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29.作戦会議


 赤猴族との交渉は、概ね良好に進んだ。

 ただ、黒猴族を追い払ったのがドノドンの手柄になっており、神龍族を二体も従える英雄として大歓声で迎えられたのは、彼自身にとっても想定外のことであったが。


「どうして私まで、こいつの手下になっているんだ」

「まあまあ、いいじゃないか。どうせなら、このままドノドンに種族の王になってもらおうか」

「ふん。この熊を祭り上げておいて、都合が悪くなったら生贄に差し出すか。それはいいな」


 話し合いもそこそこに始まってしまった歓迎の宴の席で、恐ろしげな風貌に寄る者もない二体の神龍は、英雄の背中を眺めながら不穏な会話を交わしていた。


「お前も、だいぶ性格が悪くなってきたな」

「ヴィーの影響だろう」


 その一言に、ヴィーラグアはおや? と視線を向ける。

 ヤーゴートは一瞬しまったという顔をしてから、そのまま口をつぐんだ。


「なあ、ヴィーってなんだ?」

「なんでもない」

「なんでもないことはないだろう。どういう心境の変化だ」

「うるさい、口がすべっただけだ」


 かつて人間であった頃、人々はみな彼のことを正式名のアルクサラウディではなく、親しみを込めてアーリィと呼んでいた。種族にもそういう風習があることを知って、ヴィーラグアの心に懐かしさが広がる。


「ヴィーか。うん、いいな。お前のことはなんて呼べばいい?」


 だが彼女は、こちらを見ようともしない。


「何でも、好きなように呼べばよかろう」

「そうだな、じゃあヤーゴでどうだ」


 応えはなく、前を向いたまま硬直している。


「嫌か?」


 ヴィーラグアが覗き込もうとすると、神龍の娘は顔を伏せ、それから消え入りそうな声で。


「か、勝手にすれば……」


 そうつぶやくのだった。



      ―――※―――※―――



 旅に同行したいと、森の一族の中から申し出る者があった。

 ただし赤猴族ではなく、灰狼族の若者だ。

 狼というより、人狼と呼ぶべきだろうか。ドノドンの森に棲む犬族とは異なり、直立型で会話も流暢にこなす。


 人間界と違って、こちらの領域には実に多様な種族が生息している。

 体型はもとより知能程度も様々で、人間以上の知性を示す者から言語が不完全な者や犬猫程度、あるいは意思疎通すら困難な昆虫なみのものまで、種々雑多だ。

 共通して言えるのは、文明水準は人間には遠く及ばないこと、それから知能の高いものほど体型が直立型になり、人間の姿に似通ってくることだ。

 この傾向は進化の必然なのか、それとも他の理由があるのか。


 不可解といえば、人間界には人間以外の知的生物がまったく存在しないこともそうだ。

 だがこの理由は、容易に推測できる。おそらく人間が、競合する他の種族をことごとく駆逐してしまったせいに違いないのだ。

 人間の暴性、凶悪さは本能に根付いたものだ。

 対して森の種族は、平和共存というわけではないが、概ね他種族に寛容だ。

 世界全体を見れば、人間族の文化水準と繁栄ぶりは他に類を見ないほど突出している。

 だがこれが何に根差しているのかを考える時、知性と善性の相関性には、疑問を抱かざるを得ない。

 ヴィーラグアが目指しているのは、言うまでもなく種族の繁栄であり、彼の前世の記憶の中には、手本とすべき知識が大量に蓄積されてはいる。

 だが、はたしてこれを応用することが本当に正しい方法なのだろうか。


 グラン・グレと名乗るその若者は、灰狼族の若長といった立場にあるらしい。

 族長は別の者だが、高齢のため実質的にはこのグレンが群を掌握している。


「我ら一族も、同行させてはもらえないだろうか。」

「一族って、全員か? すまんが、あまり大勢では身動きし辛くなる。俺たちはまだ、状況見分の段階なんだ。

 とりあえずの目的地は西の山脈、くだんの戦場がその後どうなっているのかを確認したい。

 それから、腰を落ち着けられる土地を決めようと思っている。

 もし西の山脈がそれほど荒れていないなら、そこを復興の拠点としても良いとは考えているが」

「ならば、同行するのは我と数体のみならどうだ。他の者たちは後からついてくればいい」

「まあ、それなら。だが、どうして一族全員なんだ? 俺たちの行く末がどうなるか、何の保証もないというのに」

「我らは、もともと別の地方の森に棲んでいたんだ。大戦で人間どもに追われてこちらへ流れて来たのだが、出来れば故郷へ戻りたいと思っている」

「そういうことか。ならばやはり、我々が少人数で先行した方がいいな。

 西への旅は、あの黒猴たちの侵攻路を逆にたどることになる。奴らに相当痛めつけられているはずだから、また大きな群れが現れたら、神経を逆なですることにもなりかねない」

「それもそうだな。よし、ではそうしよう」


 すると、ドノドンが手を上げた。


「待ってくれ。だったらこいつらに、あれを頼んだらいいんじゃないか?」

「あれって?」

「お前が言っていた、噂を流すってやつだよ」

「ああ、あれか。なるほど、それはいいな」

「噂? なんだそれは、頼まれごとくらい何でもやってやるぞ」


 興味を示すグランに、ドノドンが答える。


「ああ実はな。種族をまとめるために、龍王が復活したって噂を流してみようってことなんだよ。

 そうすりゃ、放っとけない連中が集まってくるだろ? こっちが国中を回るよりその方が手っ取り早いだろうって」

「集めてどうするんだ?」

「説得して仲間にするか、叩き伏せて従えるか」

「なるほど、それは楽でいいな。叩き伏せられればだが」

「そりゃ天下の神龍様だ。大丈夫だろ」

「ふむ、では我らはどうすればいい」


 その問いにはヴィーラグアが代わる。


「そうだな、少数に別れて俺たちの先を走ってくれ。そして龍王復活の噂を広めて欲しい」

「ついでに、黒猴どもを蹴散らしたってな」

「噂か。じゃあ、黒猴の群を退けた一角熊の王ドノドンが、龍を従えて征西に発った、と。こんなところでどうかな」

「なんで俺なんだよ!」

「いきなり神龍が攻めてきたとなったら、集まるものも集まらないだろう。みんな逃げ出すに決まっている。

 その点、ドノドンなら一角熊の王として名が通っているから安心だ」

「俺の名前なんて、この近辺の奴しか知らないだろう。俺たちは西の果てまで行くんだぞ」

「だから、これから広めていくんだろう? 心配するな、世界中に一角王ドノドンの名を轟かせてやる」

「勘弁してくれよ」


 頭を抱えるドノドンを横目で見ながら、ヴィーラグアは若い灰狼の理知的な応答に感心していた。

 この先も、こんな平和な交渉が続けば良いのだが。


「さて、ではその前に我らの力を見てもらおう。神龍どのに、手合せを願いたい」

「手合せか、いいだろう」




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