだ、ガガ-ルンスクとやらへ行くのか?」
丘を越え、村から充分に離れたところでヤーゴートが訊ねる。
「いや、あの都へ行っても得るものはないだろう。
それよりも、河の向こう側だ。人間たちと争っているという種族の方が気になる。
軍隊を相手に戦いを続けているからには、ただの獣の群ではないだろう。どんな奴かは判らないが、出来れば味方に引き入れたいな」
「人間の娘を探すのではないのか?」
「あれは……、今回の旅とは関係ない」
「お前たちが話していた、アーリィという人間。あれは、ならず者の王を倒した者のことではないのか」
「その通りだ」
問い詰めるような質問を繰り返した後、ヤーゴートは沈黙する。
ヴィーラグアも前を向いたまま、次の言葉を待った。
「ヴィーラグア・ベデルガ」
「うん?」
「お前が何を隠しているのか、お前が本当は何者なのか。聞きたいことは沢山あるが、今はやめておこう。だが、これだけは憶えておけ」
「なんだ?」
「裏切りだけは、絶対に許さない」
「わかった、肝に銘じておこう」
あっさりそう告げるヴィーラグアの横顔を、ヤーゴートは無言で見つめる。
「その時が来たら、お前にはすべてを話そう。いつかになるかは分からないが」
「ふん、期待せずに待っているよ」
「そう拗ねるな。少なくとも、お前以外の誰にも話しはしないし、お前にいつまでも隠しごとをしておくつもりもない。俺たちは、番になるんだからな」
「本気なのか」
「本気に決まってるだろう。まさか、冗談だと思っていたのか?」
「いや、そうではないが……」
うつむくヤーゴートの横顔を、今度はヴィーラグアが見つめる。
「ヴィー」
「うん?」
顔を上げたヤーゴートは、身体をぶつけるようにしてヴィーラグアの首を抱え込むと、唇を押し付けてきた。
「んん……、と。どうした、急に」
「人間の番は、こうするのだろう?」
「よく知ってるな」
「初めてやってみたけど、悪くない」
「俺も初めてだ。ああ、悪くないな」
そう言いながら、彼女の背中に両腕を回す。
一つになった二人の影は、それからしばらくの間離れることはなかった。
―――※―――※―――
変化を解き、元の形態へと戻った二体の龍人は、翼を広げ雲一つない大空へと飛び立った。
地上から発見されないよう気配を消し、さらにゴウラの力で姿を青空に溶け込ませて、一千マールを一気に駆け昇る。
「河沿いに下っていこう。ほら、あそこに見えるのがガガ-ルンスクだ」
スノルウィーグから北へ約五十カマール。地平近くにかすかににじむ街並みが、高空から望むと手が届きそうなくらい近くに見える。
リーナ河を挟んで左手が、西域と呼ばれる地域だ。
こうして上空から見較べると、河の東岸と西岸では、地形が異なっていることがよく判る。東側にはリーナ河の支流が何本も走り、流れに沿って森が縞模様を描いているのに対し、西側は草原の中に小さな森が点在しているのみだ。
実りは少ないが、遊牧民にとってはこの広大な大地こそが、かけがえのない宝だったのだ。
「あれじゃないのか? あそこで戦が起きている」
「ああ、思ったより大きな戦いだな。しかし、どうしてこんな所に種族が」
リーナ河から東へ二十カマールほどの草原で、大規模な戦闘が行われていた。
双方とも兵数は千ほど。いくつもの方陣を整然と揃え、鉄壁の防御隊形をとる人間軍に対し、種族側は本隊を中心に左右に陣を広げ、相手を囲み込もうとしている。
種族軍の本隊が人間軍の中央部にくさびを打ち込もうとしているが、人間軍は盾をそろえて密集し、隙を突かせない。そのまま押し返そうとしていた。
「ふうん、種族側はどうやらさまざまな種族の混合部隊のようだな。勝手気ままな連中を良くまとめている、指揮官は優秀だな。
だがやはり、力押しの域を出ていない。あれでは人間の軍隊を破るのは難しいだろう。
見ろ、先陣が押し込まれて崩れかけている」
「人間が勝つのか?」
「いや、そう単純ではない。密集隊形は平原では有効だが、このまま後ろの森に入ってしまったら陣形を維持できないだろう。乱戦となったら形勢は逆転する」
「じゃあ、どっちが勝つんだ」
「さてな。ん? あれは……」
人間軍の後方部隊が、陣形を変えた。
盾を下げ、弓矢を前衛の頭越しに放って、種族軍の前線を崩しにかかったのだ。
種族軍の最前線となっている鎧牛には効かないものの、それを後押ししている犬族や熊族の圧力が削がれ、陣形が乱れ始めた。
「まずいな、中央が崩れてしまったら戦意を保つのは難しい。このままでは種族軍がやられてしまう」
「どうするんだ、助けるのか?」
「そうだな。とりあえず割って入ろう」
仲間を助けるのなら、人間軍の中に突入して蹴散らしてしまえば済むこと。だがこの戦場でいたずらに力を振るうことには、ためらいを憶えた。
それは、彼の意識が人間に傾いているせいなのだろうか。無論そうではない、むしろ敵対者と見ている。
だからこそだ。
相容れぬ者を故なく悪と蔑み、力で蹂躙することの罪を、神に教えられた。
この兵士の中でいったいどれほどの者が、自ら望んで戦いに赴いて来ているというのか。あの大戦を経てなお戦を厭わぬ者など、いるはずがないのだ。
悪は城の奥に隠れて人を追い立てる卑怯者であって、一般の兵士に罪はない。
「ちょっと脅してやるだけでいい。ヤーゴも手伝え」
「ああ」
二体はゴウラを開放し、そろって巨龍へと変化した。
突然の陽の陰りに、多くの兵士が空を見上げる。そこに、陽光を背に空を覆わんばかりに翼を広げた巨大な龍の影を見つけて、我が眼を疑った。
「な、なんだあれは……」
「あんなものが、いつの間に……」
人間ばかりではない。種族の者たちもまた、上空の一点に眼を奪われてしまっていた。
闇よりも深い漆黒と、流血を思わせる深紅に彩られた二体の龍が、種族軍と人間軍がぶつかり合うただ中に、ゆっくりと降り立つ。
兵士たちは神とも見まごう偉容に魂を奪われ、続いて放たれた落雷のごとき咆哮の衝撃で、半数は気を失ってその場に倒れ、半数は我を忘れ逃げ惑う。
両軍とも一瞬で総崩れとなり、戦場は海を割るかのように二つに裂かれた。




