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うっかり勝ってしまうアサシン

明くる日。


昼食時を過ぎる頃。夕方にはまだ少しだけ遠い時刻。


ダンジョンの第1階層の拠点スポットは、奇妙な熱気に包まれていた。




「さぁさぁ、世紀の一戦だよ! 特等席はこちら!」


「決闘の観賞にはこれ! 手に汗握る屋台飯!」


「オッズ1.8倍! オッズは1.8倍だ!」




かき入れ時とばかりに出店がならび、玄室の隅の方では怪しげな連中がなにやら財産を賭けるだの、大穴を狙うだのと喚きあっている。




(外野からすればまぁ……イルムの言う通り“催事”だしな。俺も負けを演じるつもりだし……。はぁ……やれやれ……などと言いたくなる)




背中をぐぅっと伸ばして、身体をほぐした。茶番に付き合って適当に機嫌を取って、参りましたと言ってやる。




(作戦通りにやろう。……面倒だな、本当に)




俺が気にするべきは、イルムたちに怪我をさせないこと。


そして、カイたちにも怪我をさせないこと。この二点だ。




(イルムたちと比べて、レベル上では俺のほうが下にはなるが……本当に気をつけないと冗談抜きで3人を殺しかねない)




レベル差による防御力補正などは消えるわけだから、ある程度は力を出さないとこっちが怪我をする。


……だが、力を出し過ぎると殺しかねない。


ただでさえアサシンは対人戦特化のジョブなのだ。


決闘とはすなわち対人戦。


攻撃力や身体能力は弱体化せずに、寧ろ大幅に上がってしまう。




モンスター相手なら遠慮も何もなく全力で戦えばいいし、対人戦は避けてきた。……加減をするのは本当に苦手だ。




(たぶん……イルムの斬撃スキルや剣術スキルも……片手で止められるだろうな。うまく鍔迫り合いを演出しないと)




はぁ……帰りたい。


こんなに逃げ出したくなったのは、駆け出しの頃以来だ。




「アルマさん! いやぁ、凄い人の数ですね! ……まったくもう、皆お祭り気分なんだから」




「………シェリン、その手に持ってるのは何だ」




「えっ? さっき出店で買った軽食ですよ。食べます?」




君も楽しんでる側じゃないか。


美味そうに食べやがって。




「………美味いか?」




「ふぁい、とっひぇも。……んぐっ……ん。……そりゃ食べたくもなりますよ。だってアルマさん、負ける気でしょ?」




「………!?」




なぜわかったんだ?


顔に出ていたか? いや、だが目元以外は覆っている。顔に出たとしてもわかるわけが……。




「わかりますぅー! 何年アルマさんにお帰りなさいって言い続けてきたと思ってるんですか!」




何年って……そんな老夫婦でもあるまいに。




「関係あるのか?………それは」




「大アリです!!」




ぐぃっ……という疑音が似合いそうな所作で、シェリンがこちらに顔を近づける。……唇の端に付いた食べかすを見るに、割と早くからここに来ていたな?




「そ、そうか」




「そうですよ。……ま、ともかく!怪我だけは……しないでくださいね。アルマさんに怪我されたら、少なくとも私は悲しいですし! ねっ?」




「あ、あぁ。気をつけるよ。


……ところで、カイたちは……?」




「カイさんたちですか? カイさんたちなら、あっちに。気合い充分ですよ、皆さん。……ほんっとーに……負けるんですか、わざと」




シェリンが指さした先を見ると、カイパーティの面々がすでに集まっていた。シェリンの言葉には何も返さずに、一瞥だけしてカイたちに近づく。




「揃ったか、皆……って……。み、皆、すごいやる気だな……」




異様ともいえる雰囲気だった。


特にノエル。表情そのものは半ば無表情なくらいに静かだが、目がギラギラと光っている。


……これは……狩人の目だ。




「こんにちは、アルマ様。いつでも殺れま……おほん。……やれます」




「こんにちは……アルマさん……ブチかましてやりましょう……!」




ホノの方は目の隈が酷い。


右腕……おそらくは利き手だろう。


しきりに揉みほぐしている。


まさか、素振りでもしていたのか?


……徹夜で……?




「わ……わ……私、か……かなら……必ずお役にた……たちま……たっ……たって………ひぅ」




リリアに至っては今にも倒れそうだ。滝のような汗が額から流れ落ちて、目元に浮かんだ雫は汗粒なのか涙なのかもうわからない。


……そんなに深刻にならないでくれ。




「ボクの方も準備万端です。頂いたモンスターの素材を売って、支援アイテムを買い込みました。……レベルの低いボクたちですが、精一杯支援します」




カイの手には、麻袋が一つ。


口を閉じれない程にギチギチに詰め込まれたアイテムが眩しい。眩しすぎてもう、目が焼けそうだ。


……まさか俺を支援するためにここまで買い込むとは。




「アルマさん。ボクたちでは足手まといかもしれませんが……お力になりたいという思いは皆同じです。


……勝ちましょう! この決闘!」




「はい。やりましょう、アルマ様。アルマ様の勝利のために全てを捧ぐ所存です」




「おう! アタシ、盾にでも何にでもなりますよ、アルマさん!」




「が……頑張って……し、支援します……!! わ……私っ!! 頑張りますっ!!」




あぁ……心が痛い。


……心が抉られ、粗塩で擦られているみたいに心が……もう、痛くて痛くて溜らない。良心の呵責で苦しい。




「………………………あぁ!! 勝とう!!」




言えない、言えるわけがない。


『実は俺、わざと負けようと思っているんだ』、だなんて。




「皆………………ありがとう。とても……心強い」




……無理だ。言ったら罪悪感と良心の呵責でたぶん俺、死んじゃう。




「おっほん!」




わざとらしい咳払いが聞こえて、振り返る。




(シェリン………?)




シェリンが口をぱくぱくさせてリップシンクで何かを言っている。




『勝』『っ』『ち』『ゃ』『い』『ま』『し』『ょ』『う』『よ』……?




「…………んんっ!」




それに対して俺は、首を横に振って答える。嫌だ、俺は勝ちたくないんだ。勝ったら面倒なことになるし、イルムたちの神経を逆撫でしてしまう。


この衆目の面前で程よく負けて、程よく自尊心を満足させてやればいいんだそれで……!




(……もう半分意固地になってるなぁ、アルマさん)




「そんなに首を振って、どうされたのですかアルマ様?」




「いや? 首……首の……首の筋肉を解している。気にするな」




4人には……4人には本当に申し訳ないが、なんとか不参加でいてもらいたい。自尊心を傷つけずに、観戦に徹してもらうには……。




「皆……今回の決闘……俺に全て任せてくれないか」




「アルマさん一人に、ですか?」




「そうだ、カイ。……皆、今回の決闘。イルムの狙いは言ってしまえば俺一人。ーーー俺がヤツに……き、灸を……灸を据えてくる! はっはっは!………はぁ」




……おぉっ!……っと歓声が上がる。


皆すまない、本当に本当に許してくれ。




「っはぁー………」




やめろシェリン……!


そんな呆れ果てたような溜め息を吐くな。







熱気を伴った大歓声が、この俺たちを包む。


ふふふ、これだよ。これこそ俺たちが受けるべき声援!!


薄汚ぇ平民ごときが良い気になるのも今日までだ!




「イルム様ぁっ!! 勝ってぇ!!」


「うぉぉぉ! ケティ様ぁっ!!」


「こっち向いてくれ、ケティ!!」


「ディルハム!! 勝てよ!!」


「テメェに賭けてんだ俺たちはよぉ!」


「あの目障りなアサシンを叩きのめしてくれ!」




最高の声援だ……! 装備も父上に頼んで最高のモノを送って頂いた。


今日の主役は名実ともに真の最強であるこの俺!


……戦いを生き延びただけの死に損ないなど、今日俺が殺してやるぜ。


くくく、待っていろよアルマ。


お前は“観客”共が言う通り、色々と目障りだ。




街のためだと何だの言って、テメェは街を綺麗にしすぎた。


英雄サマ気取って人助けに悪党退治? 馬鹿か。


……要は使い方さ。金を出さねぇ、何も生まねぇグズどもから金を捻りださせるための装置。




輩には輩の使い道があんのさ。


これだから頭の悪い平民はよぉ!




(……くくく……テメェの首を土産にしてやる)




剣を引き抜いて構える。


高貴なこの俺にふさわしい美しいロングソードだ。


この絢爛にして華美な装飾!


貧相なテメェの短剣では比較にもならねぇ。




「今日はよろしく頼む、イルム」




「逃げなかったのは褒めてやるぜアルマ」




「イルム! こっちも準備できたぜ! ……おーおー嬢ちゃんたちは応援役か? 1対3とは自信満々だなぁ!!」




「逃げるだけの時間はあげたのにぃ。バカ正直ってやつ?」




「違うな、ただのバカってんだよ」




アルマが短剣を構えた。


相変わらず装飾も何もねぇつまらねぇ剣だ。




「ケティ! やれ!」




「はいはーい。《グラビティ・カフスⅣ》!! あっはは、これでノロマなバカに早変わり!」




「おらぁっ!!」




アルマの弱点は知っている。


盗賊系のジョブの常ってやつさ。


速度が出ないんじゃ力が出し切れねぇ筈だ。ケティのスキルで速度にデバフを掛ける。




……読み通りだ、俺の攻撃を短剣で必死になっていなしていやがる。


肩、頬、腕! 


致命傷にはならねぇ部位を狙い、遊んでやる。ははは、下手くそなダンスみてぇな動きで避けていやがるぜ。




「…………」




「遊びはおしまいだ、アルマ。……死ねぇっ!!」




スキルを発動する。


《ケンゴウ流皆伝Ⅲ》、《居合直線Ⅲ》。そして……俺の誇る最強の一手!! 《破人砕剣Ⅳ》!!


くくっ……俺の使う剣術は2種類。


対人特化のケンゴウ流と対モンスター特化のカリュード流。当然だがどちらも皆伝!




「………」




「ははははは!! 重いかアルマ!!」




デバフ状態のアルマに、《居合直線Ⅲ》で速度をさらに乗せた、対人特攻と〈破壊〉・〈斬撃〉属性を伴う斬撃スキル、《破人砕剣Ⅳ》の一撃をみまう!




「……………」




ふふふ、あまりの一撃に声も出せないかアルマ。短剣を二本突き出して、俺の一撃を受け止めているが……時間の問題だ。




「おい、ディルハム! 遊んでやれ!!」




「へへへ、待ってましたっと!! 《猛脚獣の隼風Ⅲ》!! 《剛腕盗賊の格闘術Ⅳ:蹴り》!! そーらガラ空きだぜ脇腹がよぉ!!」




アルマの脇腹に目掛けて蹴りを放ったディルハムが。




「ーーーいっ…………でぇぇぇぇぇ………!?」




………爪先を抑えて、転がった。




「………は?」




……な、なんだ!? 何が起きていやがる!?







イルムが「は?」と声を上げる。


俺自身、ディルハムが転げ回っていることに驚きを隠せない。


いったい何が起きたんだ?


決闘が始まってから、俺は一つもスキルを発動させていない。




(常時発動型のスキルはさすがに消せないが……今の俺にディルハムの蹴りを無効化どころか逆にダメージを与えるだけの硬さはない。……どうなっているんだ……?)




俺がしていたことはと言えば、追い詰められている演技だけだ。


まともに喰らったのはケティのスキルくらいか。


そのスキルも、俺のこの短剣……〈溝鼠の黒牙Ⅱ〉の効果で軽減されている。




「やった……! やったよ、ノエル!」




「やりましたね、リリア!」




………まさか。


ゆっくりと首を回して観客の方を見る。そこには、互いにワンドを突き出しているリリアとノエルの姿が。




二人とも……使ったな? スキルを俺に。




「アルマ様っ!! リリアの障壁魔法スキルを張りました!!」




「そ、それをノエルちゃんの増幅魔力スキルで……こ、効果を増幅させたんです……!!」




「…………助かった、ありがとう!」




よくやった。


本当に、本当に良くやった。モンスター相手や対人戦においては、素晴らしい戦術である。褒められて然るべきだ。




でも今日はやらないで欲しかったよ、俺。




「て……てめぇっ……このメスガキぁぁぁぁっ!!」




「きゃっ……」




「いやぁっ……!?」




「……! やめろディルハム!!」




怒りが痛みを超えたのか、逆上して二人に襲いかかろうとしたディルハム。




「俺を無視してんじゃねぇアルマぁっ!!」




「うるさいっ!! お前にかまってる余裕はないっ!!…………あっ」




「死ねぇっアル……は!? お、俺の剣がーーーへぷっ……!?」




鍔迫り合っていた剣を力任せに弾き上げて、俺はイルムを蹴り飛ばしてしまった。


キィン……っと嫌な音が響くと、ロングソードの折れた刀身がくるくると中空で回る。




「なっ……あっ……嘘だろ、イルム!?」




「嘘っ……イルムが……一撃で………!? あ、あのアルマに!? わ、私の魔法スキルで鈍ってた筈じゃ……!? な、なんでぇ!?」




刀身が落ちるよりも早く。


……後方にふっ飛ばされた……いやふっ飛ばしてしまったイルムが石壁に叩きつけられて……カァン……っとこ気味の良い音を立てて落っこちた。


ぱっと見は五体満足に見えるが、大丈夫だろうか。




「ぷへぇぁ………ぅぇ………」




急いで駆け寄ると、白目を剥きながら泡を吹いている。


やってしまった……勝つ気はなかったんだイルム!




「だ、大丈夫かイルム!? おい、しっかりしろ!? 本気では蹴ってないぞ!? す、すまん! お前なら受け身くらい取れるかと……」




気が動転して、自分でも何を口走っているのかわからん。


わからんが、とにかく誰かイルムに回復魔法を掛けてくれ。こんな……こんな死にかけのカエルみたいな格好にする気は無かった……!




静寂があたりを包む。


………包みこんで。




「な、なんだあの蹴りは!?」


「10メートルくらいは吹っ飛んでたよな!?」


「ほ、本気じゃないって……う、嘘だろ……あんな化け物みたいな……」


「おい、ディルハム!? なんとかしろ!? お前らのパーティに賭けてたんだぞ!?」




歓声、あるいは怒号が響く。




「いっやー! やりましたねぇ、アルマさん!」




ははは、ありがとうシェリン。


……あぁ、最悪だ。

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