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25.引き潮


「俺が人間のゴウラを持っているから何だというんだ? お前こそ、まるで人間漬けのような混ざりものたっぷりのゴウラではないか」

「違う! 我は、人間の旨味のつまったゴウラが好ましいだけだ! 貴様のゴウラは、人間そのものではないか!

 我は騙されぬぞ。貴様は、龍の皮をかぶった人間だ!」


(まずいな、完全に正体を見抜かれている。このうえ勇者アーリィであることまでバレたら、困ったことになりそうだ。

 やはりこいつは、ここで始末しておくべきか)


 それだけではない。群れを率いるこいつさえ始末すれば、この数千もの黒猴の大集団も統率を失って散り散りになるはず。

 いかに数が多かろうと、統一した意志がなければ脅威とはならないのだ。


(ならば、確実に仕留める!)


 ヴィーラグアは再び龍人の形態をとり、ヤーゴートを地面に降ろした。巨龍の姿では、的が小さすぎて捕らえ切れないからだ。

 いきなり姿を消した巨龍に黒猴はわずかに戸惑ったが、ゴウラの刃を手に突進してくる龍人に気付くと、反射的に黒槍を投げ付けた。

 だがもうその手は通じない。光鎧で弾き飛ばし、精神攻撃も寄せ付けず一瞬で間近に迫り、光刃を振るう。

 黒猴の王は紙一重でそれをかわし、背中を向ける。追いすがろうとしたヴィーラグアの前に他の猴たちが立ちふさがり、続いて四方から襲いかかってきた。


「どけっ」


 襲い来る大猴や小猴はゴウラの光鎧で弾き飛ばし、前を塞ぐ者は光剣で薙ぎ払う。

 だが猴王の逃げ脚は予想外に速く、見通しの悪い森の中ではすぐに見失ってしまいそうだ。


(なんとしても、あいつだけは始末しておかないと)


 その時、ヴィーラグアの脇を抜いて猴王に追いすがる影が一つ。


「ヤーゴート!」


 意識が戻ったのか。

 ホッとするヴィーラグアを置き去りにして、深紅の龍人は猴の群の間を華麗に駆け抜け、猴王の背中を一文字に斬りつけた。


「グギャギャッ!」


 耳障りな苦鳴を放ち、猴王が藪の中に倒れ込む。

 周囲の猴たちがヤーゴートに飛びかかるが、それを振り払い、這いつくばって逃げようとする王の背後からさらに横薙ぎの一撃。胴の中心から真っ二つに斬り捨てた。

 猴の群は、なおもヤーゴートに襲いかかる。と同時に別の一群が猴王の身体を担ぎ上げ、運び去る。

 猴たちが走りながら胴の上下を合わせると、その身体がブルッと震え、大声でわめき始めた。


「貴様ら、よくもこの我を斬ってくれたな! この恨みは必ず晴らしてくれるぞ! 王を騙る偽者が! きっと、きっと我が滅ぼしてくれる! 憶えていろ! 憶えていろ!」


(あいつ、不死身か)


 ヴィーラグアとヤーゴートはなおも追いすがろうとしたが、どうやら撤退を決めたらしい猴たちが雪崩をうって猴王を取り囲み、それを許さない。

 敵ながら見事としか言いようがない、軍隊並みの統制だった。


「くそっ」


 こうなっては、もはやなす術もなく、引き潮のごとく去って行く猴たちの背中を、ただ見送るしかなかった。

 このまま去ってくれるのなら、ひとまず目的は果たしたと言える。これ以上の混乱はむしろ避けるべきだろう。

 そう息を吐きかけたところに、並んで足を止めたヤーゴートの全身から凄まじい怒気があふれ出すのを見て、慌てた。


「おい落ち着け、もういいんだよ」

「逃がすものか。下賤な猴ごときが……、この私に! あのような辱しめを!」

「こら、聞けよ!」

「ゴオアアアア!!」


 激情のゴウラはさらに膨らみ、佳奢な肢体を巨龍へと変化させる。

 雷鳴のごとき咆哮が、大気と木々を震わせた。


「くそっ」


 仕方がない。ヴィーラグアもゴウラを解放し、ふたたび龍体へと変化した。

 退散する猴たちを追撃しようとする紅龍を、後ろから羽交い絞めにして引き止める。

 だが彼女はそれを振りほどこうと激しく身をよじり、さらには、ひときわ高い咆哮を放ったかと思うと、眉間に閃光をほとばしらせ始めた。


「馬鹿! やめろ!」


 ゴウラの光弾だ。

 人間が操るものですら絶大な破壊力を持つそれを、巨龍の力で放ったりしたら、森にどれほどの被害をもたらすことか。

 ヴィーラグアは光球が実体化する寸前、ヤーゴートを顎下から殴り上げて、力ずくで上を向かせた。


「ガアアッ!」


 太陽めがけて放たれた光弾は、雲を突き抜けはるか虚空へと消えて行った。

 ヴィーラグアは手を離すと、ヤーゴートの頭をもう一度殴りつけた。


「この馬鹿娘!」

「きさま、何をする!」

「やかましい、頭を冷やせ!」


 この期に及んで、巨龍同士の格闘などを始めるわけにはいかない。

 ヴィーラグアは掴みかかってくる彼女の腕を取ると、担ぎ上げるようにして、湖に向かって投げ飛ばした。


「うわああっ」


 盛大な水飛沫をあげて、水面に没する深紅の巨龍。

 その衝撃が津波となって湖畔を襲い、近くにいた獣たちは逃げ惑う。

 ヴィーラグアは息を吐き、静かになった水面を見つめる。しばらくそうして待っていたが、ヤーゴートが浮いてくる気配はなかった。


「あれ? まさかあいつ、泳げなかったのか」


 龍人型に姿を戻すと、翼を広げ湖の上空に飛んだ。

 荒波はすでに静まっており、透明度の高い湖水はかなりの深度まで見通すことが出来る。だがそこに、巨龍の影は見当たらなかった。


「まいったな、あいつも人型に戻っているか」


 気配を探ってみるも、気を失っているか、あるいは水が妨げになっているのか、反応が鈍い。

 漠然とだがゴウラの位置を掴んだヴィーラグアは、ためらいなく水面に飛び込み、湖底を目指した。


(予想以上に深いな)


 かなりの深度にまで潜ったはずだが、ヤーゴートの気配はさらに深い。まさか、神龍の身体は水に浮かないなどということはないだろうが。

 ふと見れば、水面の下には峡谷のような切り立った斜面が続いている。

 この地形が先まで続いているとすると、最深部は数百、いや千マールほどもありそうだ。

 神龍族がこの程度のことで命にかかわるとは思えないが、意識を失っているとすれば、それなりにこたえはするだろう。

 やれやれ、手間のかかる娘だ。

 と、自分で投げ飛ばしておいて無責任な文句をつぶやきながら、さらに深みを目指す。やがて、陽の光も十分に届かぬ薄闇の中に、彼女の姿を見つけた。


(ヤーゴート)


 心で呼びかけてみる。

 すると意外なことに、すぐに声が返ってきた。


(ああ、お前か)

(お前かじゃない。投げられた衝撃で気を失っていたんじゃないのか)

(あの程度で、そんな無様なまねするか)

(じゃあ、こんなとこで何してるんだよ)

(見ろ)


 ヤーゴートが指差す先、湖の縁へ眼を向けると、切り立った斜面にへばりつくように連なる、石造りの建造物が見えた。

 街? というよりも……。


(城砦のようだな。人間が造ったものか)

(いや、種族のものだろう)

(種族が?)



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