05.奴隷少女は準備する。
早朝、私は早めに起きていた。
ここからの脱出の準備と、脱出後のするべき事を考えてまとめるためだ。
ここから抜け出したら、まずは最初に最低限のレベリングを行うと決めたが、それが終わった後のことも考えておく必要もあった。
それは、ここから抜け出した後……私は一体何処に向かって進めばいいのか、という事についてだ。
当たり前だが、私が今いる魔王城周辺の地域は、ほぼ全てが魔族の拠点となっている。
もしかしたらこの周辺で人間が暮らしている村も近くにあるかもしれないけど……でもここ最近、奴隷の数が一気に増えていたから……その可能性は低いと私は思った。
だから脱出したあとに何も考えず……ただ闇雲に動いてしまうと、そのまま魔族の拠点側に突っ込んでしまう可能性がある。
そうなると、魔王以外のボス級の魔族と遭遇するリスクも当然高くなってしまうので……
(それだとここから逃げだしても意味がなくなってしまう……)
なので私は最低限のレベリングを終えたら、すぐにでも人間達が住んでいる地域に向かおうと考えていた。
(そういえば……)
ステータスが開くのだから、マップ画面も開けるのでは? と私は思って、心の中で呟いてみた。
(マップ、オン)
心の中で呟いてみたが、マップ画面は表示されなかった。
少しだけガッカリしたけど、落ち込んでばかりはいられない。
(大丈夫……ソードファンタジアのマップなら大体は覚えてる)
私はつい先日までトロコンを目指してソードファンタジアをひたすらやり込んでいたので、ソードファンタジアの世界マップは把握出来ている。
でも忘れてはいけないのは、ソードファンタジアは今から8年後のストーリーだ。
だから私の知っている建物や都市、町村が無い可能性がある事も頭に入れておいた方が良いだろう。
まず私は、魔王城が存在しているこの場所を思い出してみる。
(ここは魔王城……ソードファンタジアでは確か、最南端の地点だったはず)
この魔王城は、ゲームマップで言うと最南端の「ナインシュ地方」に建てられていた。
いや、まだ現時点では魔王城は完成していないから、建てられる予定、と言った方が正しい。
このナインシュ地方には大型な都市などは存在せず、畜産や農業などによる自給自足で生活を行う多くの村や集落で形成されていた。
そして、このナインシュ地方を統治していたのは人間ではなく、先代の魔王が統治していたのだ。
先代の魔王は誰よりも平和を望む、心優しき王だった。
その平和的思想のおかげで、長い間、このナインシュ地方では魔族と人間が共存して暮らす事が出来たのだ。
しかし新しい魔王が誕生してから、その関係性は一瞬で崩壊した。
新しい魔王は争いを好んだ。人間との平和など一切望んでいなかった。
新しい魔王は即位するとすぐに人間へと宣戦布告をして、手始めにナインシュに住む人間を殺していった。
そして生き残った人間は魔族の奴隷として働かさせた。
私の生まれ育ったソラド村は、このナインシュ地方にある小さな田舎村だった。
だから、私の家族が魔族に殺された理由も、私が奴隷として4年近く働かされてる理由も、特に深い理由があったわけではない。
ただ……私達はナインシュ地方に住んでいた。
それだけの理由で、私達は地獄に叩き落とされたのだ。
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(レベリングが終わったらすぐに北に向かおう)
私はソードファンタジアのマップを頭に思い浮かべていた。
この魔王城から北に進んでいけば、ナインシュ地方は抜けられる。
移動手段は私の足でひたすら駆け抜けるしかないが……私の身体能力はチート級になっているから多分大丈夫だろう。
そのままナインシュ地方を抜ける事が出来れば、人間が住んでいる「防衛都市 ヤマウス」に着けるはずだ。
防衛都市ヤマウスはナインシュ地方を抜けた先にある都市で、ナインシュから攻めてくる魔族からの防衛に特化して作られた都市だった。
ちなみにソードファンタジアだとシナリオ上、最後に訪れる都市がこのヤマウスだ。
最終ステージの魔王城に攻め込むという前準備として、アイテムや装備などが購入出来る最後の調達スポットだった。
(問題は8年前の今にも防衛都市ヤマウスが存在しているかどうか、だけど……)
今現在ヤマウスが存在しているのか私にはわからないが、ナインシュ地方に居続けるのだけは絶対に得策ではない。
そう思って私は、ここから脱出した後は北に向かう事を決めた。
(あとは魔王城からの脱出方法か……)
抜け出す方法は、深夜に檻を無理矢理こじ開けて、そのまま暗闇に紛れて魔王城から逃げだす!
……という作戦でもいいような気はしていた。
(作戦というか、ただの脳筋な感じはするけど)
私の身体能力なら、深夜の暗闇の中でも問題無く行動は出来る。
もし魔王城からの脱出までにモンスターや見張りに見つかったとしても、そこら辺の雑魚モンスターなら余裕で逃げきれるだろうし、最悪戦う事になっても勝てるとは思う。
問題は、その敵がそこら辺の雑魚モンスターじゃなくて、ボス級の敵と遭遇してしまった時が一番ヤバイ。
(そういえば私の知ってるボス……まだ魔王しか見てないな)
ソードファンタジアでは、エステル以外の幹部ボスは当然いるのだけど、今のところ私は、ゲーム上で戦った事のあるボスキャラは魔王しかまだ見かけていない。
(魔王城はまだ完成してないし、他の幹部ボスが招集されるのはもう少し先なのかな?)
今まで出くわしてないということは、他のボスは今はまだこの魔王城にはいないのだろう、と私は思った。
(それなら、魔王城からの脱走中に見つかったらヤバイ敵は……ラスボスの魔王と、腹心のガルドだけかな)
魔王とはゲームで戦うから、魔王のステータス値がどれくらいかはなんとなくわかる。
当然だけど、魔王のステータスは今の私よりも高い。
(そりゃあラスボスだし当然か)
レベル1かつアビリティ未所持の状態な私なんかが絶対に手を出してはいけない存在だというのは理解している。
でも魔王は、普段この魔王城にはいない。
いつも何処かしらの戦争地に赴いているらしい。
魔王が戦争で武勲を上げる度に、部下の魔族達はそれを誇らしげに私達奴隷に話していたから私は知っている。
(争いを好む魔王らしいと言えばらしいけど)
今まで魔王がこの魔王城に訪れる頻度は、月に1~2回程度の頻度だった。
そして魔王はつい先日魔王城に戻ってきて、またすぐに違う戦争地に向かったばかりだ。
ということはよっぽど運が悪くない限り、魔王城からの脱走中に魔王と遭遇してしまう……という悪夢は起きないはずだ。
だから私は今回の脱出に関して、魔王の存在はそこまで問題には思っていない。
問題なのはもう一人の……魔王の腹心であるガルドの方だった。
(一体何者なんだろう……)
ガルドという魔族はソードファンタジアには登場していないし、名前も聞いた事が無いキャラだ。
だから私―春奈津子は、ゲーム上のガルドの情報は全く持っていないし、何もわからない。
この何もわからない……というのが、私にはとても怖くて不気味な存在だった。
ガルドは魔王の腹心という立ち位置なのだから、私のステータスと同等……もしくはそれ以上だと考えた方が良い。
だから出来る事なら、ガルドとも遭遇してしまう確率が低い日に脱出をしたいのだが……
(あれ、でも……そういえば最近ガルドを見かけてないような……)
そういえば数日前からガルドを魔王城で見ていない事に私は気が付いた。
私が最後にガルドを見たのは……転生した次の日が最後だった。
(確か前日にガルドは魔王に呼び出されてたよね)
ガルドは魔王城周辺にいる魔族達の長だし、この魔王城建立の指示を今までずっとしていた魔族だ。
(そりゃあ……奴隷集めをするために1日くらいはいなくなる時はあったけど)
奴隷集めという名の人間狩りをするためにガルドは1日だけ魔王城から不在になる、という日は時々あった。
でも、たった数日ではあるけど、ガルドがこれだけの間不在になるのは珍しいというか……
(……いや……こんな事は今まで一度も無かったはずだ)
私は今までの奴隷生活を思い出してみたが、二日以上ガルドを見かけなかった日は一度も無かった。
もしかしたら何か異常事態が起きているのかもしれないし、ただ単純に私がガルドを見かけていないだけで、魔王城にはいつも通りいるのかもしれない。
でも、もしも……ガルドが魔王城にいないのであれば……
(……もしかしたらこれは……チャンスなのかもしれない!)
私はそう思って、今日このあと……ガルドが今魔王城にいないのか調べるために一世一代の大勝負に出る事にした。
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少し時間が経って、私達奴隷の作業が始まった。
檻から地上に出された時、私は辺りを見渡してけど、ガルドを見つけることは出来なかった。
今日の私の作業は水汲みの作業を与えられたので、私は頃合いを見計らって、奴隷作業中にわざと水瓶を割ってみせた。
ガシャーン!! という盛大な破壊音が魔王城に鳴り響いた。
いつもならここで私を怒鳴りつけにくるのはガルドだ。
奴隷が何かやらかした時は、いつもガルドが一番に駆けつけてくる。
数日前の窓ガラスを割った時も、すぐに駆けつけたのはガルドだった。
果たして今回は……
「またお前か……!」
私の前に現れたのはガルド……ではなく、その部下の魔族だった。
私はお腹をさすりながら、私空腹でもう死にそうです……というフリをしてみせた。
「ったく、そんな顔しやがって……! お前みたいな使えない奴に食わせる飯なんてねぇよ! さっさとくたばっちまえ!」
そう告げられると、私は絶望してそのまま膝から崩れ落ちてみせた。
「っは! いいねぇその顔! ガルド様にも見せたかったぜ」
ガルドという言葉を聞いた瞬間、私は恐怖のあまり、体をガタガタと振るわせてみた。
「なんだぁ? ははっ、ガルド様が怖いってか!」
私はうずくまりながら体をガタガタと振るわせ続けた。
「良かったなぁ、ガルド様がいない時でよぉ!」
ガルドの部下はケタケタと笑いながら、続けてこう言った。
「今ガルド様は魔王様の命を受けて共に戦地に赴いていらっしゃるからな!お前達奴隷如きに構ってる暇はねぇんだよあのお方は!!」
ガルドの部下は、上司であるガルドが今何をしているのか、誇らしげに教えてくれた。
そしてすぐに怒り顔を浮かべて私を怒鳴りつけた。
「ふん、ここの片付けはテメーでやれ! 全く……ガルド様が留守の間に余計な仕事を増やすんじゃねぇよなぁ」
そう言ってガルドの部下は去っていった。
去っていくのを見届けてから、私は体を振るわせるのをやめた。
(……賭けに……勝った!)
私は……ガルドが今この魔王城には居ないという、特大級の情報を私は手に入れる事が出来たのだった。