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21.元奴隷少女は座りこむ。

ソフィアと露店通りを散策したその日の夜。


私は客室のベッドの上に寝転んでいた。 でも眠気は全く来てくれなかった。


(眠れない……)


時刻は既に1時を過ぎていた。 夜というよりはもう深夜帯なのだけど、私は寝付く事が出来ずに、部屋の窓から外の景色をぼーっと眺めていた。


(はぁ……)


私は思わずため息をついてしまった。


今みたいに寝付く事が出来ないのは何も今日突然……という訳では無かった。 マリーナの屋敷にお世話になってから私はずっとこんな調子だった。 理由はもちろんわかっている、単純に落ち着かないだけだった。


温かい食事に新品の衣類、ふかふかのベッドなどなど……この数年間与えられてこなかったまともな衣食住が、たった数日で一気に与えられたから、私の体は何だかビックリして変な緊張感が私の中に生まれていたんだ。


その変な緊張感のおかげで私は毎晩遅くまで眠れずに、いつも眠気が襲って来る深夜過ぎまで私はぼーっと過ごしていた。


(眠くなるまでまだ時間がかかりそうだし、アイテム整理でもしておくかな)


ふと私はそんな事を思った。 そういえばマリーナの屋敷に到着した時に一度だけアイテムボックスを開いたけど、それ以来は一度も開いていなかった。


しかもヤマウスに到着するまでに色々な物をアイテムボックスに詰め込んで来たので、これから新しい物を入れるためのスペースはもうあまり残っていなかったはずだ。


今日は露店通りで回復アイテムなど旅に必要な物が沢山売られている事も確認出来たし、今後そういうアイテムを手に入れた時にすぐ収納出来るようにするためにも、アイテムボックスの整理は必要だと思った。 なので私はアイテムボックスを開いてみる事にした。


(アイテム、オ……)


でも私がアイテムボックスを開こうとしたその時、ふと隣の部屋から小さな声が聞こえてきた。 それは本当に小さい声だった。


「……ぅぅ……」


それは泣いているような、そんな感じの小さな声だった。


私はアイテムボックスを開くのを一旦止めて、ベッドから静かに立ち上がった。


(あぁ、今日もか……)


私はそのまま自分の部屋を出て、隣の部屋のドアの前にペタリと座り込んだ。 もちろん、その部屋の主には気づかれないように、気配を消してゆっくりとその場所に座りこんだ。


「うぅ……ひっぐ……」


私の隣の部屋の主はソフィアだ。 つまり……今聞こえているのはソフィアの泣き声なんだ。


(ソフィア……)


ソフィアが泣いているのも今日突然というわけではなかった。 私達がヤマウスに到着したあの日から毎日ずっと、深夜になるとソフィアは部屋の中で1人静かに泣いていた。


私は意図せず毎晩遅くまで起きていたから、ソフィアが毎日泣いている事は知っていた。 でもマリーナはその事を知らない。 だって、ソフィアは誰にも悟られないように1人静かに泣いているから……多分マリーナや私に心配をかけたくないんだと思う。


だから私はそんなソフィアの意を汲み、ソフィアが毎晩泣いている事はマリーナには言わなかった。 もちろんソフィアにも毎晩泣いている事を知ってるぞ、なんて言うつもりも決して無い。 これは私の胸の内に閉まっておくことにしていた。


「うぅ……お母さん……お父さん……」


この日、ソフィアは亡くなった家族の事を思い出しながら静かに泣いているようだった。


(泣かないで……なんて、そんなの無理に決まってるよね……)


当たり前じゃないか、突然家族が全員いなくなってしまったんだから。 そんなの……悲しくないわけないじゃないか。 それにソフィアはまだまだ子供なんだから。


「ひっぐ……お兄ちゃん……ぐす……」


ソフィアは家族の亡骸も遺品も……何一つも回収出来ずにこのヤマウスまで来たんだ。 家族との思い出の場所も物も、何もかもを失い、家族の死という事実だけがソフィアに重くのしかかっているんだ。


(こんなの……悲しいに決まってるよ……)


でも私は知っている、ソフィアのこの悲しみはいつか必ず癒えるという事を。 長い時間はかかるだろうけど、それでもいつか自分で解決して前を進むようになるんだ。


(でもそんなの……)


そして立ち直ったソフィアは、多くの人々を助ける優しい子に成長していく事も私は知っている。 だって私はソードファンタジアをやっていたから……未来のソフィアを知っているんだ。


(そんなの知ってるよ……知ってるけど……!)


そんな事は知っている……! 私が何もしなくたって、ソフィアはいつか必ずちゃんと前を向いて生きていくんだ……! でもそんないつかの話をして、私は今この光景からは逃げたくなかった。


(大切なのはいつかわからない未来の事よりも……今なんだよ……!)


今、私のすぐ近くで女の子が1人小さく泣いているのに、それを見なかった事にして逃げるなんて……そんなの……そんなの……!


「ひっぐ……うぅ……ううぅ」


思えば私は、前世の記憶を取り戻してから今までずっと逃げてきた。 それは母との約束だったから。 私が闇堕ちせずに、最後まで生き残れる確率を少しでも高めるために私は可能な限り逃げてきた。


(でも……もう逃げたくないんだ)


母との約束を破るつもりは決して無い。 でもここで私がこの現実から目を反らして逃げてしまったら、ソフィアの事を友達だとは……仲間だとは二度と呼べなくなってしまうから。


「ひっぐ……お兄ちゃんごめんなさい……取り戻せなくて……ぐす……」


(あぁ、やっぱり……)


私は自分の首にぶら下がっている赤色の首飾りを見た。 今日、露店通りを巡っていた時に、ソフィアはとある思い出を私に語ってくれた。


それは、この赤色の首飾りはお兄さんが買ってくれた物だったという事を。 そしてお兄さんもお揃いでこの首飾りを買ったという事を私に語ってくれた。


つまり、あの化物が青色の首飾りを身に付けていた理由は……当然……


(アイツがソフィアのお兄さんを殺したんだ)


アイシャはソフィアのお兄さんを殺してあの首飾りを奪った。 そしてその後、アイシャはソフィアの赤色の首飾りも奪おうと考えたはずだ。 だからあの時アイシャがソフィアと対峙していた理由はそれだったのだろう。


そしてソフィアはソフィアで、アイシャに固執する理由があったわけだ。 私はあの時、2人の会話はそこまで聞こえていなかったけど、ソフィアはアイシャが身に着けていた首飾りを取り戻そうとしていた。


あの時、何でソフィアは逃げようとしないで、アイシャから首飾りを取り戻そうとしていたのかわからなかったけど……今ならわかる。 だってそれはお兄さんの形見なのだから。


(……アイツだ)


あの日から……ソフィアを救出したあの日からずっと、ソフィアのために出来る事を私は考えていた。 そして今日、ようやくソフィアのためにしてあげたい事が出来た。


それは少し前の私には絶対に出来ない事だった。 でも今の私になら……!


(大丈夫……ソードファンタジアの知識と、今の私の状態が合わされば……きっと出来る!)


死んでしまった人を生き返らせるなんて事は誰にも出来ない。 でも、その人の大切な物を取り戻すくらいなら……今の私にだって出来るはずだ。 だってそれが出来るだけの力を私は神様に貰ったんだから。 ならば私のやるべき事はもう決まった。


(お兄さんの首飾りを取り戻す……アイツから!)


その日の深夜、ソフィアの部屋の前で私はそう決意した。

さぁ、いよいよ2章も残すはボス戦だけとなりました!

ここまで長い道のりだったけどあと少し! 最後まで頑張れエステルっ!

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