磔の蜥蜴
会長室にしては質素な、しかし良い素材が使われていることが分かる部屋で一条 甚一はデスクを挟んで向かいの獅童から報告を受けていた。
「測定器が壊れましたか。使った測定器は?」
「マスターランク用のものです」
「つまり最低でも魔力値一万ということですか」
「そうなります。実際に壊れる直前に一万七百までは確認しました」
「他に知っている者は?」
「マスター級ということまでは私と会長だけです。ランクに見合わない強さということであれば、ゲートに同行していたパーティは知っているでしょう」
「それで、実力は隠したいと?」
「そのようです。ただ、後で今のところは、と付け加えていました」
「分かりました。それではそれとなく護衛をお願いします」
獅童がわかりやすく疑問を顔に浮かべた。
珍しい光景に一条は笑みを溢しながら「物理的なものではありませんよ。彼を他国に奪われるわけにはいきませんからね」と補足した。
「承知いたしました」
獅童が会長室を出ていくと、一条の顔にの笑みが深くなった。
「日本にもついにマスター級が現れましたか……」
現在世界で国家権力に匹敵する、法で縛ることができないーー拘束、罰する手段がないーーハンターは九人。
アメリカが三人、中国が四人、ドイツに一人、ロシアに一人だ。
その他の国にはマスター級のハンターはいない。
ここでマスター級のハンターを日本が手に入れることは大きな意味がある。
しかも獅童の話を聞く限り、マスター用の測定器を振り切っている。
確認できた数値でも最低一万七百。
その段階でも勢いは落ちていなかったことから実際の数値はまだ遥か上だろう。
他国のマスター級の魔力値は大雑把に八千以上としか公開されていないが、世界一位と名高い中国の李 强も測定器で測れないという話は聞いたことがない。
「面白くなってきました」
蔵屋敷のプロフィールを専用端末で見ながら、一条は笑みを溢していた。
◆
「蓮様、何を考えてるんですか?」
有栖が俺の机にコーヒーを置いてくれる。
相変わらずスーツ姿が似合っているなと眺めていると「蓮様?」と小首を傾げた。
「悪い悪い。ちょっと獅童さんのことをね」
「獅童さん? 昨日来た協会の方ですよね。どうしたんですか?」
「あの人、ダイヤモンド級だろ? 自分と比べればある程度指標になるからさ」
有栖は顎に手を当てながら「なるほど」と納得するように頷いている。
「それで、分かったんですか?」
ソファに座ってコーヒーを口に運び、「あつつっ」と言ってすぐにフゥフゥと息を吹きかけ始めた有栖が振り返る。
「まぁね。マスター級の指標は概ねダイヤモンド級最低値の約二倍。獅童さんは最低値じゃないだろうけど、仮に最低値だとしてもその二倍なら問題は無いかな。まぁ同じランク内でも当然差はあるだろうし、マスター級以上は区分けがないから、実質上限なしみたいなものだから、そこは確認しないといけないかな」
「はぁ…」と有栖がため息を溢した。
「どうしたんだ?」
冷めたか確認しながら、恐る恐るコーヒーを口に運びながら有栖が振り向いた。
「もうブロンズの私なんかじゃ、何も力になれないなぁと……」
「うん…? 有栖は力なってくれてるよ?」
正直今でも身の回りのことはかなり有栖に助けられている。
有栖がいなくなったら俺はダメ人間になってしまう自信がある。
前世でも一人で研究していた時は、それはそれは酷いものだった。
「そうじゃないんです。私はゲートでも蓮様のお手伝いをしたかったんです。でも蓮様はすごく強くなってるから……」
確かに無能力の時であれば有栖のほうが遥かに強く、実際護衛としての役割も兼ねていた。
しかし今となってはその必要もなくなっていたのは確かだ。
だけど、今後も有栖とゲートに潜る機会は多いだろう。
特に現段階だと俺の能力を知っていて遠慮する必要がない相手というのは助かる。
それに、有栖が強ければ有栖の身を守ることにも繋がる。
四六時中俺が側にいるわけじゃないからな。
まぁ結構な時間いるとは思うけれど。
「よし、分かった。有栖のレベル上げしようか」
「え? でも、蓮様の目的が……」
「気にしないでいいよ。そんなに急いでるわけじゃないし、有栖が強くなれば俺も助かるのは事実だしさ」
有栖がコーヒーカップを口から離して上目遣いのまま「それじゃあ……よろしくお願いします」と頭を下げた。
◆
「それで……何故ここに?」
「何故って…有栖のレベル上げ」
目の前には溶岩がそこかしこに溢れ、流れ出ている溶岩地帯が広がっていた。
「いや! ここってプラチナ級のゲートですよね!? 私死んじゃいますよ!?」
プラチナ級は当然ブロンズ級とは比較にならない強さだ。
当然有栖だけなら即死するほどの難易度。
「大丈夫だよ。トドメだけ刺してくれたらいいから」
「えぇ〜……」
などと言いつつもしっかりと剣を握りしめてついてきてくれている。
少し歩くと、近くの溶岩の川から火トカゲーー正式名称は確かラヴァリザードだったかーーが現れた。
火トカゲと聞けば可愛くも聞こえるが、こいつの隊長は五メートル程と、小さな丘程もある巨体だ。
四足歩行だが見上げる程の大きさで、確かにブロンズの魔物との違いが感じられる。
「まぁでも所詮トカゲだからなぁ」
そう言って魔法を唱える。
『ーー氷柱』
ラヴァリザードの腹の下から、直径一メートル程の氷柱が勢いよく突き上がる。
氷柱はラヴァリザードの硬い鱗を物ともせず、背中までを貫いて磔にした。
ラヴァリザードは藻掻いていてその力は弱まっているが、有栖にトドメを刺してもらうにはあと少し弱らせる必要がある。
『ーー光剣』
魔力光が集まっていき、刀の形に収束していく。
そして青白く光る光剣をラヴァリザードの四肢に振り下ろしていった。
四肢を失い、氷柱に磔にされたラヴァリザードはさながら芋虫のようにウネウネと悶えている。
「これでも死なないのは、さすがにプラチナ級の魔物だけあるなぁ。有栖、トドメよろしく」
呆然とラヴァリザードを見ていた有栖の視線がギギギと効果音付きで俺に向けられた。
「れ…蓮様? これはあまりにも…なんというかその…」
「うん?」
あ、これはさすがに有栖には刺激が強すぎたか。
確かに串刺しで四肢をもがれて、芋虫のようにウネウネと悶えている様は確かに見様によってはグロいかもしれない。
「ごめん。ちょっと刺激が強かったよな」
「うっ……い、いえ、大丈夫です。せっかく蓮様がここまでお膳立てしてくれたんです。トドメくらい…!」
ズリズリとすり足でラヴァリザードに近づいていく有栖。
「ギャアオオオ!!」
近づいてくる有栖を警戒したのか、ラヴァリザードが咆哮する。
「有栖ー! そいつ動けないけどブレスは吐けるから正面には立つなよー!」
「わ、わかりました!」
ラヴァリザードの顔の下あたりまで移動した有栖は、目を閉じて深く深呼吸をした。
そして目をカッと開き、頭上のラヴァリザードに斬撃をこれでもかと叩き込み始めた。
いくら死にかけとはいえ、ラヴァリザードはプラチナ級。
その鱗は硬く、ブロンズ級の有栖が攻撃を通すのは不可能に近い。
ただ今回は鱗の少ない顎裏で、更に氷柱である程度鱗がボロボロになっていた。
「やぁぁああ!」
最後は隙間を通すような刺突で、ラヴァリザードは頭を貫かれて絶命した。
「はぁ…はぁ…」
「おつかれ」
持ってきていたお茶を有栖に渡すと、有栖はゴクゴクと勢いよく飲んだ。
「こ…これは…なかなか大変ですね」
ラヴァリザード一匹にトドメを刺すのに大体三十分程斬り続けていたが、次からはこうはならないはずだ。
「今ので有栖の魔力値がかなり上がってるから、次は多分楽になるよ。有栖の能力…そういえば有栖の能力って身体強化で合ってる?」
「えっと、厳密には違います。付与という能力で、今は自分の体に攻撃力上昇と、防御力上昇を付与していました」
「付与…へぇ、それは良い能力だな」
「え? でも普通の身体強化のほうが即発動できて人気があるみたいですよ?」
今の有栖のような使い方だけをするなら、見方によればそういう評価になることもあるのかもしれない。
「そんなことはないさ。付与なら色んな場面に対応できる対応力が特に高い。武器に属性を付与すれば、例えば氷を付与すればそのラヴァリザードももっと楽に倒せたはずだし」
「属性付与…そんなことが…」
「できるよ。こんな感じで」
『ーー付与強化=氷』
「っ! 蓮様は付与まで出来るんですね…すごいです」
「有栖だって色々できるようになるさ。俺が教えるんだからな」
「え? 教えて頂けるんですか?」
「勿論。身内に情報を出し渋るつもりはないよ。あぁ、口外はしないで欲しいけどね」
「そんなことはしません!」
なら問題ないね、と笑いながら次の獲物を求めて歩き出した。
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