005ハンター協会
『ーー氷の棺桶』
蓮を中心に冷気が広がっていく。
そしてゴブリンウォリアーに触れた瞬間、その冷気が爆発的に勢いを増し、円状に周囲を白い霧が包み込んだ。
「え? 何これ…」
ハンター達は目の前で突然氷漬けになったゴブリンウォリアーを呆然と見ていた。
そんな中、佐伯は気づいたようだ。
「蔵屋敷、お前か…?」
恐る恐るといった様子で佐伯が問う。
「そうです」
「え! そうなの!?」
気づいてなかった他のハンターは驚いているようだ。
さっきまで単発の魔法しか撃ってなかったやつが突然こんな魔法を使えば当然なのだが。
「…何で実力を隠してるんだ?」
「それは……」
言いよどんでいると、佐伯が「いやいい」と俺を止めた。
「何か理由があるんだろ。別にそれがなんだっていい。お前がいなきゃ俺たちは死んでた。お前が黙ってろってんなら喋るつもりはねぇよ。あんたらもいいよな?」
他のパーティにも口止めの確認をしてくれているようだ。
口調は粗野な男だが、信頼できる男だと、短時間の付き合いだが感じられた。
「あ、あぁ。もちろん黙ってるよ」
口々に口外しないことを約束してくれた。
その時だった。
「あのー……」
「有栖? どうした?」
「あれ……」
有栖の指さした先には身長三メートルはあろうかという巨大な鎧に身を包んだゴブリンが氷漬けになっていた。
「あれ…もしかしなくても主だったりします?」
そうだとは思うのだけど、念の為違う可能性にかけて問いかけてみたのだが、返ってきた答えは「主ですね…」という現実だった。
◆
「どうする? 主を倒しちまった以上、ランクアップの報告もくそもねぇ。もうあとは奥にある核を壊すだけだろうよ」
主がいない門は無い。
雑魚だけならどうとでもなった。
彼らも知らないで通すことができた。
だが主はダメだ。
いなければ俺たちの誰かが倒したということ。
そして虚偽の報告はハンター証の剥奪までは初犯ならいかないだろうが、一時停止や降格は十分にありえる措置だ。
「そこまで迷惑をかけるわけにはいかない。聞かれれば正直に答えてもらっていい」
ハンター達も生活がかかっている。
停止や降格のリスクを負わなくていいのならそのほうがいいに決まっている。
そんな中一人の魔法系ハンターが
「私はいいですよ。だって蔵屋敷さんがいなかったらこんな話し合いだってそもそもできなかったんだし」
それはそうかもしれないが、だからといって俺のために降格するリスク、しかもかなりの確率でバレるリスクを負う必要はない。
「そうだな……俺もいいぜ。それにランクアップしたっていってもせいぜいシルバー級だ。お上は案外気にしねぇかもな」
「そうですね。俺も構いません」
「蓮様……」
有栖が心配そうに俺を見る。
「……分かりました。すみませんが、皆さんの好意に甘えさせて頂きます」
「おう! 仮に降格したってすぐに上がってやるよ!」
「そうそう! それに私達は一番下のブロンズで下がりようがないし! ちょっと上がりにくくなるかもしんないけど今でもシルバーに上がれる兆しなんてないしね!」
「というか今思ったんですけど、全員で補助して佐伯さんが倒したことにすればいいのでは?」
「ん? うーん、さすがにあれはシルバー級で固めたパーティじゃないと厳しいぜ?」
「勿論そうなんですけど、たまたま前に出てきて、消耗する前に何とか…で通りませんかね?」
全員で考え込む。そしてーー
「すげぇ運が良かったらありえなくはないかもな」
「ですよね!」
「それでいきましょう!」
何やら方針は決まってしまったらしい。
「じゃあそういうことで。蔵屋敷もそれでいいか?」
「俺は……はい。ありがとうございます」
「気にすんな。こっちは命を助けられてんだからよ」
とてもいい人達だ。
ハンターの中には事故を装って同業を狩る者もいると聞く。
そんな中で初めて入った異界攻略が、この人達と一緒で良かった。
「蓮様、良かったですね」
◆
元ブロンズ級のゲート前。
既に核は破壊されてゲートは消え失せている。
お上も案外気にしないという願望は脆くも崩れ去ったようだ。
「攻略したのはあなた方ですか?」
スーツを着た男が話しかけてきた。
胸にはハンター協会職員の証であるバッジが輝いている。ダイヤモンドがあしらわれたそのバッジは、この男の実力を表している。
百八十センチ程の長身に、スラッとながい脚が目立っている。
日本人らしい黒髪の隙間から除く眼光に撃ち抜かれてしまう女性続出などという噂を持つ男だ。
「あぁ」
佐伯が答える。
「そうですか。私はハンター協会の獅童と申します。報告では消失の少し前にゲートのランクが上がったとありましたが、事実ですか?」
「そうだ」
堂々としている。今はシルバー級だけど、経験を積めばいいリーダーになりそうだ。
「それでは、異界の主は何の魔物でしたか?」
「ゴブリンジェネラルだ」
「なるほど。ゴールド級の魔物ですね。それではゲートのランクは恐らくシルバー級、失礼ですが、あなた方のランクの実力で攻略できるとは思えないのですが、どなたが倒したのでしょうか?」
「俺だ」
佐伯が一歩前に乗り出した。
獅童は怪訝な目で佐伯を見やるが、すぐに目線を外した。
「そうですか。分かりました。後ほどまた個別で話を聞かせて頂くと思いますので、よろしくお願いします」
それ以上突っ込んでくることはなかった。
男が去っていくのを見届けた後、全員が大きく息を吐き出していた。
「き、緊張したぁー!」
「あれ協会の獅童さんですよね!? イケメンだなぁ……」
女性の魔法系ハンターが、あの獅童という職員の後ろ姿を名残惜しそうに見つめている。
どうやらあのうらやまくだらない噂は事実だったらしい。
周囲にいる野次馬の中の女性の視線も同じ方向へ集まっているようだ。
「蓮様もかっこいいですよ」
「同情する必要はないよ…」
「違うのに……」
何が違うというのだろうか。
いや問題ないとも。俺は魔導を極める者なり。
色恋にうつつを抜かしている暇などない。
というのは冗談だ。
魔法のみに打ち込むのは既に前世で試したことだ。
それだけでは超えられない壁があることも実感している。
ならばこそ魔法以外にも視野を広げる必要があると思ってるからな。
「それじゃあ報酬は各自持ち帰ったもんな。事前に分配してるが、不満があれば今のうちに言っとけよ」
佐伯が見渡すが誰からも文句はないようだ。
「よし、じゃあ解散!」
こうして俺の初めての異界攻略が終わったのだった。
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