19.元奴隷少女は身に着ける。
「ソフィ!」
「え……? マ、マリーナさん!?」
マリーナは起きたばかりのソフィアをぎゅっと抱きしめた。 ソフィアはいきなり抱きしめられてビックリした様子だったけど、次第に安堵した表情になり、ソフィアもマリーナに抱きついた。
「ソフィ……! あぁ、本当に良く無事で……!」
「マリーナさん……うん……」
でもソフィアの安堵した表情はすぐに悲しそうな顔に変わっていった。
「で、でも……お母さんもお父さんも……お兄ちゃんも……み、みんな……」
「言わなくていいよ、ソフィ。 きっと皆も、ソフィが無事に生きていてくれて喜んでいるはずだからさ」
「……うん……うん……」
悲しそうな顔をしているソフィアの事をマリーナは優しくずっと抱きしめてあげていた。
「疲れてるだろうし今はゆっくり休みなよ。 そういえば体はどう? 痛い所とかある?」
「え? あ、痛い所が無くなってる……?」
「そうか、それなら良かった」
「あ……これもマリーナさんが治してくれたんだね。 ありがとう……」
「ははっ、いいんだよ、そんなことは。 こんな時のために私は治癒士をやってたようなもんだからさ。 ……でも本当に……本当に無事で良かったよ……」
マリーナの瞳にはうっすらと涙を浮かべていた。 そんなソフィアとマリーナのやり取りを見ていて私も泣きそうになった。 ここに到着するまでに何度も何度も危険な目に合ってきたけど、それでも無事にここまで辿りつけて本当に良かった。
「あ、あれ? でもちょっと待って、それじゃあここって……ヤマウスなの?」
「あぁ、そうだよ、エステルがソフィをここまで連れてきたんだよ」
「え……? あっ……」
ソフィアはマリーナから体を離して私の方を見てくれた。 私がいる事に今気づいたようだったので、私はソフィアに向けてニコっと笑ってあげた。
「ソフィアが無事で良かったよ」
「……本当に……本当にありがとう。 君には何度も助けてもらっちゃって……」
「そんな、いいの、全然気にしないで!」
私は顔を横にぶんぶんと振りながら、ソフィアにそう言ってあげた。
「あ、あれ? でも、何でマリーナさんの住んでる所を知ってたの?」
(あ、や、やばい!)
ソフィアは目を覚ましたらマリーナの屋敷にいる事が不思議でしょうがない様子だった。
でも、ゲームの知識でマリーナの屋敷の場所を知ってました! なんてソフィアに言った所で、変な奴にしか思われないだろうから、私はそれっぽい理由をつけてはぐらかす事にした。
「えーっと……あ、そうそう! ソフィアが気を失う前に教えてくれたんだよ、忘れちゃったの?」
「え? あ、あれ? そ、そうだったっけ?」
「そうそう! ほら、正門から入ったら露店通りをまっすぐ抜けたら大きなお屋敷があるからそこがマリーナさんの屋敷だよって」
「う、うーん……? そう言われたら何だか言ったような気も……?」
「でしょ? ほら、まだ疲れてるんだろうし、今はゆっくり休みなよ」
「え、あ、うん。 わかった……?」
納得したようなしてないような、そんな曖昧な表情だったけど、ソフィアは私にそう言われてベッドの中に戻っていった。
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「よし、ソフィも目を覚ました事だし、ちょっと正門の様子見てくるね」
「え? ……あっ! す、すいません」
目を覚ましたソフィアの事を一通り調べ終えたマリーナは、そう言って椅子から立ち上がった。 私が無理矢理正門を通った事の説明をしに行ってくれるようだ。
「大丈夫だよ。 理由だってちゃんとあるんだし、誰も怒りはしないよ。 まぁすぐに帰ってくるからさ、それまでソフィの話し相手にでもなってあげてね」
そう言うとマリーナは屋敷から出ていった。 今この部屋は私とソフィアの2人だけになった。 すると、ソフィアの方から私に喋りかけてくれた。
「本当にありがとう。 ずっと私の事を運んでくれてたんだよね。 エステルは怪我とか大丈夫だったの?」
「うん、大丈夫だよ。 それにほら、私って結構頑丈だからさ」
私はそう言いながら腰に手を当てて、えへんと、わざとらしく偉そうなポーズをしてみた。 それは精霊の湖でソフィアを安心させるためにやった行動だった。 ソフィアもそれを覚えていたみたいで、そんな私の姿を見て笑ってくれた。
「はは、そうだったね。 それにしても凄いね、私より1つ年上なだけなのに、そんな凄い強化魔法が使えるなんて」
「え? えぇっと、あぁうん、まぁね」
「……私にも、そういうのが使えたら違ったのかな……」
「え……?」
ソフィアは顔を俯けながらそう言った。
「私にも、マリーナさんみたいな回復魔法とか、君みたいな強化魔法が使えたら……あの時も違ったのかなって……」
「ソフィア……」
「だから……だから……」
ソフィアはそこまで言うと、俯けていた顔を上げ、毅然とした表情で続きを喋りだした。
「だから……私これから頑張って魔法を覚えるよ! マリーナさんにお願いして魔法の使い方を教えて貰う。 勉強も沢山するし頑張るよ。 いつか……同じ後悔を二度としないように……!」
(……あぁやっぱり……)
そう言ったソフィアの姿は、私にはただただ純粋にカッコよく見えた。 そしてその姿は、私の知っているソフィア・フォールレインそのものであった。
「君の事を見てたらさ、私も頑張らないとって思ったんだ。 だから、私に魔法の才能があるかわからないけど……でも出来る限り頑張ってるよ!」
(やっぱりソフィアは……この世界でも変わらないんだね)
ソードファンタジアのソフィアは誰よりも優しく、困っている人達に救いの手を差し伸べる慈愛に満ち溢れた魔法使いの女の子だった。
でもそんなソフィアも最初から魔法使いだったわけでは無い。 最初は魔法なんて使えないただの一般人だったんだ。 それはソードファンタジアのシナリオでソフィア自身がそう語っていたから私も知っている。 “私には魔法使いとしての才能は無かった” と、ソフィアは作中でそう語っていた。
それでもソフィアは必死に努力して魔法を覚えようとした。 それは、戦争被害で孤児になってしまった子供達や弱っている人達の事をいつでも助けられるようにしたいと願ったからだ。 だからソフィアは魔法の才能が無くても諦めずに毎日必死に魔法についての勉強をしていくんだ。
そしてその並々ならぬ努力をずっと続けていくからこそ、彼女は8年後には立派な魔法使いになるのだ。
(やっぱりソフィアは誰よりも優しくて……そして誰よりもカッコいいんだ)
ソフィアは優しいだけじゃなく、誰かを守るために強くあろうとする。 そのためにひたすらと頑張るその姿勢が、私にはとても眩しく感じた。 そしてそんなソフィアの事が私は好きなんだ。 だから私はソフィアの事を誰よりも応援したくなるんだ。
「うん、大丈夫だよ! ソフィアならきっといつか……立派な魔法使いになれるよ!」
「そ、そうかな? でも、もしそうなれたら嬉しいな」
(大丈夫だよ、ソフィアは必ず凄い魔法使いになれるから)
私はそんな事を思いながら、ソードファンタジアのソフィアの姿を思い浮かべた。 あの赤い首飾りを身に着けた可愛らしい魔法使いが、終盤の幹部戦やラスボス戦で大活躍するシーンを私は思い出していた。
「あ、そういえば」
「うん、どうしたの?」
その時、私はとある事を思い出し、ローブのポケットに入っていた大切な物を取り出した。
「はい、これ」
「あ……」
「ほら、ソフィアの大切な物でしょ? 今度は手放しちゃ駄目だよ」
それはソフィアが大事にしていた赤色の首飾りだった。 私はその赤色の首飾りをソフィアの手のひらに置いてあげた。 でもソフィアは顔を横に振った。
「……ううん、いいの。 これ、エステルに持っていて欲しいんだ」
「え? で、でも……」
「ほら、いいから顔こっちに向けて」
そう言うとソフィアは私にその首飾りを付けてくれた。 首飾りの留め具が少し壊れかけていたので、ソフィアは慎重に取り付けてくれた。
「うん、いいね。 エステルは赤色が凄い似合うよ」
そう言いながらソフィアは首飾りを付けた私の姿を見てニコっと笑ってくれた。 でも私にはその笑顔が何故だか少し悲しそうにも見えた。




