36話 お忍び令嬢のわがまま
「ぬぉぉぉぉぉぉおおおおおぉぉぉぉおおおっ!」
「虫が汚い鳴き声を上げているわね」
鍛冶師のダグさんは腕や額の血管がはちきれんばかりになっているけど、ビクともしない私の腕を前になす術がなかった。
「私の慈悲に感謝なさい。貴方が鍛冶を教える者でなければ、その腕を捩じり切っていたわ」
「ぐぉぉぉぉおおおおぉぉぉおおおおおおおおおおっ、おっ、あっ、はぁんっっ」
最後は情けない声を上げながらグリンッと宙を舞い、その場で筋肉だるまは派手に転んだ。腕ごともっていかれたダグさんだったけど、それなりに気を使ってあげたので肩などは外れていないはず。
しかし、彼にとってはあまりの衝撃だったのか、見捨てられた子犬のようにポカンとしている。
そんな誰もが騒然とする空気を蹴散らすように割って入ってきたのは親方だ。
「……フンッ。嬢ちゃんよぉ、身体強化系の鍵魔法を発動してやがるな?」
「鍛冶師たちは鍛冶の最中に鍵魔法をいくつか使用すると聞いていましたので。何か問題でも?」
「……確かに剣を打てるかどうかで始まった試合だ。腕相撲でも鍵魔法を使って、なんら問題はねえなあ。おい、ボンズ。次はおめえがいけ!」
「はあ……どうして僕が……っ痛、わかりましたって親方」
筋肉だるま三人衆の中でも最初からあまりノリ気ではなかった男性が前に出る。
ボンズと呼ばれた青年は、この中ではロン少年の次に若い男だ。
「【解錠】————【炎喰らいの籠手】」
ボンズがそう呟いた瞬間、異界へと繋がる扉が開く。
そして彼の右腕を分厚い岩たちが覆い尽くし、右腕だけが異様に大きく武骨な戦士の出来上がりだ。
「はぁー悪いね、お嬢さん。親方があー言った以上、僕もできる限りのことはしないといけなそうなので」
「かまいませんわ。非常に興味深いアームガードですわね?」
「ああ。僕たちはこの腕で剣を握り、灼熱の中でも剣を鍛えられるようにしているんだ」
「なるほどですわ……【鉱石界】を守護する【岩人形】の体皮を何枚も自身の腕に召喚して籠手のように活用する、実用的ですわね」
とっさの接近戦で殴り飛ばすのに使ってくる猛者は戦場でもチラホラいたけど、鍛冶師たちも使っているとは思いもしなかった。
「ごたごた言ってねえでさっさと始めろい!」
「はい! じゃあ、いくよ! お嬢さんんんんんんんんんんんんんんんんんっ!?」
「所詮は虫の浅知恵ですわね。その薄っぺらな矜持ごと剥いであげますわ」
今の私が本気で握って腕相撲なんてしてしまったら、容易く粉砕してしまう。だからこそ、メキリバキリポキリと、順を追って調整を加えながらボンズさんの【炎喰らいの籠手】を握力のみで砕いていく。
「やっ、えっ、うそおおおおおおお!?」
「散りなさい」
またもや筋肉だるまは華麗に宙を舞う。
私のか細い剛腕によって。
「どけい! ボンズ! この俺が、世間知らずのガキにお灸をすえてやるぜ!」
「おい、ガイ。鍛冶場は壊してくれるなよ」
「うっす! しっかりとこのガキだけ壊してやらあ! 【解門】————【岩将軍の全身鎧】!」
これはなかなか……。
一介の鍛冶師が【大岩の巨人】の体皮で、全身を覆うまでして打ち出す剣とやらを見てみたくなってきた。
ちなみにアレは防護魔法の一つで、さっきの【炎喰らいの籠手】や【岩将軍の全身鎧】は一応習得済みだったりする。
ただ戦場での使い方を熟知しているだけで、それらを剣鍛冶に応用する方法は知らない。
今からどのように扱うのか楽しみである。
「この俺の姿を見てまだ笑っていやがるのか。ただの虚勢じゃねえことを祈ってんぜええええええええええええええええええっ!? いたっ、あっ、ちょっまってん」
「弱い奴ほどよく吠えるとはこのことね」
筋肉だるま三号は岩鎧をバキバキに粉砕されながら、卵の殻から飛び立つ雛のように宙を舞った。
「だらっしゃああああああ! いよいよの俺の番だなあ! こうなったら本気の本気で行かせてもらうぜ嬢ちゃん! 【解門】————【岩窟王の右腕】!」
さすがは親方株といったところか。
もはや彼の腕の原型が想像できないほどに、巨大な岩の腕が鍛冶場に召喚された。
それは親方の意思で動き、一掴みで私の全身を包んでしまう巨腕だった。
が、私もそこまでしていいのなら————
「【解門】————【岩神落とし】。【解門】————【小さき妖精の針】」
二重解錠を活用して本来のサイズより小さく抑えた巨神の身体の一部を召喚。今回は相手に合せて右腕とする。
そして妖精女王のいたずら針によってサイズダウンをさせたが、それでパワーが下がるわけではない。むしろ巨神の力は凝縮されたので、地の力が底上げされている。
そんな物が上から叩き落とされれば、真っ先に潰れるのは親方が召喚した【岩窟王の右腕】だ。
ぺしゃんこにされた腕を見て、鍛冶師たちはもはや空いた口が塞がらない様子だった。
「あら? ちょっと煩わしかったので、小さな虫を潰してしまいましたわ」
「…………」
「腕相撲、続けますの?」
「あ、いや……じょ、じょ、じょ、嬢ちゃんの勝利だ!」
やってみてわかったのは、鍛冶師たちはやっぱり【岩飾りの娘】と相性の良い鍵魔法ばかり使用している点だ。
これならロッキナや他の【岩飾りの娘】も鍛冶ができるようになるかもしれない。
私はそう確信して、彼らに最初と同じ台詞を笑顔で吐き出す。
「では、私たちに鍛冶の技術を教え込みなさい」
「しょ、承知いたしやしたっ」
私の命令に応えるように、親方さんが深々と頭を下げてくれる。
それに続いて、他の鍛冶師たちも腰を深く折った。
なんだか教えを請う者が、師匠よりも尊大な態度を取っているのはおかしい図だけど、そこはマリアさんだから仕方ない。
チラリと鍛冶見習いのロン少年に目を向けると、親方たちの気持ちのいいぐらいの掌返しに唖然としていた。
少しだけ不憫に思ったので、私はここぞとばかりに飴と鞭を主張しておく。
「私に殉ずれば、貴方がたを悪いようにはしないわ。それこそ働きに応じて見返りをたっぷり用意しているわよ」
「聖女さまの祝福はすごいなのー」
ここぞとばかりにロッキナが私を持ち上げるが、なんとも胡散臭い響きだ。
鍛冶師たちの頭上にもハテナマークが浮上しているようだが、私は本当に鍛冶技術を提供してくれる彼らには報いたいと思っている。
ステラ姫のように————
利用するだけ利用して使い潰すのだけはごめんだからな。




