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12.森の尽きる場所


 捷気のない森も、かなりの広さを誇っていた。

 見通しの悪い単調な景色が続くなか、二体はときおり高い木に登り、周囲の様子と方位を確認しながら、さらに前進する。

 そうやって幾日経ったか、次第に木々の生え方がまばらになり、草地が増えてきた。

 気温も下がり、ところどころに残雪も見える。

 さらに進むと、ついに森が尽き、広い草原の畔に出た。


「とうとうここまで来たな」

「ああ、この先はずっと草地なのか?」

「さあ知らん、俺もここまで来るのは初めてだ」

「ふむ」


 いったん森に戻り、手頃な木に登って遠方を見渡した。

 どこまでも続く草の波。以前いた土地では彼方に山脈が見えていたが、この方角にはそれすらも見えない。ゆるやかな丘陵が連なるのみだ。

 空は青く、風は冷たい。

 雄大な風景にしばし見とれていると、遠くの方に何者かが群をなして移動しているのを見つけた。


「おいドノドン、あれは何だ」

「んんっ? ああほんとだ、何かいるな。

 俺はこっちの連中のことはよく知らん。角の生えたディンゴラみたいなもんじゃないのか?」


 そのディンゴラとやらも初めて聞く名で、そいつについても訊ねてみたかったが、言葉とともに流れてきた意識によって形状は把握できた。

 なるほどあれに似ている、毛の長い四つ足の獣だ。


「なあドノドン、あのディンゴラみたいな奴は、喰らっていいのか?」

「え? ああ……うん、いいんじゃないかな。それにしてもお前、本当に喰らうのが好きだな」

「まあな。喰らうのは、相手を知ることだから」

「よくわからんが、まあいいや」


 獣の群はおおよそ二・三十頭ほど、大きな個体の間に小さな者もちらほら見える。幼体だろうか。

 二体のいる場所からはかなりの距離があるが、見通しのいい草原の中を進んでいるので、遠目にもよく映る。

 一方こちらは枝葉に隠れているので、見つかる心配はないはずだ。

 とはいえ、森を出ればすぐに見つかってしまうだろう。草陰に身を隠しながらそっと近づき、一気に襲いかかるしかない。


「どうするドノドン、後方から行くか」

「いや待て、風向きが良くないな。後ろからだと臭いで悟られるかもしれない。前に回って待ち伏せた方がいいだろう」

「臭い? そうなのか」

「ああ、そういうことも憶えとけよ」

「わかった。でも回り込むにしても、身を隠す場所がないぞ」

「そうだな、さてどうするか……。ん?」

「どうした」

「あれを見ろ。獣の群のもっと東の方だ、別の群がいるだろう?」


 目を凝らすと、ドノドンの言う通り目当ての群の他に、もう一つ小さな獣の集団が見えた。

 そちらはディンゴラもどきよりも小型で形態も異なる、十頭ほどの小さな群だった。

 点在する小藪や下生えに身をひそめているようだが、隠れるにしては移動速度が速い。

 もしや、と思い当たった。


「あいつらも、あの群を狙っているのか」

「どうやらそうらしいな。隙を突けば好都合といいたいが、ありゃあダメだ。諦めよう」

「どうして? ドノドンの考えはこうだろう?

 あいつらが襲いかかったところを反対側で待ち伏せていれば、逃げた個体を仕留めるのは簡単だと。我もそう思うが」

「その通りだが、相手が悪い。あれは、人間だ」

「人間、あれが……?」

「くそっ、まさかこんなに早く当たっちまうなんて。ついてないぜ」


 遠目なのではっきりした大きさは判らないが、形態は立ち上がったドノドンのような二脚だ。

 しかし、かなり細身だ。どちらかというと(さる)族に似ている気がする。

 体毛は枯草色の保護色ではあるが単色ではなく、野鳥のようなヒラヒラした感じ……いや、体毛にしては少し変だ。

 もしや、肌の上に大きな枯葉を被っているのか。


「あの恰好は何なんだ」

「ああ、人間は肌が弱いので、身を守るために獣の皮や枯草をまとうのさ」

「変な奴らだな」

「変なのは恰好ばかりじゃないぞ。あいつらの凶暴さときたら、本当に始末に負えない。他の獣がいたら見境なく襲って来るし、手あたり次第何でも食い散らかす。

 まるでお前みたいな奴だ」

「それは済まなかったな。

 でも、そんなに恐ろしい奴が何万もいるんだろう? それにしては、世界はそれほど荒んでいるようには見えないが」

「あいつらは捷気が苦手だからな。お互いの領域を守っている分には、それほど問題は起きない。

 それに一匹一匹は大して強くはないから、ふいに出会っても大抵は何とかなる。

 恐いのは群でいる時と、それからもう一つ、ごくまれにだがものすごく強い奴がいるんだ」

「へえ、どんな奴なんだ?」

「見た目では区別がつかない。そいつらはゴウラを使うんだ」

「ゴウラを? どういうことだ、ゴウラくらい誰だって使えるだろう」

「そうじゃない。人間は堅い爪や牙を持たないが、代わりに棒切れや石の礫を使う。それにゴウラをまとわせると、俺たち以上に強くなっちまうのさ」

「面白い、ゴウラにそんな使い方があるのか。

 人間を喰らったら、我も使えるようになるかな」


 その言葉に、心底呆れたような視線を向けるドノドンだった。


「勝手にしろ。ただし、美味いかどうかは知らんぞ」

「よし、行こう」


 ヴィーラグアはドノドンの返答を待たずにスルスルと木を降りると、まだ相当の距離があるにもかかわらず、身を沈め下生えを揺らさぬよう慎重に、移動を開始した。

 ドノドンも慌てて後に続く。

 森の縁まで来たところでいったん止まり、藪に身をひそめたまま草原を見渡す。

 ディンゴラもどきの群は、地平近くをゆっくりと移動している。

 人間たちはその後ろに続いているのだろうが、姿は見えなかった。

 ヴィーラグアは意識を広げ気配を探ろうとしたが、さすがにこの距離では無理だった。

 十分に距離を取りつつ、藪やくぼみに身をひそめながら群の前方に回り込む。

 ちょうどいい岩が地面から突き出していたので、その陰に隠れて息をついた。


「よし、ここでいいだろう」

「ああ」


 眼をつぶり、意識を広げると、かすかに複数の獣の気配を感じ取ることができた。その後方には別の意識の群、人間たちだ。

 近づいて来るディンゴラもどきに、警戒の様子は見られない。のんびりと草を食みながら、こちらに向かって来る。


 と、人間たちの意識に緊張が走った。

 気配が一気に膨れ上がる。これは、ゴウラの輝きか。

 獣たちもそれを感じたのか、うろたえる様子がこちらにも伝わってくる。

 次の瞬間、人間が何かを放った。


 その何かは、獣を射止めるために放たれたものと思われた。

 ヴィーラグアたちとの中間に位置するディンゴラもどきの群に向かって、真っすぐに飛来してくる。

 こちらは岩陰に隠れているため目視することは出来ないが、それを包み込むゴウラの気配から、細長い棒であることだけは判る。


「すごいな。ゴウラを自分から切り離して棒切れにまとわせるなんて、あんなゴウラの使い方があるなんて知らなかった。人間というのは大したものだな」

「大したもので済めばいいんだがな。あいつらの恐ろしさはあんなもんじゃないぞ」


 その言葉の意味を、直後に思い知らされることになるとは微塵も想像していなかった。


 獣を狙ったと思っていた棒切れは、だがただの一頭にすらかすりもせず、群のわずかな間隙をすり抜けて、一直線にヴィーラグアたちへと向かってきたのだ。




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