表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
1/2

転生ヒロインが割りとまともだったから、こうなった件

10作目です。

VSと言いつつも、VSしてない、でもVSしてた、多分そんなお話です。


誤字報告ありがとうございます。

いつものことながら、非常に助かっております。

「婚約を破棄させてもらう」


 それは突然だった。

王国の建国を記念した式典において、この国の王太子が自身の婚約者である公爵令嬢に婚約破棄を告げた。

その傍らにあどけなさと庇護欲をそそる可憐な美少女を侍らせ、後ろには彼の側近達が控えている。


 婚約破棄を告げられた令嬢は口元に扇子を当て、溜息を零す。

ここまで愚かな男に成り下がったとは……。

側近達もだ。

あの程度の女に籠絡されるとは、この国の未来は暗いなと心の中で嘆息する。


 王太子とは幼少の頃に婚約が結ばれ、以後は長い年月を共に過ごした。

側近達も同様である。

将来、民の上に立つ者同士の交流で育まれたはずの絆は、学園に入ってからの僅か数年で脆くも崩れ去った。

そう、あのドロボウ猫の出現によって。


 王太子の事は嫌いでは無かった。

幼馴染とも言える彼に対して、物語の様な激しい恋情は抱かなくとも、将来の伴侶として共に歩んでいこうと思える程度に情はあったのだ。

かつてある少年に抱いた恋心を押し殺し、公爵令嬢として、将来の国母として邁進してきた自分に下された結果がこの様であった。


「わかりましたわ、殿下。婚約破棄を謹んでお受けいたします」

 

 見事なカーテシーを決め、王太子の婚約破棄を受け入れた。

彼女にはもう、元婚約者への情は奇麗さっぱり消えていた。

最早この国には何の未練も無い。

婚約破棄された令嬢の末路など、碌な物でも無い。

この国を出て、親戚のいる他国へと渡ろうかと思っていたその時だった。


「では、彼女は我が伴侶として迎え入れよう」


 城内に響き渡る威厳のある言葉。

それを発した人物は、かの帝国の皇太子だった。

その男はゆっくりと公爵令嬢へと歩いていき、その目の前で跪きながら公爵令嬢に求婚をした。


 余りの急展開に 場内にざわめきが広がる。

なにせ突然の婚約破棄から、プロポーズが始まったのだから。

それも先程婚約破棄をされた女性に、大陸でも名を馳せる帝国の皇太子が求愛したのだから無理もない話である。


「あ……貴方様は……」


 公爵令嬢もまた、突然の事態に混乱し、淑女としての仮面が剥がれ、年相応の素顔を見せた。


「フッ、久しぶりだね。白薔薇の君よ」


 皇太子は表情を緩め、とても懐かしく愛おしい気持ちを言葉に乗せる。

公爵令嬢はその顔と言葉を受け、かつて自ら封印した気持ちを思い出す。

幼少のころに出会った初恋の少年……その成長した姿が目の前にあった。


 それからは更に怒涛の展開であった。

王国の国王並びに重鎮達が登場し、騒ぎを起こした王太子一派を断罪し、衛兵に突き出した。

その後、式典に出た貴族や他国からの来賓に陳謝し、皇太子と公爵令嬢の婚約を認めた。

まさかのハプニングは、サプライズに変わり何とか形を保つことが出来たのだった。


 その後、元王太子一派は廃嫡などの処分を受け、その末路は悲惨な物だったらしい。

公爵令嬢は、皇太子と共に帝国へと渡り、後に皇帝となった皇太子と結婚、皇妃となった。

2人は仲睦まじく、子宝にも恵まれた。

これからも末永く、帝国の繁栄と共に生きていくのだろうと、誰もが思った。






「は~、漸く終わりましたねー」


 ヒロインは漸く一息吐けたと言った感じで嘆息する。


「やれやれです」 


「まったくだ」


 それに元宰相子息、元騎士団長子息が続く。


「皆、今まで良くやってくれた。改めて礼を言う」


 元王太子がそんな彼女達に労いの言葉を掛けた。


 ここは罪を犯した貴族が入るという事になっている、王宮の地下にある一室だ。

そこに先程、婚約破棄騒動を起こした元王太子一派が収容されている。

収容されているという割には彼等は寛いでいるようだが。


「今頃は帝国のアレが、公爵令嬢との馴初めを感動的に話してる所だろう」


 帝国のアレ……皇太子に対して随分な言い方だが、王太子達にとってはアレ扱いだ。

そもそも彼等がこのような事を引き起こした……起こさざるを得なかったのはアレのせいなのだから。


 元王太子と公爵令嬢は、国によって決められた婚約ではあったものの、それをきちんと受け止め、良好な関係を築いていた。

何れは結婚し、王位を継ぐ事に何の疑問も抱かなかったし、元側近達も将来の国王夫妻を支えるべく、日々努力をしていた。

それが狂いだしたのは、帝国より皇太子の伴侶として公爵令嬢を迎え入れたいとの申し出が出てからである。

大陸で、列強国として名高い帝国からの申し出を断れるほどの国力は、王国には無い。

仕方なく受け入れる事にしたのだが、そこにアレから注文が入った。


 まず、公爵令嬢への婚姻の申し込みは本人には秘密にする事。

そして、王太子は令嬢から距離を取り、いずれは婚約を破棄する事という意味不明な物だった。


 普通に国同士の話し合いで婚約を結び直せばそれで終わりなのに、何故わざわざこんな事をするのか、まるで理解出来なかった。

だが、帝国の皇太子からの直々の話だ。

言われた通りにするしか、王国には選択肢が無かった。


 学園に入学してからは、学業と王族としての仕事が忙しいからなどと理由を付け、元王太子は公爵令嬢と距離を取った。

長年婚約者として、幼馴染として交流を深めた相手と、こんな形で離れる事は苦痛であった。

だが、帝国からの圧力がある以上は仕方がない。

自分が耐えなければ、国と民がどのような目に会わせられるか分からないからだ。

そうやって一年が過ぎた頃に、元王太子はとある少女と学園で出会う事になった。






 その少女はある日突然、前世の記憶が蘇った。

そしてこの世界が生前にハマっていたとある乙女ゲームの世界であり、自分はそのヒロインである事を理解した。

彼女は喜んだ。


 前世は所謂ブラックな企業に勤め、日々神経をすり減らしていき、心の癒しは乙女ゲーという生活を送っていた。

その時ハマっていたのゲームと同じ世界に、ヒロインとして転生したのだ。

地獄から天国へと昇った訳である。

因みにその乙女ゲームは設定ガバガバで攻略対象は3人、選択肢はセリフの変化やイベントスチルが変わるだけで攻略も何もあった物では無いヌルゲーである。

ただ、絵や声優のレベルは高く、頭空っぽで楽しめて、価格も財布に優しい為、一部ユーザーからは良ゲー扱いされている。

忙しい彼女も、安くて手軽にプレイ出来るこのゲームはお気に入りであった。


 乙女ゲームの大地に立ったヒロインは、早速攻略対象の元に向かいフラグを立てるべく学園の門を潜る。

そして出会った攻略対象の王太子と、イベントフラグを立てていった。

その後も残りの攻略対象である、宰相子息と騎士団長子息ともフラグを立て、ヒロインとして充実した毎日を送っていた。


 原作ゲームよろしく、順調な毎日を送っていたヒロインだが、最近なんだか違和感を持つようになった。

元は攻略対象を秒で攻略可能なヌルゲーとは言え、余りにも順調過ぎるのだ。

前世ブラック企業に勤めていた悲しき経験から、トラブルの無いこの世界に、逆に不安になってしまったのである。

納期に間に合うように計画を立て、その通りに進んでいた所で突然の仕様変更、当然納期の延長は無し。

そんなトラブルが日常茶飯事な世界を生きた彼女は、どうしても最悪の状況を想定し、順調な時ほど穴がある事を悲しいまでに理解していた。


 こうして攻略対象3人との日々を過ごす中で、ヒロインは油断無く周りの状況を確認していた。

そして気付いた。

この世界の悪役令嬢が殆ど絡んできて無い事に。

一応、あのゲームにも悪役がおり、時々ヒロイン達に絡んでは、攻略対象に追い返される完全なかませキャラである。

最終的にはどのルートでも婚約破棄され退場するが、物語途中ではちょくちょく出て来ては追い返されるというお約束をしていた悪役令嬢が、今現在全く絡んでこない。

これは明らかにおかしいと気付いたヒロインは、さり気なく攻略対象達に悪役令嬢の事を尋ねてみた。

だが、その答えは曖昧というか、言葉を濁したものであり、今一要領を得なかった。

他の学園モブからの話では、悪役令嬢は淑女の鏡とされ、立派な人物であると言われていた。


 はい、やっぱりなにかありましたー!

どう考えてもこの世界は悪役令嬢が主役の世界でした。

私達の方が断罪されるかませキャラでしたよ!


 ヒロインは凄まじく落ち込んだ。

前世で物凄く苦労して、今世でヒロインへと転生したのに、ボーナスステージどころかヘルモードに叩き落されるなんて……と。

そんな目に合うほど自分は悪い事をしていたのかと、ガチ泣きした。


 その姿を攻略対象達に見られてしまった。

その瞬間、血の気が一気に引いた。

下手をすると悪役令嬢に虐められたと勘違いした攻略対象達が、悪役令嬢を問い詰めてトラブルに発展し、最後は断罪ルートへ直行する所まで脳内に描かれた。


 慌てて釈明する事になったが、果たして攻略対象達は聞き入れてくれるのか、暴走だけはしないで欲しいと思っていたのだが……。

そうヒロインは思っていたが、攻略対象達の態度が何だかおかしい。

悪役令嬢の仕業と勘違いして激高する訳でも無く、何やら困惑した様な落ち込んでいる様な顔である。

わけがわからなかった。






 学園に入ってから1年が経った、王太子達はここの所、少し参っていた。

学業とその他の公人としての仕事を理由に、公爵令嬢との交流を絶っていたのだが、1年も経てば流石に色々と無理が出てくる。

あとどれくらいの期間、離れていなければならないのか。

皇太子もさっさと婚姻を纏めて、この面倒な事態を収束させて欲しい所だった。


 そうして日常に少なからずストレスを溜めていた彼等の前に、1人の少女が現れた。

元は平民であったが、父親が貴族であることが分かり、男爵令嬢としてこの学園に入学した令嬢である。

彼女は不思議な魅力を持っており、その愛くるしい見た目と他の貴族令嬢には無い雰囲気で学園で噂になっていた。


 王太子達もそんな彼女とひょんな事から交流を持ち、少しずつ親交を深めていった。

彼女の存在はささくれ立った彼等の心に、ほっこりとした癒しを与えた。

公爵令嬢との距離を置く意味もあってか、ヒロインと一緒の時間を過ごすことが増えてきた。


 だが、ある日からヒロインの様子がおかしくなっていった。

以前と違い、何かしらの警戒をしているような、そんな感じだった。

前の彼女は何も考えてないような能天気さがあり、それは貴族令嬢としてどうかと思えたが、元平民である事と踏まえればさもありなんな話であり、そこが彼女の魅力だった。

今の彼女は、例えるなら周囲を警戒する子猫といった感じであった。

そして彼女は何かを調べるような素振りを見せた。

それは現婚約者である公爵令嬢についてだった。


 この事を知った時、王太子は頭を抱えた。

ヒロインの素性は交流を持った段階で調べられている。

男爵の血を引く彼女だが、母親は平民である。

元は男爵家に仕えていたメイドの1人であった。

その彼女が男爵のお手付きになり、ヒロインを妊娠した所で捨てられた。

男爵には当時婚約者がおり、婚姻のためにヒロインの母親は捨てられる事になったのだ。


 今現在、王太子は公爵令嬢と婚約している。

何れは解消されるが、世間はそれを知らない。

王太子は帝国の圧力がある為、公爵令嬢とは距離を取っている。

そんな中、男爵令嬢のヒロインと交流を持っているのだ。

つまり、傍から見れば完全に浮気である。

そして状況はヒロインの母のソレと似通っている。


 何という事でしょう。

間違いなく誤解されるという地獄の様なシチュエーション。

王太子はヒロインの事を意識はしているが、立場と現状から深くは切り込んでいない。

それでもやはり日々の癒しとなる彼女と離れるのは心情的にキツイので、何とか弁明をしようとヒロインの所へ向かった。






 泣いているヒロインを目にした時、王太子は物凄い罪悪感に包まれた。

側近達も同様だ。

彼等もヒロインの置かれた立場は把握している。

傍から現状を見れば、ヒロインは高位貴族に弄ばれた可哀相な女の子なのだ。


 彼女は気丈にも何でもないと言うが、立場を考えれば文句など言えようはずもない。

全てを飲み込んで無かった事にしようとする彼女に対して、これ以上誤解させるのは忍びない気持ちになった王太子は、彼女に真相を語ることにした。


「帝国の皇太子からの圧力ですか……」


 一通り説明し、自分達は決してヒロインに対して邪な心で接していた訳ではないと伝えた。

ヒロインの方は破滅に至るルートに乗った訳では無い事を理解し、少しばかり落ち着いた。


 帝国の皇太子によって、婚約者との距離を取らざるを得なくなった王太子達。

色々理由を付けて離れてるけど、そろそろ色々な意味でキツイ。

そんな中で出会ったヒロインにほっこりしてました。

でも、傍から見れば浮気も良い所なので、母親の過去を鑑みるとヒロイン的にはどう考えても絶許です。

本当にごめんなさい。


 というのが彼等の話だった。

確かに良く考えるとそういう風にはなっていたが、そこは別にヒロインは気にしてはいなかった。

それまではヒロインムーヴを満喫していたからだ。

ただ、もしかしたら自分は、ざまぁされるヒロインかもしれないと思ったから泣いていたので、別に王子達の言う不義理がどうこうとは考えていなかった。

色々と誤解も解け、腑に落ちた所で考えなければならない事が出来た。


 まず、帝国の圧力の件である。

普通に婚約を解消して新たに結び直すだけで終わる話なのに、なんでこんな面倒なことをするのやら。

何故そんな事をするのか、考えてみる。


 まず、皇太子が公爵令嬢に懸想しているのは間違いない。

そういえば、悪役令嬢モノではよく婚約破棄後、元婚約者よりも明らかに高スペックな男子が求婚していたなとヒロインは思った。

で、お決まりのざまぁをして、悪役令嬢は真のヒーローと幸せに暮らしましたってオチだ。


 この手の話だと実は昔、悪役令嬢と交流があったあの時の男の子が! ってのが良くあったと思う。

ここは乙女ゲームのような世界なのだ、ならばそういうテンプレ的な展開がゴロゴロしていても不思議ではない。

そう考えたヒロインは、王太子に帝国と皇太子の話を聞いてみた。


 分かった事は、10年ほど前に、帝国内で皇位継承の争いがあったという。

現皇帝が最終的に跡目争いを制したが、随分と血生臭い事件もあったという事だった。

そして、二度と争いが起きない様、皇族の中で最も優れた結果を出した者が、次世代の皇帝となる様に法改正をしたとの事。

皇太子は、厳しい皇位継承者としての試練を勝ち抜いた人物だという。


 皇太子についてもう少し詳しい話を聞いてみると、どうやら皇太子の親族には我が国の公爵と親戚関係にある者がいるとの事だ。

それを聞いた時、ピンと来た。


「それ、ですね。皇太子があくゃ……公爵令嬢に執着する理由は」


 ヒロインの言葉に? を浮かべる王太子達。


「継承権を巡って争いがあった時、恐らく皇太子は秘密裏にこの国へ疎開していたのでしょう。親戚である公爵令嬢の家に」

 

 その言葉に宰相子息が気付いたようだ。


「なるほど……その時に彼は令嬢と出会い……」


「はい。恋心を抱いたのでしょうね」


 そこで王太子も理解したようだ。

騎士団長子息はまだ良く分かっていない。


「初恋を叶えるため、必死に努力して皇太子の座を手に入れたけど、その時すでに愛しい彼女には婚約者がいたという訳だ」


 王太子が説明する。


「あー、漸く分かって来たわ」


 王太子の言葉に騎士団長子息も漸く理解出来たようだ。


「しかし、何故こんな回りくどい事を?」


 宰相子息は訝しんだ。

心情はある程度理解できたようだが、それでも腑に落ちない点があるようだ。


「それは恐らく、力尽くで公爵令嬢を手に入れても、あくまで貴族としての、割り切った関係しか得られない可能性があるからだと思います」



「「「???」」」


 ヒロインの考察に? を浮かべる攻略対象達。


「要するに皇太子は、公爵令嬢からの『真実の愛』が欲しいのですよ。国の命令で結ばれた婚姻では、貴族としてそれに従うだけで、個人としての本心はまた別ですよね?」


「なるほど……自分が愛する者の、愛情全てを得たいという訳か」


「その為にわざと孤立させて、殿下や我々に対する情やその他諸々を捨てさせ、自分だけに向くようにとしている訳ですね」


「なんだそりゃ、頭おかしいんじゃないか?」


 騎士団長子息の直球過ぎる感想に苦笑するが、正にその通りである。

貴族である以上、自身の感情よりも国や家門の利を重視するのが当たり前な世界において、自分の欲を優先させるなど普通はあり得ない。

しかもそれをするのが帝国の次期皇帝なのだから、正気を疑うのも無理はない。

転生者であるヒロインには理解できた。

皇太子、絶対ヤンデレだわ……と。


「永らく意図が分からずにいたが、君のお陰でようやく合点がいったよ。ありがとう」


 疑問が解けて王太子はスッキリしたようだ。

とはいえ、問題が解決したわけではないのだが。


「執着する公爵令嬢をこの国で孤立させ、支えを失った彼女の身も心も手に入れる為の壮大で下らない計画か……字面にすると酷い物だな」


 王太子の言葉に、全くその通りだと皆が思った。

悲しい事に、国力の差が大きすぎるので抵抗する事は出来ないから、このまま突き進むしかないのだが。


「腑に落ちましたが、納得出来るかと言えば正直、微妙ですね」


「頭のおかしい権力者に目を付けられた、公爵令嬢様には同情しかしないな」


「私達がどう思ったところで、選択の余地が無いのが嫌な所ですね~」


「だが、やるしかない。業腹だがな」


 それから今後の事を話し合う事にした。

皇太子の意図が分かった以上は、その通りにやるべきだろう。

ただ、余りに不自然だと公爵令嬢が疑問を抱くかもしれない。

いっそ全部バラしてやった方がスッキリするかもしれないがが、何せ相手は狂人だ。

腹いせで戦争を仕掛けられてはたまった物では無い。

どうしたものかと思案していたところで、ヒロインが手を上げた。


「私に一つの案があるのですが、よろしいですか?」


 ヒロインの言葉に三者は頷く。


「初めに言っておきますが、この作戦はかなり酷い物です。私自身も出来ればやりたくないですし、皆様にも当然ながら拒否する権利はございます」


 それを踏まえた上で説明しますねと、ヒロインは言った。

王太子達としても、案があるのであれば一応聞いてみたいとの事で了承する。


「はい。先ずですが、今私達が外部から見られている今の状況を利用します。……王子達の浮気とも取れるこの状況をです」


 その言葉に三人は固まった。

誤解は解けたが、それはあくまで本人たちの間での話であって、外部からはそれはわからない。

つまり王太子は傍から見れば婚約者を他所に、元平民の令嬢に入れ上げる不誠実な男と見られている。

それによって婚約者との距離を取っても、不自然にならないし、皇太子の目論見通りになる。


「なるほど……確かに今の状況を利用すれば、流れは作れるだろう。だが……」


「ええ、それでは我々もそうですが、貴女の評判も地に落ちる事になりますね」


「国に忠誠を誓った身だからな、どんな汚名を被ろうとも覚悟は出来ていたがよ……アンタまでそうなるには、ちょっとな」


「割と今更な話ですよ。それに私なんて所詮は半分平民の男爵令嬢ですよ? 貴方様方の方がダメージは大きいのではないですかぁ?」


「いや、最終的に瑕疵の無い公爵令嬢と婚約破棄をするという時点で、私の名誉など地に落ちる」


「当然ながら、それを止められなかった私達も同罪ですね」

 

「親父殿達は既に、第二王子殿下を立太子する準備をしているな」


「既にそこまで話が進んでいるのですね……」 


「我々は表舞台から消える事になるが、その後の事については国王陛下も配慮してくれている」


「でも、貴女はそうもいかないかもしれません。立場上、何らかの罰を受けなければなりません。貴族籍の剥奪は免れないでしょう」


「修道院に放り込まれるくらいならマシかもしれないけどよ、事が事だけにな……最悪、処刑台に登らなければならないハメになったら嫌だろ?」


 それはキツ過ぎるざまぁで嫌だなーと、ヒロインは思った。


「その時は地下牢で病死という形で納めていただければ良いと思います……」


「どちらにせよ、君という存在はこの国から無くなる事になってしまう。これは我々の問題なのだから、君が犠牲になる事は無い」


 ヒロインの身を案じてくれるイケメン攻略対象達の優しさに、ヒロインは絆されそうになる。


「気を使っていただき、ありがとうございます。ですが、この作戦は成功する可能性が一番高いと思います」


 何といっても、悪役令嬢物語のテンプレをなぞっていくのだから。


「それにこの作戦は皇太子が溜飲を下げる意味でも有効だと思います」


「溜飲? それは一体……」


 不思議そうに尋ねる攻略対象達。


「はい。ハッキリ言って帝国の皇太子は頭がおかしいド畜生です」


 ヒロインのぶっちゃけ発言に思わず吹き出す。

一応は帝国のトップに立つ人物を畜生呼ばわりなど、思っても誰も言えない事だ。


「公爵令嬢に対する執着から、長年彼女と婚約を結んでいた殿下と、近くで仕えた側近の方達に対して憎悪を抱いていてもおかしくはありません」


 ヤンデレからすれば、愛しの公爵令嬢とずっと一緒にいた攻略対象達は、許せない存在だろう。


「表舞台を去ったとはいえ、その後の生活が保障されている貴方方を、破滅させるような一手を、仕掛ける事も十分あり得るかと思います」


 その発言に背筋が冷たくなる。

まさかそんな事で恨まれるなど、あり得ないだろうと思ったが、相手が度を越した狂人だとすると、万が一という事もある。


「ですので、道化を演じるのではなく、本物の愚者として振舞い、婚約破棄を起こし断罪されるのです」


 悪役令嬢でお馴染みのテンプレ展開だ。


「その後、情報操作や隠蔽工作で死を偽装すれば、ヤンデレサイコも手は出さなくなると思います。そんな事よりも公爵令嬢との時間を大切にするでしょうし」


 ヤンデレサイコ? 言葉の意味は分からんが、とにかく凄い罵倒なのだろう。

かなり無茶苦茶な話ではあるが、逆にそこまでやらなければならない窮地に自分達は陥ったのか? と、攻略対象達は顔を青褪めさせた。


「勿論先程もお話ししたように、この案を却下して当初の予定通りに話を進める事もありだと思います。これは最悪の事態を想定してのお話です」


 ヒロインの話に、攻略対象達は考え込む。

やり過ぎだと思う反面、彼女の言う最悪の展開も考えられる。

どうせ地に落ちる名誉だ、どうやっても貴族として表舞台には戻れないだろう。

皇太子の傍迷惑な逆恨みも考えられる。

ならば、落ちる所まで落ちて、その後に自由を手にするという選択肢もありではないかと思えて来た。

産まれながらの貴族として、王族として敷かれたレールは、皇太子の横槍で全てご破算にされるのは確定だ。

決められた道を歩いてきた自分達が、己の意志で歩く道を決めるという未知の行動に、何だか体が熱くなったように感じた。


「……わかった。君の案を採用しよう。盛大に愚者を演じ、見事断罪されて見せよう」


 どうやら王太子は覚悟を決めたようだ。


「私はもう自分の進むべき道を決めたが、お前達まで無理に従う事は無いぞ」


 側近達を案じる王太子だが、そう言われた二人は、 


「何を仰いますか、殿下。私は貴方に生涯忠誠を誓った身です。貴方の進む道は私の道でもあります。何より面白そうな話ではないですか!」


「その通りだぜ、殿下! どうせやるなら自分から進んでいった方が良い!」


「お前達……感謝する!!」


 イケメン三人の熱き友情シーンを間近に見たヒロインは、心の中でゴチになりやす! ありがてー、ありがてーと感謝した。






 話も纏まり、今後の計画を具体的に話し合う事にした。

当然ながら、それらについては国王や宰相、騎士団長といった極限られた面々には伝えてある。

最初は難色を示したが、攻略対象の説得やヒロインの挙げたその後の計画などを聞く事で了承する事になった。


 ヒロインの挙げた計画とは、婚約破棄からの断罪イベント及び、その後の進退についてだ。

悪役令嬢物では、基本的に悪役令嬢を手放した祖国は大体が不幸な結末を迎える。

尤も、それは国の悪役令嬢に対する仕打ちが原因なのだが。


 今回の婚約破棄も表面だけ見れば、悪役令嬢への冷遇から起きる事が原因なので、何かしら起こり得るだろう。

だが、ざまあ物と違いこの国や婚約対象達は真面だ。

ヒロインである自分も、物語のように積極的に悪役令嬢を害するような真似などしない。

こうなったのは、ヒーローである皇太子という名のヤンデレサイコの所為だ。

恐らくこの国が見舞われる不幸は、あのヤンデレサイコのやらかしによって起きるのだろうとヒロインは予想した。


 古来より、物語において帝国といえば、周辺国を武力でもって征服する悪の枢軸国である。

現時点でも強大な軍事力を持つ帝国は、最高の伴侶を手に入れた、能力だけはバカ高いヤンデレサイコの手によって益々発展するだろう。

そして、その力を持って世界征服なんて事をやらかす可能性がある。

愛しの妻に世界をプレゼント! なーんて事もあり得るのだ。

それを阻止するための秘策がヒロインにはある。


 前世の知識である。

ヒロインは軍事から銃火器について、ある程度の知識を持つ。

それはこの世界ではまだ生まれていない知識であり概念である。

何故そんな知識をヒロインが持っていたかというと、前世において、一時期軍記物や銃火器を扱った戦記物にハマったからである。


 ヒロインによるざまぁへ向けての計画は順調だった。

攻略対象達と人目を憚らずイチャイチャし、あちこちから来るクレームは瞳に涙を溜めた小動物ムーブで乗り切る。

当然そこで、攻略対象達が出て来てあれやこれやだ。

最初は公爵令嬢からも苦言が来たが、半年も経つと何も言われなくなった。

ヒロインと公爵令嬢の初絡みだが、ヒロインが彼女に抱いた印象は、やはりゲームと違っていた。

ゲームでは小物感溢れるキーキー五月蠅い令嬢だったが、この世界では凛とした完璧な淑女であった。

頭ヒロインのままだったら、間違いなく自分がざまぁを食らっていたなと確信した。

必要以上に貶めるような真似をすると、全て自分に跳ね返ってくると予想したので、彼女には余り触れないように注意した。


 そして、公爵令嬢に付き従うあのメイド……あれにも要注意だ。

基本的に悪役令嬢物のメイドは令嬢に対して高い忠誠心を持つ者が多く、滅茶苦茶有能だったりする。

そして、帝国のヤンデレサイコに愛された公爵令嬢に近しい立場にいるあのメイドは、もしかしたら帝国からの間者の可能性がある。

或いは護衛者、仇なす者を葬る暗殺者か……何れにしろ、油断できる相手ではないと思われる。


 その予感は的中したようだ。

騎士団長子息にメイドをさり気なく見て貰ったが、


「あのメイド、只者じゃないな……隙が無い。上手く隠しているが、アレはどう考えても何かしらの訓練をした者の動きだ」


 武術に精通している騎士団長子息はそう看破した。


「やっぱりそうでしたか。公爵令嬢である以上、近くに護衛者を置いておくことは十分あり合える話ですが、帝国から派遣されたスパイである事も念頭に置いておきましょう」


「なるほど、帝国のアレが愛しの彼女に腕利きの護衛を派遣しても不思議ではない。親戚でもあるから幾らでもツテがあるしな」


「無理に彼女の素性を探るのは悪手でしょう。気取られる可能性があります」


「あのメイドが俺達の監視も兼ねているのなら、バレないよう本気で馬鹿をやるしかないな」


 王太子ご用達のサロンで何時もの作戦会議だ。

男三人とアバズレビッチが密室で……何も起きないはずもなく、を演出しつつちゃんと真面目に会議するという難易度高めな芸当を駆使し、学園生活を送る毎日であった。


 一年が経つ頃には、王太子とその側近達は公爵令嬢をそっちのけで、ヒロインに傾倒する問題児と周囲に認識されていた。

高位貴族の中でも頂点に位置する彼等に、表向き文句を言えない中、ヒロインに対しての風当たりはどんどん強くなっていった。


 他の令嬢達に責められるヒロインを、攻略対象達が颯爽と救うという茶番を繰り返す毎日。

休日にはいかがわしい店に入り浸り、学生としての本分を忘れたかのように振舞う彼等に対する不満と失望は日々高まって来た。

勿論、噂の彼等は表向きはそう擬態しつつ、裏では真面目に活動していたのだが。


 時が経ち、王国の建国を記念した式典が行われる時期となった。

一つの区切りになるキリの良い数字となる建国記念日において、他国からの来賓も多く招待されるこの日こそ、計画の実行にうってつけの日であった。

学園内や貴族間でも自身の悪評は広まっている。

式典には帝国のアレも出席するので、非常に都合がいいのだ。

準備は全て整った。

後は計画通りざまぁをされるだけである。






 婚約破棄をブチ上げた所で、帝国のアレがしゃしゃり出て来た。

予想通り過ぎて笑えるが、そこはグッと我慢だ。

場内は予想外な事が起きて皆、唖然としている様だ。

そこへ国王並びにこの国の重鎮達が登場し、断罪劇が始まる。

今日、この日に為に入念なリハーサルもしてきたのだ、失敗は許されない。


 開口一番、国王の怒号が会場内に響き渡る。

聞く者全てが委縮するような声量である、ナイス演技。

そしてこれからがこちらのターンである。

まず王太子が、婚約破棄に至った話をまるで歌うように説明する。

自己陶酔感バリバリの語りに周囲はウンザリした様な顔になり、公爵令嬢も呆れ顔だ。

流石王子、見事な演技だ。

畳み掛ける様に宰相子息が眼鏡をクイッと上げる仕草をしつつ、ヒロインが周囲から受けて来たイジメの原因について、公爵令嬢やその取り巻きが云々と説明する。

当然ながら皆、『何言ってんだ? コイツ』という顔で宰相子息の話を聞き流していた。

騎士団長子息は、あまり腹芸が出来ないタイプなので何も喋らせずに、後ろでうんうんと頷くだけにして貰った。


 一通り話をした所で、国王陛下並びに宰相と騎士団長から怒りの声が響く。

駄目押しに、ヒロインが頭ヒロインなズレた話をする事で、周りから失笑を買うようにし、呆れた国王から廃嫡とこの場からの排除の命令が下ってエンドだ。

そして王城の地下にある一室で、寛ぎながら全ての茶番が終わるまで待機していた。


 それから暫く経った頃、地下室に国王達がやって来たのだ。

速やかに平伏したヒロイン達に国王は無礼講という事で、直ぐに頭を上げさせた。

そして今に至るまでの労いの言葉を掛けた。

記念式典を無茶苦茶にするも、国王による迅速な処分と、帝国皇太子のサプライズがあった為、上手い具合にヒロイン達のやらかしが霞んだのだ。


「お前達には苦労を掛けた。この国の王として陳謝すると同時に謝意を述べよう」


「ハッ、勿体ないお言葉でございます」


「其方にも礼を述べよう。アレが公爵令嬢と共に去った瞬間、いくつかの怪しい気配が国内より消えたと諜報部より連絡を受けている」


 やっぱ彼方此方にスパイを放っていたんだなーと、ヒロインは思った。

この大事な式典で盛大にやらかした事が、全て演技だったとは流石のヤンデレサイコも予想していなかったようで、気を抜いたか。

まぁ、まだ幾人かは事の顛末を見届けるまで居るんだろうけどねとヒロインは思った。


「では、お前達の今後の処遇であるが、王太子は塔に幽閉。それから後に『病死する』という形で行こう」


「宰相子息は、領地で軟禁後に毒杯を賜り、騎士団長子息は辺境で行方不明となる」


 あくまでそういうシナリオだ。


「ヒロインは独房で他殺を疑われる病死か……なるほど」


「はい。微妙にボカした方が逆に信憑性はあると思いますので。また時期はある程度バラバラにした方が良いかと思われます。一度に纏めてやると相手も不審に思うでしょうし」


「あくまで各々の判断で処断したように見せかけるか……ふむ、悪くない」 


 こうして、ヒロインと攻略対象はこの国から消える事となった。

全ての報告を聞いた皇太子は、疑うことなく嬉々としてそれを聞き入れた。

公爵令嬢は特に感慨など無く、サラッと受け流していた。 






 元王太子一派が断罪されてから凡そ一年の年月が経った。

何者でも無くなった彼等は、新しい名を名乗り髪の色も変え、全くの別人として第二の人生を歩んでいた。

新しい人生、それは冒険者だった。

ファンタジーな世界なのでやっぱりありましたよ! ってな感じでヒロインは冒険者生活を満喫していた。


 来る帝国との戦争に対抗しての軍事知識、取り分け火薬を用いた銃の概念を伝えたヒロインは、定期的に王国に戻る事を条件に冒険者と成っていた。

知識はあれど、実際に作ったことが無いので物の善し悪しが分からない事もあり、ヒロインは技術省の何たらといった役職に就く事は無かった。

王国はヒロインの画期的と言える、前世の知識から来るアイディア、概念に戸惑いつつもそれらを研究し成果を上げている。


 本来なら全力で囲い込みたい処だが、ヒロインは束縛される事を嫌っていたので、扱いを間違える訳にもいかない。

よってある程度は好きにさせる事にした。

そしてお目付け役兼、護衛として攻略対象達を一緒に付ける事にした。

三人の内誰かと結ばれる事で、ヒロインの手綱を握る事を考えたのだ。

攻略対象達も共に過ごした年月から、学園生活の様な、恋愛ごっこではなく、本当にヒロインを愛するようになっていたので、日々競うようにヒロインに愛を囁いていた。


 そう、ヒロインのハーレムパーティーが爆誕していたのである。

だが、肝心のヒロインは冒険者として色々な所を周り、貴重な素材を集めたりすることが楽しい為、進展が何も無かったのである。

そんな彼等だが、元ネタでは世界の中心とも言える人物であり、高度な教育を修めたこともあって次々に成果を上げ、冒険者業界でその名声を高めていた。


 ヒロイン達が冒険者として挙げた成果は国を潤していった。

古代遺跡にある遺産の発見、強力なモンスター素材の収集、国内にある諸問題の解決など、八面六臂の活躍をし、英雄とまで称されるようになった。


 そんなこんなで、日々国力を高めた王国は周辺国と秘密裏に軍事同盟を結び、帝国への対抗策を次々と打ち出していった。

これらを成し遂げるのに、ヒロイン達の活躍が背景にあった事から、国王達も頭が上がらなくなって来ていた。

当のヒロイン達は全く意識していなかったが。

自由気ままに冒険と、世直しの旅を恋愛イベントを挟みつつ送っていた。


 元王太子は、魔法と剣技を駆使した魔法剣士となり、元騎士団長子息は物理アタッカーと防御型のタンクを兼ねた戦士となり、元宰相子息は魔法のスペシャリストである魔導士となった。

ヒロインは仲間の傷を癒すヒーラー兼、味方の強化が可能なバッファーとしてその名を馳せていた。

彼等はその力を持って、一国の軍隊ででなければ太刀打ちできない、恐るべきモンスターをパーティーだけで撃破した。

とある場所に巣くっていた為、流通の妨げになる厄介なモンスターをバッサバッサと斬り倒す。

また、政治に対しての知識が豊富であるため、ある地方の悪徳領主による様々な問題を暴き、これを王国の中枢に報告、または成敗をする事で、国内の腐敗を浄化していた。

たかが冒険者の1パーティーにしてはあり得ない功績だが、知識に富み王国中枢とぶっといパイプを持ったヒロイン達には造作も無い事であった。


 月日は流れ、いよいよその時が来た。






 帝国は伸び悩んでいた。

かつてとある王国で起きた婚約破棄騒動と、皇太子によるサプライズ婚約によって新たな妃が帝国に訪れる事となった。

程なくして皇帝となった皇太子と妃は仲睦まじく、優秀な能力で帝国を統治した。

発展を遂げる帝国であったが、ここ数年伸び悩んでいた。

皇帝夫妻は相変わらず優秀であるにも関わらずにだ。


 その理由は周辺国の発展速度が帝国を上回っている事に起因する。

更に帝国領内に今まであまり見なかった厄介なモンスターが多数流入するなどして、国内に被害を齎す問題も起きていた。

常に最先端を走っていた巨大帝国であるが、その成長が何時かは頭打ちになるのは分かっていた事だ。

ただ、それにしては周辺国の発展速度は普通ではない。


 そしてモンスターの襲来についてもそうである。

皇帝はこれらの問題は、何者かによる陰謀ではないかと考えた。

諜報部を動かし、原因の究明に当たったところ、ある国の存在が浮かび上がる。

彼の最愛の妻の元故郷であった。


 どういう訳か、取るに足らない国であった王国がここ数年で凄まじい発展を遂げていた。

さらに調べてみると、10年以上も前から既にかなりの経済力を得ており、それを近年まで隠し、今なって一気に表に出していたようであった。

王国の発展に呼応するかのように、周辺国も次々に改革を成し、経済力と軍事力を高めていた。

その結果、厄介なモンスター共を国内から追い払い、それが帝国へ流入するという事になったのである。


「おのれ……、やってくれたなッッッ!!」

 

 憤怒の形相を浮かべる皇帝。

何れは潰して、妻の実家である公爵家にでも下賜してやろうかと思っていた小国が、これほどの成長を遂げていた事に屈辱を感じていた。

たかが小国と侮り、あまり注視していなかった迂闊さもあったものの、まんまとしてやられたのだから。

属国が妙に反抗的になって来たのも、恐らくは王国の手引きによるものだろう。


「ふん、小国が調子に乗りおって」


 皇帝は王国を滅ぼすことを決意する。

見せしめに、妻に関わる所以外は徹底的に破壊し、周辺国に再教育を施してやろうと。

傍らの妻に目を向ける。

皇帝の心情を察した彼女は、速やかに応える。


「陛下のお心のままに」


 流石我が最愛の妻だ。

正に以心伝心、気を良くした皇帝はすぐさま宰相及び騎士団長を呼び出す。

戦争の準備だ。


「思い上がった小国に裁きの鉄槌を下そう」


 ヒロインが見れば何ドヤ顔してんだコイツ? という表情で皇帝は宣言する。

……帝国の終わりの始まりだった。






「壮観だな」


 元王太子改め、魔法剣士はその光景を見てそう呟く。

眼下には地を埋め尽くすほどの帝国軍が展開していた。


「想定内とは言え、これ程の兵を派遣してくるとは流石は帝国ですね」


 元宰相子息改め、魔導士も呟いた。


「後始末を考えるとうんざりするな、コレ」


 元騎士団長子息改め、戦士も続いた。


 数十万規模の軍隊を前にして、まったく余裕の3人であった。

彼等は知っている、王国がただの1人も犠牲を出さずに、帝国軍を一掃させる事が可能であると。

既に準備は整っている。

後は開戦を待つばかりだ。


 帝国軍の将校と見られる人物が出て来て、開戦を宣言する。

それを合図に数十万の軍隊が一斉に迫って来た。

圧倒的戦力で相手を殲滅する、戦いは数だと言わんばかりの単純かつ強力な戦法である。

以前の王国ならあっという間に飲み込まれていただろうが、今は違う。


「射撃用意!」


「撃ち方、始め!!」


 帝国軍が間合いに入った所で、魔法剣士が指示を出した。

魔法が存在し、それが軍事の主流であるこの世界には無かった、火薬を用いた兵器、銃器による射撃攻撃である。

マスケット銃から始まり、長距離ライフルや大型の大砲、炸裂弾、更にはガトリング砲を開発した王国は、もはやこの世界において最強の軍事力を誇ると言って良い。

放たれた大砲の一撃は、帝国一の堅牢さを誇る重戦士団を粉砕する。

敵の矢や魔法攻撃さえも防ぎきる重戦士団の大盾が全く意味を為さなかった。

大砲の凄まじい威力にパニックを起こす帝国軍。

そんな帝国軍の中で最強の攻撃力を持つ、魔法兵団が魔法にて応戦しようとしてした所、次々と斃れていった。

矢でも魔法でもない何かが彼等を襲ったのだ。

斃れた魔法兵団の身体には何か穴の様な物が開いていた。

王国軍のライフルによる狙撃である。


 本来帝国の盾である重戦士団が矛である魔法兵団を守護し、兵団が大魔法攻撃で敵を一気に焼き払うのが帝国軍の基本戦術だ。

その後、大隊が悠々と進軍し、敵国を征服する。

今回の戦争も何時も通りの流れで終わるはずだった。


だが、帝国の盾は大砲によって砕かれ、守りの無くなった矛はライフルの的になった。

開戦から僅か数分で帝国は最強の矛と盾を失ったのであった。

帝国軍からすれば悪夢の様な出来事だった。


「……凄まじいものだな」


 魔法剣士はこの結果を予想はしていたが、それでも目の当たりにするこの光景には驚嘆するしかなかった。


「ええ、彼女の言う通りの結果でしたが、それでも実際に見るとなると驚嘆せざるを得ませんね」


「世界を変える力か……アイツが躊躇しちまうのも今なら分かるわ」


 魔導士、戦士も眼下に広がる光景に思う所があったようだ。

ヒロインは来る帝国の侵略戦争に備えて、前世の記憶から銃火器の概念を王国にもたらしたが、実際に使う事に迷っていた。


 この世界に存在はすれども、特別な才能と修練によって実用化できる魔法と違い、銃火器は物さえ揃えれば、訓練次第で誰でも扱える。

銃火器の存在は、この世界における定石を完全に破壊する、正に世界を変える力そのものなのである。

実際に目の前で起きている光景がそれを証明していた。


 態勢を立て直し、進軍する帝国兵を待っていたのは悪魔の兵器であった。

騎馬隊が機動力を生かして砲弾を躱し、王国城門に迫った所で爆発が起きる。

予め仕込んでいた地雷の爆発である。

遠隔操作が可能であるので、任意のタイミングで爆破ができるよう設計された地雷は、次々と爆発し、帝国最速の騎馬隊を屠っていく。

その様子を後ろからみた帝国歩兵は恐怖で逃げだしていた。


 帝国軍の間では怒号が飛び交っている。

逃げ惑う兵に対して将校達が必死の形相で呼びかけているが、軍は完全にパニックを起こしている。

このまま放っておいても勝手に自壊しそうな勢いだ。

思っていた以上に脆かった。

帝国軍としては殆ど被害を出さずに一方的に蹂躙するつもりだったようだが、結果は逆だった。

一方的にやられるのが自分達である事に気付いたら、後は逃げるしかない。

ここは追撃し徹底的に追い詰める事にする。

帝国の降伏など認めない、完膚なきまでの殲滅戦だ。


 何故そこまでするのか?

皇帝は優秀な男だ。

火薬や銃の存在を知れば、すぐにそれを取り入れるだろう。

そうなってしまえば、この世界は帝国によって征服されてしまうの事は想像に難くない。

故にここで帝国を潰す。

帝国に対して及び腰な周辺国も、今日の成果を見れば勝ち馬に乗りに来るだろう。

他にも長年帝国に苦しめられた国は数多くある。

この機に乗じて帝国に恨みを晴らすべく行動を起こすはずだ。

その為の仕込みは既に終えている。

全ての決着を付けるべく、王国軍は進軍した。






 王国へと派遣した軍が完膚なきまでに叩きのめされて、敗走したという報告を受けた帝国首脳陣に激震が走る。

帝国の3割に当たる兵と、帝国軍にて双璧を成す重戦士団と魔法兵団が全滅したという事実に全員が衝撃を受けた。


「馬鹿な! 何かの間違いではないのか?!」


「王国の被害はゼロだと?! ありえん!」


 喧々囂々とは正にこの事で、議会は紛糾していた。


 大陸最強を自負する帝国軍が大敗を喫したのだ、無理もない話である。

その状況においても、皇帝は狼狽する事も無く、その威光で騒ぐ者達を一喝し今後の話を進めた。

流石は皇帝といった所だろう。

内心はどうであれ、その威風堂々たる振る舞いに家臣達も落ち着きを取り戻したが……。


「ご報告します! 周辺国が次々に帝国に対して宣戦布告をしました!!」


「何だと!?」


 各国の宣戦布告に議会は阿鼻叫喚となる。


 王国の動きに呼応した国々は連合軍となり、四方八方から帝国を攻め立てた。

強大な国力を持つ帝国も、全方位から一斉に攻められては対処のしようがない。

広い国土だけに末端まではそこまで戦力は回らない為、駐留していた軍は全て撃破された。

止む無く戦力を帝都に集中させ、そこで各国を迎え撃とうとしたが……。


「長官! お逃げください!! 火の手がすぐ近くまで迫っております!」


「おのれッッ! よもやこのような手を使って来るとはッッッ!!」


 帝都の中心街及び重要施設の彼方此方で火が上がっている。

王国による高高度からの爆撃が原因である。

とあるダンジョンで天然ガスを発見したヒロインは、ガス気球の軍事利用を提案した。

風の魔法使い達による気流操作により、かなり正確に気球の進路を操れるようになった。

あとはその気球に爆弾を積み、矢や魔法の射程外から爆弾を落とすだけの簡単なお仕事である。


 空からの爆撃など、帝国は全く想定していなかった。

飛行魔法はあるにはあるが、そこまで高く飛べるわけでも長距離を飛べるわけでもないからだ。

軍を集中させ、守りを固めた帝都であったが、空からの攻撃には全くの無意味だった。


 世界一の栄華を誇った帝都は無惨に破壊された。

焼け出された軍や帝国民は、外に出た所で連合軍の餌食となった。

内外共にボロボロになった帝国は遂に降伏を申し出た。

だが、それは受理されなかった。

そもそも帝国自体、過去に相手国の降伏を受け付けずに滅ぼすことを、幾度となく行ってきたのだ。

そんな帝国の降伏など受け入れられるはずもなく、これまでの恨みを晴らすかの如く、蹂躙されたのだった。


 ほとんど瓦礫と化した帝都の一角にて皇帝は捕らえられた。

幼少時より常に勝ち続け、遂には帝国の頂点にまで達した男だったが、見る影もなくやつれていた。

実際の年齢以上に老け込み、頬は瘦せこけ、目の下には酷い隈が出来ていた。


「随分と小さくなったな。昔はもっと覇気に満ちていた男だったのに」


「そうですね。仮にも皇帝だったのですから、もう少し威厳のある姿でいて欲しかったですね」


「こういう時こそ堂々としているのが真の男だろうになぁ……。厚めのメッキが剥がれたか?」


 魔法剣士達は、かつては自分達を破滅させるところまで追い込んだ男の、情けない姿に呆れと落胆を抱いていた。


「いやー、積み上げてきたものが一瞬で木っ端微塵ですからー。ああなっちゃうのもしょうがないかと」


 ヒロインの言葉に3人はそれもそうかと納得する。


 本来は色々と面倒な手続きやら何かはあるのだが、皇帝はその場で処刑する事にした。

一々時間を掛けるのが無駄という、ヒロインの一言がきっかけだった。

丁度帝都の広場に断頭台があるのでそれを使う事にした。


「何か最後に言い残すことは無いか?」


 処刑人はそう聞いたが皇帝は答えない。


「そうか、では最後に良い事を教えてやろう。あそこに御座す、4人のお姿に見覚えは無いか?」


 処刑人はそう言って広場から少し離れた所に目を向ける。

皇帝もそこに目を向けた。

3人の男と1人の女性。

皇帝はその類稀れな記憶力から、その4人が何者かに気付いた。

かつて婚約破棄を起こした馬鹿共だった。

元々は自分が仕掛けた事であったが、それを上回る愚かな振舞いをした馬鹿共が何故此処に?

報告では奴等は無様に死に絶えたはずであった。


「今回の戦争で、我が国が貴様らに勝てたのはあの方たちの力によるものだ」


 処刑人は信じられない事を口にする。


「あの婚約破棄という茶番も、その後の結末も、そして……今、この時も、あの方達の計画の内だ」


 処刑人は万感の思いを胸に、真相を語る。 


「全てはこの日の為にあったのだ!」


 それを聞いた瞬間、皇帝は全てを悟った。

最初から手の平で転がされていたのだ、自分が、偉大なる帝国の皇帝たる自分が!

その事実に気付いた皇帝は憤怒の形相とこの世の者とは思えない声で叫ぶ。

だが身体はガッチリと拘束されて身動きが取れず、芋虫の様に這い蹲るだけであった。


「うるせーな。少し黙ってろ」


 処刑人は皇帝に蹴りを入れ、強制的に黙らせた。

 

 その様子を見ていた4人は少し困惑した。


「いきなり暴れ出したな」


「一体どうしたんでしょうね?」


「あー、コレはアレか? ざまぁでもしたか?」


「あ……処刑人の彼ってもしかして同級生だったあの人?」


 ヒロインには見覚えがあった。

代々処刑人の役目を負っていた一族の少年を。

ヒロインムーヴを満喫していた学園時代、職業差別はアカンよねという事から、一般的に忌避されている立場の者とそれなりに親しくなっていた。

やがてヒロインに傾倒していった王太子達も、自分達もいずれは後ろ指に刺される立場になる事から、その立場故に孤立する、処刑人とも交流を持つことになり、計画の協力者にもなって貰っていた。


「なるほど、あそこでネタバラシをしたということか」


「最後の最後で真相を明かしたという事ですか。やりますね、彼」


「はっはっは、久しぶりのざまぁだな!」


 冒険者時代、悪徳代官によくやっていた事を思い出す3人。

怒りと屈辱の形相のまま皇帝は首を落とされた。


「アレな人だったけど、一応ご冥福をお祈りしましょうかね。南無南無~」


 ヒロインは合掌し、前世のお経を唱えた。





 皇妃もとい、元公爵令嬢は嘗ての故郷である実家に軟禁されていた。

2人の息子達も一緒である。

帝都が落ちる寸前に皇帝の命を受けた侍女によって、公爵の元に送り届けられたからだ。


「何故私はここにいるのでしょう……」


 懐かしくも忌まわしい記憶のある場所だ。

あの婚約破棄からこの国を出て以来、決して戻るつもりの無かった故郷。

帝国が滅びる時、愛しい夫である皇帝と運命を共にするつもりだった。

だが、心底皇妃だけを愛していた皇帝は、せめて彼女だけは救いたいと、極秘に公爵に連絡を取り、皇妃を匿って貰うよう依頼していた。

公爵はすんなりとそれを受け入れた。

公爵なりに娘を愛していたし、娘はハッキリ言ってしまえば被害者である。

そして、ヒロインからこうなる事は示唆されていた。


「あの皇帝は頭はアレですけど、公爵令嬢さんの事は大切に思ってますからねー。こういう事もあり得ますよ」


 火薬や鉄砲もそうだが、此処までを想定していたヒロインに背筋が凍る様な思いであった公爵だが、無事愛しい娘を保護する事が出来たのは僥倖であった。

アレの血を引く孫には少し思うところはあるが。

当時の真相を知っている王国の重鎮や国王も、公爵令嬢については同情している点も多く、公的には病死した事にして領内でひっそりしていれば手は出してこないだろう。

ヒロイン達の口利きもある。


 問題は2人の皇子達だ。

かの帝国の皇帝の血を引く2人を生かしておくのはリスクがある。

ヒロインは子供に罪は無いと言ってくれているが、国からしたら放っておけない。

自我の無い赤子であればまだ誤魔化しようがあるが、物心が付いているとなると教育だけでどうにかなるかわからない。

あの皇帝の息子である以上この国に災いを招きかねず、油断できないのだ。


 孫達の処遇に頭を悩ませていた公爵の元に、皇帝の処刑が下されたと報告が上がっていた。

ついに帝国は滅んだのである。

祝杯を上げたい気分である。

公爵は娘の夫として皇帝の事を本心では認めてはいない。

正式な外交として娘と婚約をするのであればまだしも、あんな下らない茶番をせざるを得なかった、無茶な要求をする頭のアレっぷりがすこぶる気に入らなかった。


 戦後の処理もある程度進んだ所で、公爵は娘に皇帝が処刑された事を伝えた。

娘も頭ではこうなる事を理解していたが、自分の親から夫の処刑を聞かされた事で、精神的に追い詰められ、倒れてしまった。

公爵は悩んだ。

アレは娘の前では良い所しか見せなかったのだろう。

誰よりも聡明で、妻をとても慈しむ夫と偉大なる皇帝の面だけを。

故に娘はアレを深く愛した。

皇帝の死を聞いて塞ぎ込んでしまう程に。

このままでは自決しかねない。

真相を話すのは娘にとって非常にショックな事であろうが、このままにしておいては一生娘はアレへの想いに囚われるだろう。

意を決し、公爵は娘にあの婚約破棄の真相を伝える事にした。

ヒロイン達も呼んでだが。


「……以上が、あの婚約破棄の真相だ」 


 公爵は全てを伝えた。

最初は信じられないといった元公爵令嬢であったが、死んだはずの嘗ての婚約者と側近達、そしてヒロインの存在と証拠として残っている書状によってこの話が真実であったと認めざるを得なかった。


 元公爵令嬢は地面にへたり込んだ。

信じていた物が、根本から崩れ去ったのだから当然の反応だろう。


「私は騙されていたのですね……これまでずっと……」


 周囲の者は流石に気の毒で、申し訳ない気持ちになったが、これで皇帝への想いなどという呪縛から解放されたと思った。

元公爵令嬢は大声で叫び出したい気分であったが、貴族としての矜持と目の前の元婚約者達もまた、あの男によって運命を狂わされていた事実を思うとそういう事も出来なかった。

ただ力なく項垂れるだけである。

そんな彼女の前に2人の子供が立っていた。


「母上、そうお気になさらずに。この件については母上に非はありません。あの男の事はもう忘れましょう」


「そうです。今後はあの男に囚われずに、心穏やかにお過ごしください」


 2人の言葉に、元公爵令嬢だけでなく、周囲の者達が皆ギョッとした。


「貴方達……一体何を?」


 困惑する元公爵令嬢に対して2人の息子は何でもないように答えた。

 

「言葉の通りですよ。母上。先程のお話を聞いて、漸く今まで抱いていた違和感の正体が分かりました」


「僕達が父と呼んでいた、あの男の本性が分かってスッキリしましたよ」


 どうやらアレは血を分けた実の息子に対しても良くない思いを抱いていたようだ。

2人の話によると、アレは元公爵令嬢と一緒にいる時は優しくて穏やかな夫であったが、元公爵令嬢がいない時は冷酷な男であった。


 最初は皇帝という立場である以上、厳しい態度を取るのは当たり前であると思っていたが、徐々に違和感を覚えるようになった。

親子水入らずの時の優しい夫であり父親である時と、皇帝としてのギャップだけでは済まない違和感。

聡い子供達はそれに気づいた。

元公爵令嬢が自分達に見せる柔らかく暖かい熱を持った瞳と違い、アレの目はそういう暖かさが無かった。

元公爵令嬢に対しては、狂おしい程の熱を持った瞳であったが。


 ある時、弟が年相応の子供らしく彼女に甘えていた時、アレの目はまるで敵を見るかのような目で弟を見ていた事に気付く。

父親が息子を見る様な眼差しではない。

兄はこの辺りから常々持っていた疑惑を、より深める事になった。

弟もまた、アレの目に気付いた様で、それからは日々の帝王学もあり、母親との接触は控えるようになった。

母親は少し寂しがったようだが、それを埋めるかの如くアレは母親の傍にいた。

そして今回、あの婚約破棄の裏話を聞いたことで、確信した。

アレにとっては、血を分けた息子達ですら邪魔者であったのだろうと。


 2人の告白を聞いてドン引きする大人達。

母親である元公爵令嬢ですら引いた。

リアルヤンデレって普通に気持ち悪いんだなーと、ヒロインは思った。


「何と言って良いかわからんが……」


「ええ、我が子すら嫉妬の対象というのはいささか……」


「信じらんねーよ。自分の子供だぜ? 滅茶苦茶かわいいだろーが」


「わかっていただけますか?」


「あー、うん。君達本当に苦労していたんだね……」


 しみじみと呟くヒロイン。


 そんな彼等のやり取りを見て途方に暮れる元公爵令嬢。


「私は一体今まで何を見ていたのでしょう……」 


 初恋のあの少年の本性。

自分を深く愛してくれるのは良いが、それ以外に対しては酷過ぎる。

大切な子供達をも嫉妬と憎悪の対象にしていたなんて、100年の恋が冷めた気分だ。

元公爵令嬢の中で、夫だった男への想いが急速に萎んでいった。

あの男に殉じて子供達が独り立ちする頃には、後を追うつもりでいたがそんな気が失せた。


「色々あって何ですが、今後はここでゆっくりと過ごすことをお勧めしますよ。私達も出来る限りはサポートしますし」


 ヒロインの一言でこの場はお開きになった。






「いやー、分かってはいたけど、実際に当事者から話を聞くと何だかなーって気になりますね」


「全くその通りだな」


「ええ」


「嫌な気持ちになるもんだ。さっさと帰っておチビちゃん達に会いてーよ」


 やれやれと言った気分で嘆息する4人。

しかしながら皇帝は確かにアレだったが、自分達もあまり人の事は言えないなーとヒロインは思う。

戦士の言うおチビちゃんとは彼等の子供達だ。

孤児院からの養子ではなく、れっきとしたヒロインとの間に生まれた子である。

そう、ヒロインは逆ハー家族を成していた。


 表舞台から消え、冒険者パーティーとして活動した4人。

色んな冒険をする中で4人の絆は深まっていった。

仲間的にも恋愛的にも。

そうなるとヒロイン1人に男3人である。

どうしたって普通に考えれば2人はあぶれてしまう。

ヒロインは頭ではアカンと分かっていたが、やはり魅力的な3人の内誰か1人を選べと言われても、選びきれないのが本音である。

そして3人はヒロインを諦めきれない。

その実力とルックスから大勢の女冒険者や町娘、貴族からも誘いを受けているが、3人は全て断っていた。


 ヒロインは3人の内誰かを選べない、3人はヒロインを手放したくない。

そうなるとどうすれば良いか。

一夫多妻制ならぬ一妻多夫制の採用である。

全員で話し合い、そうする事に決めた。

ヒロインのハーレムルート達成である。


 しかしながら、問題が何も無かったわけではない。

色々あるが、ヒロインの最初の男問題に加え、子供の事もある。

男達からするとヒロインが産んだ以上、子供の父は3人全員だという話であるが、やっぱり自分の血を引いた子供が欲しいのも本音である。

髪や瞳の色、顔立ちで判断できるかもしれないが、それも完璧では無いし、誰の子かは産んでみないと分からないし、確信も無い。

ある程度はコントロール出来るかもしれないが、それも完全ではない。

それが悩みであった。


 ある時、ヒロインが「DNA鑑定とか出来たら良いんですけどね~」とポロっと呟いた時、3人は喰いついた。

鑑定魔法による子供の父親の判別という発想はこの世界には無かった。

前世ではチート能力で良く上げられる鑑定魔法は、この世界では術者の知識と経験、練度によって大分精度が変わる。

そもそも鑑定できるのは物であって、人では無い。

だが、親と子の魔力パターンを識別したり、血液や髪の毛などの情報媒体を鑑定する事で、高精度で誰の子供であるかを判別できる様にするという訳である。

こうしてあれやこれやで夫婦生活を送る事になった4人に待望の第一子が産まれた。

男の子だった。

鑑定の結果は魔法剣士の子であった。

ガッツポーズをとる魔法剣士と項垂れる戦士と魔導士。

ヒロインはこの光景を見て前世の古い野球ゲームを思い出した。


 一抜けの魔法剣士は、以後夫婦生活こそあるものの、しっかりと避妊をする事になった。

そして戦士と魔導士によるヒロインの妊活バトルが始まった。

激戦を制したのは魔導士だった。


 第二子も男の子で、普段クールな魔導士が男泣きしていた。

その様子に魔法剣士は彼を労い、戦士は固い握手を交わした。

ヒロインは感動すれば良いのか、何だコレ? と呆れれば良いのか、良く分からない気分のままその光景を見ていた。


 さて、既に2人の父親は確定したので、次に産むのは戦士の子供となる。

そして第三子、女の子が産まれた。

初の長女にして、念願の我が子に戦士は吼えた。

他の2人の父親も初めての女の子に浮足立っており、2人のお兄ちゃんも妹に興味津々であった。

ヒロインはようやく一息付けたなーと、ホッとした。


 逆ハーレム……乙女ゲーをやるものならまず憧れるシチュエーションだったが、実際にやってみるとかなり大変であった。

先ず複数の男に女が1人なのだ、そりゃ大変である、色々と。

子供の産み分けもそうだ、誰かの子を産めば残りの旦那も欲しがる。

通年通して妊娠しなければならないのは中々大変な物であった。

前世の大家族ってスゲーなと、心から思ったヒロインであった。






 帝国は滅び世界に平和が訪れた……というのがRPGにおける物語の結末だが、現実はそうもいかない。

帝国によって奪われた国や領土を巡って、彼方此方で紛争が起きていた。

更に帝国残党が盗賊化し、被害を出している。

挙句に帝国が健在だったころは、動きもしなかった他の列強国がちょっかいを掛けてくるなど、大陸は荒れていた。

前世で言う所の、世界大戦でも始まりかねない剣呑な雰囲気を、ヒロインは感じ取っていた。


 今や6人の母であり、この世界に銃火器などの概念を持ち込んだ1人の人物として、この世界をどうにかせねばならないと使命感に燃えていた。

王国は科学技術の秘匿を徹底し、周辺国への援助は経済面と政策についてのみに留めていたが、先の戦争で実物を見られているので、それをコピーしようとする動きが各国にあった。

科学技術の発展による戦争の進化が行き着く先は、推して知るべしである。


 故にヒロインはこれに対抗する為、3人の旦那及び成長した子供達と共に、その圧倒的能力とカリスマ性を発揮し、冒険者ギルドを立ち上げた。


 今までの冒険者という職業は、どちらかと言えば個人経営やちょっとした組織の運営によるものであったのだが、それ等を全て統合した巨大組織へと昇華させた。

その目的は真っ当なもので従来の冒険者としての仕事の他に、大陸各地で起きる紛争の解決や、盗賊、モンスター被害などを対話と物理で解決するというものである。

大陸中に支部を置く事でその根を張り、何かあればすぐに対応できるように備えた。

職にあぶれた者達や住処を失った者達への救済組織としての面もあるので、国どころか街や村レベルで重宝されるようになった。

大陸最強を誇る軍事国家となった王国と繋がりがあり、大陸中に影響力を持った冒険者ギルドの長を人は影の支配者と呼ぶようになった。


「やるべき事はやったから、後は成るようにしか成らないね~」


 3人の夫とゆっくりとお茶を飲むヒロインもとい、冒険者ギルドの真のマスター。


「ふむ……それにしてもあれから随分と経ったが、まさかこのような人生を歩むとはな……」


 うっすらと白髪が生えてきたが、卓越した美貌に大人の渋みを加味した魔法剣士がしみじみと語る。


「ふふ、世間ではギルドが、この大陸の影の支配者だと嘯く者もいるようで」


 続く魔導士も、これまた深き英知と大人の男性としての魅力を携えていた。


「ガッハッハ。そりゃ良い得て妙だな!」


 筋骨隆々で見る者を圧倒する覇気を纏った壮年の戦士が笑う。


「ま、後はあの子達に任せて、私らは私らで出来る事をしようかね~」


 冒険者ギルドの組織運営自体は優秀な子供達とその部下達に任せている。

今、4人はのんびり休暇を取りつつ、冒険者としても活動している。

ギルドの設立前から活躍する、伝説のパーティーとして。


 誰も踏破した事の無い古代遺跡や、竜種の巣食う凶悪なダンジョンなど、この世界にはまだまだ未知の物がゴロゴロしている。

彼女達は、今もそれを追い求めていた。

ありがとうございました。

評価を頂けると嬉しいです。

また、感想や誤字脱字報告もして頂けると嬉しいです。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[一言] 凄く面白かったです。ヒロイン、頑張った!
[良い点] 唯のハーレム物や悪役令嬢物でなくて面白かった! [気になる点] 悪の枢機国 悪の枢軸国 ですよね? [一言] 王国と帝国の間で恋心を弄ばれる公爵令嬢が一番可哀想でした。
[良い点] 面白かったです。 [気になる点] 硝石の作成方法とか石炭の話とかハーバーボッシュ法についても言及あった方がより説得力あったかもしれませんね。 [一言] 今後も楽しみにしています。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ