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32.人か龍か


(どういうことだ。

 自分がアーリィであることは判っている。俺の中にアーリィという別人のゴウラが眠っていたのではなく、俺自身がアーリィなのだ。かつての姿に戻るだけのはずなのに、なぜそれができない。

 母や他の者のゴウラが障害となっているのか。それとも、他に理由があるのか)


「ヴィー、お前はさっきから何をしているんだ」


 その様子を黙って見ていたヤーゴートが、とうとう呆れ声をもらした。


「いや、それが。なあヤーゴ、お前は人間に化けられるか?」

「はあ? なんで私が、こんな所でそんなことをしなければならないんだ」

「ああ、できないならいいんだ」

「誰ができないと言った! 馬鹿にするな!」

「あ、すまん……」


 挑発するつもりはなかったが、もう少し言葉を選ぶべきだったと頭を掻きかけたヴィーラグアの眼前で、ヤーゴートの身体が白金の輝きに包まれた。

 数瞬の後、光が消えたその場所に立っていたのは、人間の視点を持つ彼の眼で見ても非の打ちどころのない、美しい赤毛の少女だった。


 しかもその姿は、一般のロスコア人と明らかに違う。浅黒い肌に翠色の瞳は、中南部系の風貌だ。

 だが、ロスコア領内でも西域と呼ばれるリーナ河西岸の地域には、同系統の民族が暮らしている。この姿でも、さほど違和感はないだろう。

 とはいえ。


「すごいな、完璧な人間の雌だ。でもそうか、さすがにそこまでは無理だよなあ」

「何が不満だ」

「不満というより、いや何と言えばいいのか」


 少女は、全裸だったのだ。


「人間は、衣服というものを身に付けるんだ。裸では怪しまれる。

 でもまあ、それは後で考えよう。それよりも、やり方を教えてくれ」

「ああ、服か。確かに人間は布切れで身を包んでいるな。弱い身を守るためなのだろうが、あの造形は嫌いではないぞ」

「布というものを知っているんだな」

「我が一族も、人間とは多少の交流があるのだ。贈り物にいただくこともある」

「人間と交流? そうなのか」

「ああ。大地の裂け目のこちら側では考えられないだろうが、向こう側では我ら種族と人間族はそれなりにうまくやっている。神龍族(ティニンアラフ)という名も、もともとは人間の言葉だ」

「そうなのか、それは意外だったな」

「私も度々この形態になって、人間の集落に赴いている。正体を見抜かれたことは一度もないぞ」

「道理で、初めてとは思えない手際だ。早く教えてくれ」

「形状を隅々まで思い浮かべて、ゴウラと肉体を重ね合わせればいいんだ。そう難しいことではない。」

「うーん、それをさっきからやっているんだけどな」


 もう一度、眼をつぶり精神を集中する。

 が、やはり上手くいかない。


「なあ、ヤーゴ。お前は、人間を喰らったことがあるか?」

「ある」


 意外なほどあっさりと、ヤーゴートは答えた。


「一度だけだが。察しの通り、この姿はその雌のものだ」

「そうか」

「我らの領域に、人間の盗賊どもが攻め入って来たことがあってな。

 もちろん、正面切って挑んできたわけじゃない。忍び込んで赤子を盗もうとしたんだ。

 薄汚い沼鼠のような連中だ、一匹残らず捕らえて細切れにしてやった」

「その中に、その雌がいたのか?」

「いいや、盗賊どもの骸は雷に撃たせて灼き滅ぼした。それから暫くして、この雌がやって来たのだ」

「ほう」

「盗賊の一人と(つがい)だったと言うのだ。

 悪いのは自分たちなのは判っているし、恨みがあるわけでもない。それでも、夫の仇を討ちたいのだと。

 一族の者は、誰も相手にしなかった。でも私は、この者のゴウラのほとばしりを本物と受け止めた。

 これほどの強い想いを、私はかつて見たことがなかったのだ。

 私は、あの人間の強さに感銘を受けた」


 神龍族は、その圧倒的な強さゆえに、本気というものを知らないのかもしれない。

 一族同士で真剣に戦うことなど滅多にないだろうし、相手が他種族であればなおさら、本気を出す機会などないだろう。

 人間は非力であればこそ、戦いには真剣に挑む。たとえ敵わぬ相手と判っていてもだ。


「雌は強かったぞ。盗賊どもの誰よりもな。

 ゴウラを使うだけでも人間には珍しい奴だったが、なんとこの私に傷を付けたのだ」

「それはすごいな」

「あれほどの強の者が、なぜあんな鼠どもと連れ添っていたのかは知らない。でもそれはどうでも良いことだ。私はただ想いを受け止め、戦うのみ。

 そして私は勝ち、この者の肉とゴウラを受け入れた」

「お前にとって、人間とはなんだ。敵か?」

「敵もいれば仲間もいる。ヴィーは人間が嫌いらしいが、我らにとっては人間も他の種族も変わりはない。良い奴と悪い奴、好きな者と嫌いな者がいるだけだ」

「なるほど、お前は正しいな」


 自分は、人間に対して偏見を持っているのだろうか。

 いいや、そうではない。個々の人間だけを見れば、善人も悪人もいるだろう。

 だが人間族という集団の本能は、絶対に他の種族を認めようとはしない。拒絶と欲に支配されているのだ。


「さて、ではもう一度挑戦してみるか」


 気を取り直し、精神を集中する。

 ヤーゴートの話を聞いて、ふと思い付いたことがある。自分の中には、アーリィの他にもう一人、草原で喰らった人間のゴウラもいるのだ。

 あの男の姿を呼び醒ましてみれば、あるいは……と。


「なんだ、やればできるじゃないか」


 ヤーゴートの言う通り、自分でも驚くほどあっさり出来てしまった。

 引き締まった筋肉と、長い黒髪。眼で確認しなくても分かる、白い肌は陽に焼けて赤くくすみ、瞳の色は淡いグレーだ。

 間違いない、草原で喰らった魔道使いの雄の風貌だ。


「ふうん」


 ヤーゴートは、変化したヴィーラグアの姿をしげしげと見つめた後、感想を漏らした。


「あまりかっこ良くないな」

「うるさい」

「それよりどうするんだ。人間の集落に近づくためには、服というものを手に入れなければならないんじゃないのか?」

「そうだな」


 外見は人間そのものであっても、内なるゴウラのおかげで寒さは感じない。とはいえこのままの姿で人前に出るわけにもいかず、さてどうしようかと思案に暮れる。


(森鹿でも狩って皮を剥ぐか。だが血の付いた生皮ではかえって怪しまれてしまう。

 そうか待てよ、狩か)


「よし、行こう。あっちだ」

「どうするつもりだ?」

「うまくいけば衣服が手に入るはずだ。そうだな、その前に獣を一頭狩っておこうか」

「なんだ、腹が減ったのか?」

「いや、人間への手土産だ」

「ふうん」


 よく判らないが何か考えがあるのだろうと、ヤーゴートはそれ以上の疑問を口にせず、素直に従った。



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