37.新たなる標
「それで、お前さんたちはこれからどこへ向かうんだ?」
「ガガ-ルンスクの港から、河を渡ろうと思う」
「そう言うと思ったが、やめといた方がいいな」
「どうして?」
「さっきは言わなかったが、西域はいま戦場になってるんだ」
「戦場? 誰と誰が戦ってるんだ?」
「もちろん、ロスコア軍と魔族さ」
「まだ続いているというのか」
「ああ。魔王が死んで一度は終わったはずだったんだが、西域の復興に向かった者達が、魔族の群と衝突してな。それから小競り合いが続いている。
主力はガガールン大公の軍だけど、最近は帝都からも兵が送られてきているようだ。
近隣の村からも若者が駆り出されているし、よく判らん怪しげな奴らもうろつき始めている」
「なるほど」
するとゼルグェイは、ワハハッと大笑いした。
「どうした?」
「怪しげな奴って、お前のことだぞ!」
「ああ、そうか」
頭をかくヴィーラグアを、ヤーゴートは不思議そうな顔で見つめる。
「まあそれは冗談、というか最初は冗談でもなかったんだがな」
「帝都の密偵と言っていたな」
「ああ。軍の連中は、魔族の中には人間に化ける者がいるからその探索だ、なんて言ってるけどな。
本音は、戦費の召し上げに対する反発を抑え込もうって魂胆さ。
魔族は放っとけば向こうから襲ってくることはないが、帝国は根こそぎ取り立てにやって来やがるから、近隣の不満は爆発寸前だ。
まったく、本当の敵はどっちなのやら」
「でもこの村の惨状は、魔……族の仕業なんだろう?」
種族を魔と称することには、やはり抵抗を憶える。
ゼルグェイはその僅かなためらいに気付くことなく、吐き捨てるように言い放った。
「冗談じゃない、みんな帝都の野郎どものせいさ。魔族こそ、罠にかけられちまったようなもんだ」
「どういうことだ」
「南の森の戦場から、帝都の軍が大挙して逃げてきやがったのさ。魔族の大群を引き連れてな。
軍の奴らは村を守るどころか、ここを盾にして、自分たちだけ領都に逃げ帰りやがったんだ。
俺たちはわけも分からず逃げる暇もなく、後を追ってきた魔族どもの襲撃を受けてしまったというわけだ」
「そうだったのか。そんな状況で、よく生きのびられたな」
「ああ、帝国の連中と入れ替わるように、外国の軍隊が救援に来てくれてな。おかげで全滅はまぬがれた。
もしかしたら、あれも作戦のうちだったのかもな。外国軍も、無理やり引き込まれただけなのかも知れない」
「外国? どこの国だ」
「色々さ、混成部隊のようだったな。恰好も言葉もバラバラだった」
「そうなのか。だがこの村の様子では、ほぼ全滅のようなもんだろう。残っているのは、さっき見た者くらいなのか?」
「ああ、全滅だよ。
生き延びたのはもっといたさ。千人の村人のうち、二・三百人くらいはいたはずだ。
だが村がこんな有様になっちまったので、一時は全員が領都に避難していたんだ」
アーリィが戦場に投入されたのは、そのすぐ後だ。村が襲われた当時は、まだ改造施術の最中だった。
作業が終わり、出撃の準備を整えているところに、故郷で起きた惨劇を聞かされた。
そしてアーリィは復讐を誓い、戦場へと旅立った。
だが今にして思えば、あれもまたアーリィの憎悪を掻き立てるための手管だったのかも知れない。
彼を魔核兵器として完成に導くために、教会が仕組んだ策謀だった可能性は、大いにある。
「それからしばらく経って、戻ってきたのが今の住人だ。年寄りを含めて、百人くらいかな」
「子供は?」
「子連れは、みんな領都に残った。仕方ないさ、食い物にも事欠く有り様で子育てなんかできるはずがなかったんだ」
「じゃあ、君たちは?」
「これでも、最初の頃より少しはマシになったんでな。ピュトルは、戦後初めて授かった子さ。
おかげさまで、村のみんながこの子を大事にしてくれている」
「じゃあ……」
続けてヴィーラグアはこの村へ来た本当の目的、一番知りたかったことを、言葉を区切りながら訊ねた。
「ヴァルロシャークの、家は……」
「どのヴァルロシャークだ? この村にはヴァルロシャークは何軒もあるぞ。と言っても、みんないなくなっちまったが」
「そうか、そうだったな。魔獣狩りのアーリィの家は?」
「勇者アーリィか! そうか、あいつはスノルウィーグの、いやロスコアの誇りだ。
村にいた頃は一緒に狩りをしたもんだが、あいつには誰もかなわなかった。
会ったことがあるのかい?」
「あ、ああ。少し話をした程度だが」
「そうか、懐かしいなあ」
「それで、アーリィの家族は? 戦闘に巻き込まれて亡くなったという噂も聞こえているが」
「ああ、あの時は本当に酷かったんだ。突然のことで、みな逃げる暇もなくてな。アーリィの家も」
「そうか……」
「でも、これは噂なんだが。一番下の娘……、そうだシーニャだ。
あの子だけは、外国の軍隊に保護されたらしいと、耳にはさんだことがある」
一瞬、何を言われたのか判らなかった。
気付いた時には、立ち上がってゼルグェイの肩を掴んでいた。
「シーニャが! 生きているのか!」
「いや、確かめたわけじゃないんだが」
「外国って、どこの軍隊だ!」
「すまん、それもわからない。どうしたんだ、いきなり」
「あ、いや……」
予想もしなかった情報に思わず声を上げてしまったヴィーラグアだったが、訝しげなゼルグェイの声で我に返り、ふたたび床に腰を降ろした。
「アーリィが、家族のことを心配していたので」
「ああ、あいつは家族思いだったからな。家族思いで、仲間思い。狩の腕も抜群だし、あいつのおかげで、この村はやっていけていたようなもんだ」
そんなことは、と言いかけて口をつぐむ。
「でも帝都に呼ばれて、大切な仲間を守りに行くんだって村を出て行こうとした時には、誰もあいつを止めようとはしなかった。
あいつはここで終わるようなやつじゃないって、みんな判ってたんだ。こんな小さな村なんかじゃなくて、もっと広い世界で活躍させてあげなくちゃって。
あいつの家族、まだ幼子だったシーニャだって、あいつを送り出すときにはずっと笑顔で手を振っていたんだぜ。
でも、アーリィの乗った馬車が丘のむこうに消えて見えなくなったとたん、大声をあげて泣き出して。
ああ、俺も泣いたさ。村中みんなが泣いたよ。
あいつが「じゃあまたな」と言って見せた笑顔は、今でもはっきり憶えている。俺も「ああ、またな」って、明日にでも会えるようなそぶりで肩を叩いたんだ。
まさか、あれが最後になるなんてな。
ちくしょう……、もう一度会いたかったなあ」
(ゼルグェイ、俺はここにいるぞ!)
親友にむかってそう叫び出したい気持ちを、必死に抑え込んだ。
「すまんな、つまらない話を聞かせてしまって」
「いや、ありがとう。充分だよ」
(シーニャが、妹が生きているかも知れない)
自分がもはや人間ではないことなど、関係ない。
たとえ敵対する種族に生まれ変わったとしても、ゴウラのつながった家族であることに違いはないのだ。
(なんとしても、消息を掴まなければ。これは種族の復興とはまた別の、俺が俺として生きるための、新たな標だ)




