18.元奴隷少女の新たな目標。
しばらくするとマリーナが屋敷に戻ってきた。
「はぁ、待たせちゃってごめんね。 ソフィの様子はどう?」
「大丈夫です。 ソフィアも今はゆっくり眠っています」
「そう、それなら良かった。 ……あ、そういえばさっき聞き忘れたんだけど、君の名前は何て言うんだい?」
「あ、はい、私はエステルって言います。 ナインシュの方からソフィアと一緒に来ました」
「……そうか、ナインシュか」
ナインシュから来たと言えば、全て察してくれるだろう。 今もヤマウスの正門前が凄い事になっているわけだし。
「……あ。 じゃあもしかして君、正門を無理矢理通らなかったい?」
「え? あ、は、はい、すいません……でもソフィアが危なかったから」
「あぁいや別に責めてるわけじゃないんだ。 さっき子供が正門の検問を通らずに中に入ったっていう話を聞いたからさ」
「す、すいません……あ、もしかしてマリーナさんがさっき呼ばれた理由ってそれだったんですか?」
「あぁいや違うよ。 それはあくまでもついでさ」
あははとマリーナは笑いながら私の事を見た。
「私はさ、この都市で治癒士として時々で働いてるんだ。 まぁ本業は商売人なんだけどね」
そう言うとマリーナは親指と人差し指をくっつけて、銭のマークを私に向けてきた。
「それでさっきのは治癒士としての仕事依頼だったんだ。 正門の方で怪我人が沢山いるからっていうんでね」
「あ……」
「だから一時間かけて周りの寝ている治癒士達を全員叩き起こしてきたってわけさ、はは」
「そ、そうだったんですね……でもマリーナさんも一緒に行かなくて良かったんですか?」
「あぁ、それは大丈夫だよ。 そもそも私の本業はそっちじゃないからさ、こういうのは本業の治癒士に任せといた方がいい」
「そ、そうなんですね」
「あぁ、それでその時に君達の話を聞いたってわけさ。 まぁそれはあとで私が門番に説明しておくから心配しなくていいよ」
「す、すいません、ありがとうございます!」
「いいんだよ。 それに君はソフィを助けてくれた命の恩人なんだ。 私の方こそ本当にありがとう」
そう言ってマリーナは深々と頭を下げた。
「い、いえそんな! 私の方こそソフィアには何度も助けられてきましたし! 本当に私の方こそ感謝しているんです!」
ソフィアにはソードファンタジアで私は何度も何度も何度も助けられてきたわけだし、嘘は一切ついていない。
「そう言ってもらえると、私も嬉しいね。 そういえば君はどうして私の家を知っていたのかい? ソフィに聞いたのかな」
「え? あ、はい、ソフィアに聞きました。 ヤマウスに着いたらマリーナさんを頼れってお母さんに言われてたそうです」
「そうか、そう言ってたのか……」
マリーナは悲しそうに俯きながらそう呟いた。 そのマリーナの姿を見て私は何も言う事が出来なかった。 マリーナとソフィアのお母さんは昔からの友達だったのだから、きっと思う事が色々とあるのだろう。
「そういえば君のご家族は?」
「あ……はい、私もソフィアと同じで……」
「そうなんだね……」
マリーナは顔を上げて私に聞いてきた。
「君はこの後はどうするか決めているのかい? もし行く当てが無いようなら私の屋敷に住むといいよ。 ソフィもその方が喜ぶだろうし」
「あ、ありがとうございます。 でも……少しだけ考えさせてもらえませんか?」
マリーナのその提案はとてもありがたいものだったが、私はその提案に躊躇った。 何故なら私にはやらなければいけない事が……倒さないといけない敵がいるからだ。 だからここにずっと留まり続けているわけにはいかない。
「あぁ、それは全然構わないよ。 何処か行く当てがあるってことかい?」
「あ……いや、そういうわけではないんですけど……あ、でも、いつか両親が生まれ育った村に行こうと思ってます。 そこに家族のお墓を立ててあげたいんです」
「そうか。 エステルは立派だね、きっと天国にいるご家族も喜んでいるだろうよ」
(……ごめんなさい)
私はマリーナに嘘をついた。 それは、マリーナに私の事を心配させないための嘘だった。 私が本当にやりたい事は敵討ちなのだから。
でも実は今私が喋ったこの内容自体は嘘ではないんだ。 私の両親が生まれ育った村はコア地方に“あった”小さな村だ。 もう今は存在していないのだけれど。
そして何故私が両親の生まれ故郷について知っているのかというと、それがエステルのサイドシナリオの内容だったからだ
前にも話したけど、ソードファンタジアは本編のメインシナリオの他に、各仲間キャラに焦点を当てたサイドシナリオがあるのだ。 それは途中退場するエステルにももちろんある。
エステルのサイドシナリオは、亡くなった両親が生まれ育った村がコア地方にあるのだけれど、そこに1人で行く勇気が持てないから主人公にお願いして一緒にその村に行く、という流れで始まるシナリオだった。
そのシナリオの詳しい内容や結末は、今は特に関係無いので割愛するけど、つまり私の両親が生まれ育った村はコア地方にあったんだ。
「それで、その村ってのはどこら辺にあるんだい?」
「あ、えーっと、ここから北西に向かった所にあるんですけど……」
(しまった、どう説明すればいいか考えてなかった!)
私はその村がある場所の説明まで考えてなかった。 とりあえずここから北西の方角なのは確かだけど……
「北西ってことは……あぁ、ゼヘクの方かな? あれ、でもあそこらへんに村なんてあったっけ?」
「ゼ、ゼヘク!? そ、そうです! ゼヘクの先です!」
「え? あ、あぁ、そうなのかい?」
“ゼヘク”という単語に私が食い気味に答えたので、マリーナはビックリしたような表情を浮かべていた。 でもゼヘクという単語に私は反応しないわけにはいかなかった。
(そうだよ……ヤマウスがあるんだから“魔法都市ゼヘク”もあるに決まってるじゃないか!)
コア地方には大きな主要都市が3つ存在している。 防衛都市ヤマウス、魔法都市ゼヘク、機械都市ラトクリスの3都市だ。
その中でも魔法都市ゼヘクは私ことエステルにとって一番の思い入れがある地だった。 何故ならソードファンタジアでエステルが仲間になる場所がその魔法都市ゼヘクなのだから。
(そうか! ゼヘクに行けば……私が所属していた軍がある!)
どっちにしろ私は8年後に主人公のアークと出会うために魔法都市ゼヘクの軍には入っておかないといけない。 ならば早めにゼヘクを目指すのはアリだった。
それに軍に入る事が出来れば、きっとそこで魔族の情報を集めれるに違いない! そこにはガルドや他の幹部達の情報も……あれ、でも……?
(……でもエステルって魔族側の幹部だったよね? それなのに何でエステルの情報だけは軍に一切バレなかったんだろう?)
ソードファンタジアでは、エステル以外の幹部連中や魔王の情報は軍の人や冒険者などから教えて貰うことになる。 でもエステルが魔族側の人間だという情報は一切無く、いきなり主人公達を裏切ったんだ。 だからその衝撃は凄まじい物だったわけで……
(うーん? エステルの情報が人間側に一切伝わらなかった理由って一体……?)
私はそんな事を思いつつも、あまり深くは気にしなかった。
それよりもナインシュを脱出してからソードファンタジアで見てきたキャラや単語が沢山出てきて、私のテンションはどんどんと上がっていった。 そんな私の姿を見てマリーナは心配そうな顔をしていた。
「だ、大丈夫かい?」
「あ、す、すいません、取り乱しちゃいました……でも、ゼヘクって、ここから遠いですかね?」
「いや、そう遠くはないよ。 ここからなら定期便の馬車も通ってるし。でも今すぐに行こうってわけじゃないんだろ? しばらくはゆっくりしていけばいいさ。 ここを自分の家だと思ってくれて構わないからさ」
「は、はい、本当にありがとうございます!」
マリーナは私にそう優しく言ってくれた。 マリーナは原作通りとても優しい女性だった。 この人ならきっと、ソフィアの事をこれからも優しく守ってくれるはずだ。
「う、うぅん……」
「ソフィ!」
そしてその時ちょうどソフィアが目を覚ましたのだった。




