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26.復興への道程


 種族に、建物を造る文化があるとは思わなかった。

 人間だった頃の記憶をたどってもそのような……、いや。

 そういえば、魔王は城に住んでいた。

 とくに考えもなく、人間が造った空き城に住み着いたのだろうと思い込んでいたが、そう決めつける根拠はどこにもなかったのだ。


(かつては、人間のように建物や道具を作る種族も存在したのだ。もう絶えてしまったが。

 このような遺跡は、あちこちに残っている)

(なるほど)


 ヤーゴートは、眼をつぶり両手の指を組み合わせて、祈りを捧げるようなしぐさをした。

 ヴィーラグアもそれに倣った方が良いのかとも思ったが、意味も分からず形ばかりの真似ごとをするのも違うような気がして、彼女に訊ねてみた。


(ここは、霊廟とか神殿のたぐいなのか?)

(いや、おそらく要塞だ)

(要塞? では何に祈っているのだ)

(ここに眠る、多くの戦士たちの魂に。永劫に安らかであれと)


 ヤーゴートが魂と言った時、なぜかゴウラとは別の意味のように感じられた。

 かつてこの地で、どのような戦いが行われたのか。

 この谷が水で満たされるほどの地形の変化を思えば、おそらく数千年では済まない、少なくとも数万年もの太古の出来事だろう。

 いったいどのような種族が、どのように生きて、何者と戦ったのか。

 戦いの結末がどのようなものであったかも、知るすべはない。

 ただ、このうち捨てられた遺跡が未来の自分たちの姿である可能性も、決して否定はできないと、彼は思った。


 ヤーゴートはしばらくそうした後、静かに祈りを解き、(さあ行こう)と水面を目指した。

 その後ろ姿を、ヴィーラグアも無言で追った。



      ―――※―――※―――



 岸辺に戻ると、ドノドンをはじめ大勢の獣たちが二体を待っていた。


「おお、やっと戻ってきたか。なかなか浮いて来ないので、心配したぞ」

「ああ、すまん。湖の底でちょっと変わったものを見つけてな」

「変わったもの?」

「いや、大したものじゃない。それより、黒猴たちはどうだ」

「ああ、さすがに神龍様の暴れっぷりに肝を潰したんだろう。一目散に逃げて行ったよ」

「そうか、どっちへ行った?」

「東の方だ。奴らは西から来たから、森を通り抜けて行ったわけだが、悪ささえしなければ止めることもない。後ろから追い立てて送り出してやったよ」

「そうか」


 東に、ということは、人間界に近づいて行くことになる。

 そこで衝突が起ろうとも、自分達にはもう無関係だ。過ぎ去った脅威が戻って来ぬよう、人間たちにはせいぜい頑張ってもらうとしよう。


「なあドノドン、あんな連中は他にもいるのか?」

「まあな。人間との戦の後、散り散りになったならず者たちが、あちこちで揉めごとを起こしているみたいだぜ。

 おかげでこの森も落ち着かないったらありゃしない。お前に旅に誘われたのを断ったのは、実はこういう訳だったのさ」

「なるほどな。戦の前はどうだったんだ?」

「そりゃ、平和なもんさ。西の方ではどうか知らないが、この辺りでは、こんな荒事はほとんどなかったな。

 強い奴には俺たちも従うしかないが、そういう奴はあまり無茶なことはしない。

 ならず者どもは、強い奴にやっつけられて西へ逃げるか、逆に強い奴をやっつけちまったならず者も、結局は西の王国を目指すんだ」

「ほう、どうして西へ?」

「ならず者の中でも、弱い奴は、どこに行ってもつまはじきにされて次第に西へと追いやられる。強い奴は二つだ。黒龍王に従おうとする者と、王を倒して自分が成り代わろうとする者」

「どちらでもない奴もいるんじゃないか? わざわざ自分より強い敵に喧嘩を売らなくても、自分の土地で好き勝手していればいい」

「そういう奴は、黒龍王の方が放っておかないんだ。強い奴が暴れているという噂が届くと、どんなに遠くてもやってきて戦いを挑む。そしてどんな奴も黒龍王には勝てない」

「ずいぶんと熱心だな。あの黒龍にそんなに勤勉な印象はなかったが」

「勤勉じゃない、ただの遊びだよ」

「ふむ」


 なるほど、とヴィーラグアは考えた。

 あの魔王は、ただ迷惑なだけの存在と思っていたが、一面ではならず者を統率するという役割を担っていたのだ。

 もちろん、本人にそんなつもりなど微塵もなかっただろうが。

 そう言えば、あの黒猴族の王も魔王に忠誠を誓っていたような様子だった。

 それがいなくなったことで、かえって平和が脅かされる事態となってしまったのか。

 ならば、この世界に秩序を取り戻すためには。


「よし決めた。じゃあ、俺が代わりの王になろう」

「はあっ? なに言ってんだお前」

「戦で傷ついた種族社会の復興を目指すには、全種族をまとめ上げる者が必要だ。

 ならず者もまともな者も強い奴に従うなら、俺がそれになるのが一番手っ取り早い」

「ああ、そういうことか。まあ時間はかかるだろうが、秩序を戻すにはそれが一番良いのかもな」

「ついでに、黒龍王が復活したと触れ回ろう」

「だからなんでだよ! それじゃあ混乱の種を撒くようなもんだろうが!」

「そうじゃない。仲間を募るのは、自分の脚で領域中を廻って言葉と誠意で説得するさ。黒龍王を名乗るのは、ならず者たちを引き寄せるためだ。

 さっきお前が言ってただろう? 王の名を聞けば、かつて配下だった奴ならじっとしていられないはずだ。そういう連中をおびき寄せて、片っ端から叩き伏せる」

「ならず者ばかりとは限らないだろう。あの王国の復活なんて許せないと、正義に燃えて来るやつもいるんじゃないか?」

「話が通じるやつならきちんと話す。通じないなら叩き伏せてから説得する」

「お前より強い奴が来たらどうすんだよ」

「そいつが良い奴なら、俺と代わってもらえばいい。喜んでそいつに従うさ。悪い奴なら……うん、それは困るな」


 それまで黙って聞いていたヤーゴートが、ハアとため息をつく。


「心配しなくても、今のお前より強い奴なんかいやしないよ。我ら神龍族(ティニンアラフ)が束になってかかっても、おそらくお前には勝てないだろう」

「そうか、うん」

「あれ? ヤーゴートさん、そんなにあっさり認めちゃっていいの? ヴィーラグアを殺すんだろ?」


 ドノドンの指摘に、ヤーゴートは身体を震わせて怒鳴り散らした。


「うう、うるさい! お前から先に殺してやろうか!」

「ひいっ」


 ドノドンが悲鳴をあげてヴィーラグアのかげに隠れる。

 ヴィーラグアは笑いながら二体をなだめた。


「まあまあ。そこで、お前たちに頼みがあるんだ。噂を広めてくれるような者に知り合いはないか? 空を飛べる種族とか、渡りをする者だと有難いんだが」

「うーん、まあ心当たりはないわけじゃないが。でもまずは、そいつらをお前自身が説得しなきゃならないぞ」

「ああ、もちろんだ。ヤーゴートはどうだ? 誰か手伝ってくれそうな知り合いを紹介して欲しいのだが」

「どうして私がそんなことを」


 ヤーゴートがジロリと睨み返す。


「うん? えーと、さっきのを足して、勝ちは何個になったかな?」

「この卑怯者!」

「卑怯者はひどいだろう。こっちは命がけで勝負してやってるんだぞ」

「くっ……」


 くすりと笑うヴィーラグアに、ドノドンは呆れ声をもらした。


「お前、けっこう悪いやつだなあ」

「綺麗ごとだけじゃやっていけないことくらい、判っている。少しくらいは強引にやらせてもらうさ」

「ま、そりゃそうだな」




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