清楚な人が好みだと友人と話した翌日に隣の席のヤンキー清水さんが髪を黒く染めてきた
「大輝、恋バナしようぜ」
「いきなりすぎない?」
放課後、特に用事もなく帰ろうとしていると友人の俊也に声をかけられた。
「いやさ、俺たち高1からの仲だけどさ。恋愛方面の話したことなかったじゃん?」
「確かにしたことなかったけど。そういうのは修学旅行の夜とかにするものじゃないの。それに俊也今から部活でしょ」
「部活始まるまでにさっさとやるんだよ。ということでただいまから恋バナ始めたいと思います」
僕は意見することを諦めた。こうなった俊也は誰にも止められない。周りを見渡すが幸い僕たちの話に興味がありそうな人はいなさそうだ。問題があるとすれば隣の席にまだ清水さんがいることだろうか。
清水さんはうちの高校で有名なヤンキーだ。染髪が校則で禁じられているのに清水さんの髪は完全に金色だし、遅刻とサボりの常習犯だし、先生に注意されても睨み付けて逆に先生が泣きそうになるし。だからか年上年下問わず多くの生徒から清水さんは恐れられている。
そんな清水さんと僕は何の因果か1年の時からずっと同じクラスだ。清水さんはいつもはすぐに帰るのでまだ教室に残っているのは珍しい。机にうつ伏せになっているからおそらく寝ているのだろう。
「早速だけどさ、大輝の好きな女の子って誰?」
清水さんの方に意識を向けていると俊也が核心を突く質問をしてきた。それ恋バナの中でも終盤に話す内容じゃないのかな。いたとしても人がそこそこいるここでは話しにくいでしょ。いや、好きな人とかいないんだけどさ。
「い、いないよ。そういう俊也は誰かいるの?」
同じ質問をそのまま俊也に返す。さあ、さっきの質問をしたことを後悔し悩むといい。
「俺は瀬戸さんが好きだ」
即答かよ、全然悩んでない。予定とは違ったが思わぬ収穫だ。こんな形で友達の想い人を知ることになるとは。
「大輝は好きな人いないならこんな女の子が好きとかないの?」
先ほど自分の好きな人を暴露した俊也は更に追撃してくる。俊也はさっきの質問しっかり答えたのだからこちらも今度は答えなければ。
「う~ん。……なんだろう。清楚な人が好みと言えば好みかも」
「なるほどな。大輝は清楚な人が好きなんだな」
「まあ、そうだね」
考えた結果それしか思いつかなかった。正確には清楚な人が好きというより派手な格好の人がちょっとだけ苦手というのが正しいかもしれない。
「あ、そろそろ時間だから行かないと。じゃ、続きは明日な」
そういうと俊也は足早に教室から出ていった。え、明日もするのこの話。もう正直話したい内容ないんだけど。僕は明日が少し憂鬱になりながらリュックに荷物を入れ教室を後にした。
次の日、いつも通りの時間に教室に着くと清水さんの席に誰かがうつ伏せになっているのが見えた。誰かと言ったのはその人が黒髪ロングだったからだ。うちのクラスにここまで長い黒髪の子いたかな。清水さんは金髪なので清水さんではないはずだ。このままだと後から来た清水さんに何されるか分からない。僕は清水さんの席に座っている人を起こす決心をした。誰かさんの肩をポンポンと叩く。
「あ゛?」
清水さんだった。もっと正確に言うと髪が真っ黒な清水さんだった。なぜ髪を黒く染めたのか、なぜ今日はこんな早く登校しているのか疑問は尽きないが今は肩を叩いた理由を考えなくては。
「お、おはよう」
若干苦しいが挨拶なら肩を叩く理由になるはずだ。普段から清水さんに挨拶はしているからそこまで違和感はないと思いたい。
「お、おう」
清水さんが挨拶を返してくれた。どうやらなんとかなったらしい。
「髪染めたんだね」
「ああ」
「どうして髪染めたの?」
「あ゛ぁん? お前なんでって昨日お前が……」
ドスの効いた声で清水さんが威嚇してくる。しまった、後半声が小さくてよく聞こえなかったけど深く突っ込み過ぎたかもしれない。
「いや、ちょっと気になっただけでそこまで聞きたいわけじゃなくて……」
「お前そこはむしろ聞……まあいい寝るから話しかけんなよ」
「分かった。おやすみ」
こうして僕と清水さんの会話は一旦終了した。
今日は凄い1日だった。朝ホームルームに来た担任の湯浅先生は清水さんを見てひとしきり驚いた後に感動して泣き始めるし、授業に来た他の先生達も直接は言わないけど清水さんを何度もチラ見しそれにイラついた清水さんが毎回ガンを飛ばすし、クラスメイトは1日中清水さんがなぜ髪を染めたのかについてこそこそと話していた。
放課後、少し疲れたので早く帰ろうと荷物をまとめていると俊也がいつの間にか俺の席まで来ていた。
「大輝、昨日の恋バナの続きしようぜ」
隣に昨日と同じく机に伏せている清水さんがいるのに全く気にしていない。結構大物だなコイツ。
「昨日十分話したと思ったけど」
「まだまだ俺たちの青春はこれからよ」
この人何言っているんだろう。どこかに頭でも打ったのかもしれない。
「それで大輝は女の子のここが好きっていうポイントないの?」
「なんだろう。少し考えさせて」
「ちなみに俺は瀬戸さんの誰にでも優しいところが好きだ」
別に聞いてないけど。それにしても本当に瀬戸さんの事好きなんだな。僕は好きな人がいないので少し憧れる。それにしても女の子の好きになるポイントか……。あ、思いついたかもしれない。
「料理が出来る女の子にはドキッとするかもしれない」
「おお、なるほどね。大輝君は家庭的な女の子がタイプか。あ、そろそろ時間だ。続きはまた明日な」
それだけ言い残すと俊也は韋駄天の如き速さで教室から消えていった。俊也まだ恋バナやる気なのか。もう休日とか時間あるときにまとめてした方がいいんじゃないかな。僕はそう思いながらリュックを背負い教室を後にした。
次の日の昼休み、僕は購買に行こうと席を立つと腕を突然掴まれた。ビックリして掴んできた腕を辿ると清水さんの腕だと分かった。顔を見ると目が合う。なんだろう、僕何かしただろうか。
「どうしたの清水さん」
「ん」
清水さんは僕を掴んでいた手を離し代わりに弁当箱を突き出してきた。
「このお弁当がどうかした?」
清水さんの眉間にしわが寄る。また僕は清水さんの機嫌を損ねたみたいだ。
「この弁当やる」
「え?」
「だから作りすぎたからこの弁当やるって言ったんだよ」
突然の出来事すぎて頭が追い付かない。なんで清水さんお弁当くれるんだろう? というか清水さんいつもは僕と一緒で購買使ってなかったっけ?
「あ、ありがとう」
とりあえずお弁当を受け取る。僕は貰えるものは貰う主義だ。受け取るときに清水さんの指に絆創膏がいくつも貼ってある事に気づいた。
「清水さんその怪我どうしたの?」
清水さんが手を隠す仕草をする。
「これは……昨日喧嘩してそんときにした怪我だ」
「清水さん喧嘩とかしないでしょ。清水さんなんだかんだそこまで悪い人じゃないし」
ヤンキーと言われている清水さんだが喧嘩をしているのを僕は見たことがない。たまに噂で聞くことはあるけど嘘じゃないかと思う。清水さんは確かに校則は破るし授業はよくサボるけど人を直接傷つけたりはしない人だ。それは同じクラスで1年以上過ごしてよく分かっている。
「なんでこういう時だけ勘が鋭いんだ……。怪我の事はいいからとっとと食え」
「……まあ、清水さんがいいならいいや。じゃあ、ありがたくいただくね」
お弁当箱を開ける。中は茶色一色に染まったおかずがぎっしり詰まっていた。肉料理がたくさん入っていて運動部の男子が好んで食べそうなお弁当だ。
「いただきます」
最初はその見た目に威圧され食べることを躊躇していたが食べてみるとどれも美味しくあっという間に完食してしまった。お礼をするために清水さんの方に顔を向ける。
「ありがとう清水さん。美味しかったよ。お弁当箱明日洗って返すね」
「別にいい。弁当箱そのまま寄こせ。それで1番何が旨かった?」
なんだろう、どれも美味しかったけどしいて言うなら……。
「生姜焼きかな。僕好みの味つけだったんだよね」
「……分かった。あとお前好きなおかずあるか?」
「卵焼きとか好きだよ」
「そうか、じゃあ明日作ってきてやる」
あれ? 今日のお弁当は間違って作りすぎたからくれたんじゃなかったっけ? まあ貰えるなら明日もいただこう。そのうちお返し考えないと。そうしてお弁当のお礼を考えているうちにお昼休みは過ぎていった。
放課後、珍しくお腹いっぱい食べて眠くなっているといつものように俊也が現れた。
「俊也お前なんで昼休み来なかったんだ?」
いつもは俊也と一緒に食べているのに今日に限って教室にいなかったので疑問に思っていた。
「今日は昼に部活のミーティングがあったんだよ」
「そういうことか」
「言わなくて悪かったな。ということで今日の恋バナ始めようぜ」
今日も清水さんが横で寝ているのに懲りない奴だ。いや、別に清水さんが僕たちに何かするわけではないけど。
「今日の議題は自分の事好きな女の子がいたらどうするか」
なんか男子高校生の妄想垂れ流しみたいな議題だな。健全な男子なら1回は考える気がする。
「どうするって万が一いたとしても分からなきゃ意味ないだろ」
「まあそうだな。じゃあ、こうしよう。自分の事好きな女の子がいたらどうしてほしいか。ちなみに俺は瀬戸さんが好きだから瀬戸さん以外が俺を好きだったら諦めて次の恋を探してほしいと思う」
なんだかんだ一貫して男らしいなコイツ。俊也はサッカー部のエースでそこそこモテるのに1人の女子を一途に思っているのは何気に凄いと思う。言ったら調子乗りそうだから言わないけど。
「どうしてほしいか……。まず、その人が僕の事を好きだと僕自身は知らないから伝えてほしいかな」
「そしたらオッケーするのか?」
「どうだろう。知っている人ならその場で答えると思うし知らない人なら少し友達として付き合ってから答えを出すと思う」
「まあ告ってきた奴次第ってことか」
「簡単に言えばそうだね。でも僕を好きって言ってくれるだけで嬉しいから告白されたら思わずオッケーしちゃうかも」
僕がそう言い終わると同時に寝ていたはずの清水さんが立ち上がった。驚いていると清水さんと俊也が目を合わせていた。
「ちょっとコイツ借りるぞ」
「どうぞ、頑張ってね」
何故か清水さんが顔を少しだけ赤らめる。僕が現状を理解できないでいると今度は僕が清水さんと目が合った。
「おい、行くぞ」
「う、うん」
断ってはいけない気がした。俊也の方を見ると親指を立てている。なんでコイツは現状を分かっているんだろうか。僕は清水さんに連れられ教室から出ていくことになった。
数分後、僕と清水さんは人があまり来ないことで有名な体育館の裏側に来ていた。これから何が行われるのだろう。正直、全く見当がつかない。清水さんの方を見ると深呼吸をして息を整えている。誰にも物怖じしない清水さんが一体何に緊張しているのだろう。
「あの、大丈夫清水さん?」
「ちょっと待て。今気持ちつくってんだよ」
まだ準備中だったらしい。本当にこれから何するんだろう。少しすると清水さんがこちらを向き口を大きく開いた。
「おい、本堂」
「な、なんでしょうか」
「お前、清楚な女が好きって言ったよな?」
「え? は、はい」
一瞬疑問符が頭に浮かんだが確かおととい俊也とそんな話をした気がする。
「黒髪は清楚だよなぁ」
「それは人によるんじゃ……はい」
清水さんの理屈だとうちの学校の人はだいたい清楚になると思ったけど凄い剣幕で睨まれたので思わず肯定してしまった。
「本堂、お前料理できる女が好きって言ったよな?」
「うん」
それは昨日言ったから覚えている。清水さんは寝たふりして僕と俊也の会話を聞いていたらしい。
「弁当作れる女は家庭的だよなぁ」
「そうだね」
そこまで聞くと清水さんがまた息を整え始める。
「ほ、本堂、お前す、好きって言ってくれる女がいいって言ったよな?」
「さっき言ったね」
「私はお前が好きな清楚で家庭的な女だよな?」
非常に難しい質問だ。数日前までだったら間違えなくノーと答えていたけど清水さんは髪を染めなおして僕にお弁当を振る舞ってくれた。今ならギリギリイエスと答えてもいい気がする。
「そうかも」
「そんな私が告白したらお前断ったりしないよな?」
「え? 清水さん僕の事好きなの?」
「あ゛ぁん」
いけない、驚きすぎてつい思った内容が口からそのまま出てしまった。
「いや、僕と清水さんてさ去年から同じクラスである以外接点ないじゃん。どこを好きになったのか純粋に疑問に思って」
「……何か特別な事があったわけじゃねえけどよ。いつもこんな私に挨拶したり話しかけたりする目障りな奴を目で追ってたら……いつの間にか好きになってたんだよ」
「清水さんちょろくない?」
「あ゛ぁん」
またやってしまった。だって清水さん見た目とか雰囲気は少し怖めだけど本当に悪い人ではないし。挨拶や会話くらい他の人とでも当たり前にしてると思ってたんだよね。
「それでどうなんだ。告白の答えとっとと言え」
「え? 清水さん僕に告ってないじゃん」
「は?」
清水さんは悪い人ではないけど怖くないわけじゃない。その証拠に今冷たい目をしている清水さんは凄く恐ろしい。だがそれに屈するわけにはいかない。
「清水さん自分が告白したら断らないよなって確認しただけで告白したわけじゃないじゃん」
「お、お前、ほとんど告白したようなもんだろ」
清水さんが抗議してくる。
「いいや、告白してない。告白しないと答えないから」
「なんでこういう時だけ意地っ張りなんだ」
清水さんがまだ何か言おうとしているが僕はもう告白以外聞くつもりはない。清水さんにもそれが伝わったのか黙ってしまった。沈黙が2人の間に流れる。それを破ったのは清水さんだった。
「本堂大輝、お前が好きだ。私と付き合ってくれ!」
清水さんが顔を真っ赤に染めて叫ぶように告白した。思わずドキリとする。
「はい、不束者ですが僕で良ければよろしくお願いします」
そう言うと同時に清水さんが僕の方に飛び込んできた。なんとか抱きしめ事なきを得る。
「もう言ったからな。今更取り消せねえから」
「分かった」
「浮気したら頭かち割るからな」
「了解」
するつもりはないけど絶対浮気は出来ないな。清水さんを強めに抱きしめると清水さんの体温が少し上がった。こうして僕と清水さんは晴れて恋人同士になった。後々俊也と清水さんが裏で組んで僕から女子の好きな所を聞いていたと知ったのだけど僕は可愛い彼女が出来たのでいいかと思うのだった。