001賢者の目覚め
蔵屋敷 蓮の記憶が覚醒したのは18歳の誕生日だった。
その日、蓮を取り巻く全てが大きく動き始めることになるのだが、話は少し遡る。
◆
「おいお前」
「はい」
蓮が脇に控える黒服の男を呼び、男が答える。
「僕はマスター級のハンター証を持ってこいと言ったんだぞ。聞こえなかってのか」
明らかに苛立った口調で黒服を睨みつけると、黒服の顔に呆れの表情が浮かぶ。
「申し訳ございません……ハンター証は金銭で購入することは難しく……」
「黙れっ!! 言い訳なんて聞いてない!!……貴様はクビだ」
「…は?」
何を言われたのか理解できず、素っ頓狂な声が黒服から漏れる。
「クビだと言ったんだ」
少し考える素振りをしてから、黒服は蓮の目を見据えた。
「な…なんだよ!? 俺は蔵屋敷財閥の御曹司だぞ!」
「そうだな。全くなんであの清廉な当主様からあんたみたいな子供が産まれたのか不思議だよ」
蓮の顔が今にも煙が吹き出しそうな程真っ赤に染まっていく。
「きき貴様!! 雇われの分際で僕に向かってその口の聞き方はなんだ!!」
黒服はそれに笑みを返して
「おかしいな? 俺はたった今あんたに解雇されたはずなんだがなあ?」
蓮は自分の言動を思い出してワナワナと震えだす。
「まぁ俺としちゃこの仕事に拘る義理もないんでね。これで失礼するよ」
黒服が扉へと歩いていき、思い出したように足を止める。
「あ、そうそう。働いた分の給料はちゃんと払ってくれよ?」
「早く出ていけ!!」
はいはい、と黒服は蔵屋敷本社ビルに用意された蓮の部屋から出ていった。
このような感じで、立派な当主に対して不出来……いやそれ以下の出来損ないという評価が、蔵屋敷 蓮に対してのものだった。
「あのゴミカスが……!! この俺を一体誰だと……」
いつも通り思い通りにならないことに対して怒りで顔を真っ赤に染めていると、部屋に備え付けられている時計が0時の音を鳴らした。
「もう0時か……」
日が回って九月十八日、蓮の誕生日になった。
「気分が悪い。今日は寝るか」
と蓮が隣室に備えられた専用のベッドへ向かおうとすると、突如頭が割れるような痛みに襲われた。
「頭痛っ…? ってホントに痛い! 痛い痛い痛ぃぃいいいい! ぐぅぅ…ぎぃぃ!!」
すぐに言葉を発する余裕すらなくなるほどの壮絶な痛み。
程なくして、蓮は意識を失って倒れ込んだ。
◆
「蓮様! 蓮様!」
誰かの声が聞こえる。
蓮……誰だろう。
あぁ、俺のことだ。
そうか、俺は……異世界から転生したのか。
しかし、何故記憶があるのだろうか。
「蓮様!?」
この声は……あぁ、確か父に命を救われたとかいう少女だったか。
名前は……そう、日比谷 有栖だ。
……嫌なことを思い出した。
この体がこの少女にした酷い扱いを。
いや、濁すのはやめよう。
記憶が戻ってなかったとはいえ、紛れもなく俺がしたことだ。
その責任は他の誰が負うべきものでもない。
「起きている。大丈夫だ」
「蓮様っ…!! 良かった…」
有栖の目に涙が浮かんでいる。
どうやら心配してくれていたようだ。
凡そ嫌われるに十分な要素、そして現実を起こしてきたこの俺を。
父に救われた。
そして更には両親がいないことが発覚して、父が保護者となった。
それらを加味しても、普通は罵詈雑言を普段から浴びせられ、剰えセクハラ紛いの扱いをされれば嫌悪感を抱くのが普通だ。
……それだけ父に恩を感じているということだろうか。
そして俺は今まで父の顔に泥を塗っていた。
我ながら死にたくなるような生き方だ。
ならば…だからこそーー
「どうされましたか!?」
スーツ姿の男が何人も部屋に入ってくる。
「蓮様が倒れられていました! 今は意識を取り戻されていますが、念の為医師をお願いします!」
有栖が黒服へ状況を伝えると、黒服の一人が急いでどこかへ電話をかけはじめた。
有栖は確か……十七歳だったか。
年齢に似合わない程に冷静でしっかりしている。
とても賢い子なのだろう。
「有栖、もう大丈夫だ」
「でも……原因が分かってないままでは危険です!」
必死な表情をしている。
こんなに心配してもらえて、俺は幸せ者だな。
「あぁ、心配しないでいい。医者には見てもらうよ」
あからさまに安心したようにほっとした表情に変わる。
「それと……」
「はい?」
有栖が小首を傾げる。
「今まですまなかった」
きょとんとした表情のまま有栖が固まった。
これまでの俺から、謝罪するなんて行為が想像もできなかったんだろう。
全く……これまで自分がしてきたことを、償いという形で返していかなければな。