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悠久の少女 After Story  作者: 小鈴 莉子
一章 蜜月
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戸惑い

「そうだ、俺の兄のリヒャルトだ。……覚えていたんじゃねえのか?」


 戸惑うレナータにつられたかのごとく、アレスは怪訝そうに眉間に皺を刻んだ。


「お、覚えてはいるけど……記憶の中のリックと、目の前にいるリックが、どうしても結びつかなくて……」


 そもそも、人工知能だった頃のレナータとリヒャルトは、それほど深い関わりがあったわけではない。レナータの元にしょっちゅう遊びにきていたアレスを、時々迎えにきてくれた際、少し雑談をしていた程度の間柄だ。だから、リヒャルトのことを、レナータはアレスの実兄としか認識していない。


 しかも、最後にリヒャルトと会ってから、十八年以上の月日が流れているのだ。その間に、レナータは人間としての新たな人生を歩み、様々な記憶や経験を積み重ねていったのだ。アレスみたいにずっと一緒にいたならば、いざ知らず、長い間離れていた人との思い出が色褪せてし まうのは、仕方がないことだと思う。


「……まあ、俺も会ったばかりの時は、すぐには分からなかったから、そんなもんか」

「そうだよ、私が薄情なわけじゃないよ」


 アレスとそんな風に話していたら、どこからともなく忍び笑いが聞こえてきた。

 何となく気になって視線を動かせば、ロザリーが片手で口元を覆い、どうしてかくぐもった笑い声を漏らしていた。その華奢な肩は、若干震えているようにも見える。


(……私、何か変なこと言ったかな?)


 自身の言葉を振り返ってみたものの、笑いを誘うような発言をした覚えはない。

 つい首を傾げてロザリーを眺めていたら、レナータの腰を支えていた手が肩へと移動し、ぐいっと引き寄せられたため、またアレスへと顔を向ける。


「あんな女、視界に入れる必要なんかねえだろ」

「……アレス、ロザリーさんのことが、苦手なんだね」

「生理的に無理だな」


 嫌いではなく、苦手という表現を選んだレナータの気遣いを、アレスのデリカシーのない発言が、いとも容易く一蹴した。念のため、互いに小声で話していたから、ロザリーの耳まで届くことはなさそうだが、アレスは時折、本当に配慮が足りない。


(まあ、あんなことがあったんだし、しょうがないことなのかもしれないけど……)


 五年近く前に耳にした、ロザリーを含めた女性陣の明け透けな会話を思い出し、思わず憂いを帯びた溜息を吐く。当時のレナータは、怒りや憎しみ、嫉妬といった激情に駆られたものだが、今はアレスへの同情が胸中に芽生えていく。

 だが、そこまで考えたところで、リヒャルトを置き去りにして、アレスと言葉を交わしている現状に気づく。


 慌ててリヒャルトへと向き直ると、琥珀の眼差しと翡翠の眼差しが交錯した。リヒャルトの様子を見る限り、機嫌を損ねてはいないみたいだ。微笑みも、完璧に保たれたままだ。

 しかし、気のせいかもしれないが、琥珀の瞳に一抹の寂しさが掠めていったように感じられた。


「……こちらこそ、久しぶり。リック」


 随分と遅くなってしまったが、挨拶の言葉を返す。


「レナータ、無事でよかった。疲れているだろう? すぐそこにある建物が我々のアジトなんだが、仮眠を取るといい。それとも、これから朝食をテイクアウトする予定だから、何か食べた方がいいか?」

「えっと……それじゃあ、朝ごはんをいただきます」


 この場にいる誰にも言っていないが、アレスに救出される直前まで、レナータは図々しくも眠っていた上、飛行船の中でも少しだけ寝たから、もう肉体的にも精神的にも睡眠を欲していない。それよりも、リヒャルトが朝食という単語を出してきたおかげで、先程までは気になら なかった空腹に、切なさを覚えてきた。あと、極度の緊張を体感した後だからか、喉も渇いている。


「そうか。じゃあ、何かリクエストはあるか? 応えられる範囲なら、お望みのものを何でも用意するよ」

「特に、これっていうこだわりはないから、そんなに私一人に気を遣わなくても、大丈夫だよ」


 十中八九、楽園で幽閉されていたから、レナータの心身の状態に気を回しているのだろう。でも、育った環境の影響なのか、レナータの神経は図太くできているから、無用な心配だ。

 控えめに微笑み、持ちかけられた提案をやんわりと辞退すると、今まで事の成り行きを見守っていたアレスが、おもむろに口を開いた。


「レナータ、 そろそろ中に入るか」

「うん。……実は、早く座りたいって思っていたんだよね」

「だと思った」


 にやりと、唇を笑みの形に歪めたアレスがレナータの肩から手を放したかと思えば、今度は手を握られた。そして、手を繋いでアジトへと向かっていく。

 だが、歩き出してすぐに、視線を感じて振り返れば、レナータとアレスのしっかりと繋がれた手を、リヒャルトがじっと見つめていた。


 これまでのやり取りから、レナータとアレスの関係性をある程度察していてもおかしくはないが、気づかなかったのだろうか。もしくは、知った上で、レナータが弟の恋人に相応しいかどうか、見極め見定めようとしているのだろうか。あるいは――。


(……まだ私に、幻想を抱いているの? リック)


 昔のリヒャルトは、人類の守り神だったレナータに、憧れの感情を抱いていた。そのことに気づかないほど、レナータは鈍感ではなかった。だから今のレナータに、あの頃のレナータを重ねて見ているのだろうかと、疑惑が胸を過っていく。


 しかし、今ここで問い質すことではないだろう。話をする機会は、これから先いくらでもあるはずだ。

 そう結論を出したレナータは前方へと視線を戻し、きゅっとアレスと繋いだ手を握り直した。

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