17.元奴隷少女は安堵する。
「ひ……ひどい傷じゃないか……」
全身ボロボロになっているソフィアの体を見て、マリーナはそう呟いた。
ソフィアが気を失っている事にマリーナはすぐに気が付き、そのまま私達を屋敷の中に入れてくれた。 ちょうど今はソフィアを客室のベッドに横たわらせたところだった。
「君、ごめん、ソフィの足に巻かれてる布を外しといてくれないかな?」
そう言うとマリーナはソフィアの怪我を上半身から順番に確認していった。 私はマリーナの指示に従い、ソフィアの足に巻きつけたローブの切れ端を取り外した。
(……こ、こんな……ひどい……)
取り外したそのローブの切れ端はソフィアの血で赤黒い色に染まっていた。 ソフィアの足も赤黒く変色していて、足の肉は抉れて骨が見えていた。 傍から見てるだけでも激痛が走りそうなくらい痛々しく……それは今回の事件の悲惨さを物語るには十分すぎる程のものだった。
(……本当に……ひどい……)
私が手にしたローブの切れ端はまだソフィアの血で湿っており、そこから血がポタポタと床に垂れ落ちてしまった。 客室の床を血で汚してしまうのは申し訳ないと思ったので、私はこの血に染まったローブの切れ端をアイテムボックスの中に収納した。
マリーナは上半身の確認を終えて、次に下半身の怪我の確認を始めた。
「手よりも足の方が重症だね……でもこれなら……」
マリーナは怪我の状況を一つずつ確認していき、そして全ての状況確認を終えると、今度は何かを唱え始めた。
「中級体力回復技!」
マリーナがそう唱えると、ソフィア周りに白い光が包まれた。
(この人ってヒーラーのジョブだったんだ)
私はそんな事を思いつつ、光に包まれているソフィアを見守った。 すると、ソフィアの手足の傷がゆっくりと塞がっていき、顔色も徐々に良くなっていった。
「……ふぅ。 外傷はこれでなんとかなったけど……でもしばらくは安静にしとかないと駄目だよ」
「そ、そうですか……でも良かった……!」
私はひとまずソフィアが危険な状態から脱出できた事にホッと安堵した。 マリーナは眠っているソフィの頭を優しく撫でた。
「体力回復技は体の傷を治す事は出来るけど、逆に言うと傷しか治す事が出来ないんだ。 だから今はゆっくりと寝かせてあげよう」
「はい、わかりました」
そこまで言うとマリーナは部屋に置いてあった椅子に座り、私の方に体を向きなおして自己紹介をしてくれた。
「遅くなってごめんね。 私はマリーナ・コーウェル、この子の友達みたいなもんさ。 それで、君は? 君もソフィの友達なのかな? 見た所君は怪我とか無さそうだけど……大丈夫かい?」
「あ、は、はい、そうです! 体も多分大丈夫……? だと思います」
「ん? 何だか要領を得ない答えだね。 まぁいいや、君も椅子に座りなよ」
マリーナは私の前に椅子を置いてくれていたので、私はその椅子に座らせてもらった。
「あ、ありがとうございます」
「あぁ。 それで、聞きたい事は沢山あるんだけど、でもその前に知ってたら教えて欲しい。 ソフィの家族はどうしたんだ? 近くには……いないのかい?」
「そ、それは……その……えぇと……」
「そうか……いやいい。 いやな事を聞いてごめんね」
マリーナの問に対して私は言葉を詰まらせてしまった。 私のそんな姿を見てマリーナは察してくれたようだった。 マリーナは先ほどソフィアにやってあげたように、私にもぽんぽんと優しく頭を撫でてくれた。
その時、突然屋敷の外からドンドンッ!と何かを叩く音が聞こえてきた。 それは先ほど私が外から叩いたドアノックの音だった。
「……今日はやけに客人が多い日だね、しかもこんな朝早くに。 ちょっとごめんね、すぐ戻るから」
「あ、はい、わかりました」
そう言ってマリーナは部屋から出ていき、玄関のドアの方へと向かって行った。
「……失礼します、マリーナ様! 大至急本部に来てほしいとの事でして……」
「……こっちも取り込んでいるから無理だ。 あと当分の間は仕事の依頼は全部断る……」
「……そ、そんな! それは困りますマリーナ様……」
マリーナがドアを開けるとすぐに訪問者との会話が始まった。 その会話は私達がいる客室にもかすかに聞こえてきていた。 どうやらその訪問者は男性のようだ。
(マリーナさんの部下が来ているのかな?)
会話の内容的にはそんな雰囲気だった。 でもあまり盗み聞きをするのは良くないと思ったので、私はこれ以上は聞き耳を立てるのは止めておいた。
少し経つとその男性は屋敷から出ていき、マリーナは私達がいる客室に戻ってきた。 ただ、マリーナは少しばつが悪そうな顔をしていた。
「はぁ……ごめん、ちょっとだけ外出てきてもいいかな、すぐに戻るから」
「は、はい、大丈夫です」
「本当にごめん……! 1時間以内には戻るから、それまでソフィの事見といてあげてね」
そう言ってマリーナも屋敷から出ていった。 残された私は椅子に座り直してソフィアの様子を眺めた。 ソフィアはベットですやすやと眠っている。 先ほどまでの辛そうな表情では無くなっていることに私は本当に安堵した。
(でも……ソフィアは本当に凄いよ……)
私はソフィアの今後の人生の事を思うと、ソフィアの心の強さを改めて実感した。
家族を失い、自分自身も危険な目に合っていたのに、それでもソフィアは絶望せずにちゃんと上を向いて生きていくんだ。 これからは同じ境遇になってしまった子供達を助けるためにソフィアは日々頑張っていく事になる。
そして8年後には主人公達と出会い、世界平和のために魔王軍と戦う事になるのだから。 本当に凄い女の子だと、私はそう思った。
(闇堕ちしちゃった私とは大違いだよね)
私はそんな事を思いながら少し笑った。
ソードファンタジアのエステルとソフィアは境遇がかなり似ている事に私は気が付いた。 ……でもソフィアと決定的に違う所が1つだけある事にも気が付いていた。
それは、エステルは魔族にも人間にも裏切られて全てに絶望し、何もかも諦めて心を無くしてしまったのに対して、ソフィアは絶望的な状況でも最後まで諦めず優しい心を無くさなかったんだ。 それが同じ境遇のエステルとソフィアの違いだった。
(でも、もう私は諦めない)
私はもう決して諦めることはしない。 母との約束を果たすために……家族に誇って貰えるように私は最後の最後の時まで頑張って生きてみせるんだ。
(これはきっと、ソフィアの生き方なんだろうね)
ソフィアの生き方はとてもカッコよく、そして原作で闇堕ちしてしまう私にとって勇気を与えてくれるものだった。
ソフィアはさっき私に向けて感謝を伝えてくれたけど、でも私だってソフィアに感謝している。 そしてそんなソフィアのために何か私に出来る事は無いのか……そう考えながら私は目を閉じた。
(あ、そういえば……)
少し経ってから私は目を開けた。 ヤマウスに着いたら自分の状態を確認しようと思っていたんだ。 マリーナが帰ってくるのはまだ先だろうし、今の内に自分の状態を確認してみる事にした。 まず最初に私はアビリティ画面を開いた。
「アビリティ、オン」
先ほどもこの画面を開いたけど、あの時は石化解除技を探すのに必死だったから、ちゃんとは確認していなかった。 なので今度は画面に記載されているアビリティを上から順番に1つずつ確認してみる事にした。
「上級短剣技……上級毒技……中級麻痺技……中級暗闇技……」
中級以上の物理攻撃技、状態異常技、状態異常回復技がアビリティ一覧にズラっと並んでいた。
レベル30台まで到達したおかげで、ダークナイトが覚えられるアビリティはあらかた覚えてくれていた。 それでもまだ覚えていない上級技や究極技も多いので、レベリングはまだ続けていく必要はありそうだ。
「まぁでも、これだけあればある程度は戦えそうだけどね」
序盤~中盤までのボス戦くらいなら今の私なら1人でも倒せるとは思う。 もちろんそれは装備やアイテム補充などをしっかりとした前提での話だけど。
でも私が倒したい最大の敵は……そんな中途半端な状態で倒せるような相手ではない。
その相手とはもちろん魔王の腹心であるガルドの事だ。 私の家族を殺し、生き残った私を地獄に叩き堕とした諸悪の根源だ。 何年かかってでも私はガルドを倒すと心に誓っている。
そんなガルドと戦うための準備もしていかないといけないし、それにガルドについての情報も今はまだまだ圧倒的に足りない……
「ガルドについての情報をどうにかして探る方法は無いかな……」
ガルドは原作のソードファンタジアには登場しない。 それなのにこの世界では魔王の腹心という高い地位を持つ不気味な存在であった。 そんなガルドの情報を探る方法が何かないか……私はそんな事を思いながらも、アビリティの確認を続けていった。
「ん……? あれ、こんな技あったっけ?」
画面に記載されているアビリティを上から順番に確認していたのだけど、最後の一番下に記載されてるアビリティに私は違和感を覚えた。
「“ヴェ……ノ……ム……” うーん? ダークナイトにこんな名前のアビリティは無いはずだけど、でも……あれ、なんだろう……?」
私がソードファンタジアをプレイ中に、そのような名前のアビリティを取得した記憶は無かった。 もちろん、そのアビリティを使用した記憶も無い。
でも何故だかわからないけど、そのアビリティを私は知っている気がするんだ。 それにその“アビリティの名前”を見ていると……何だか不安な気持ちにもなってくる。 この奇妙な違和感は一体……?
「……あっ!!!」
私は少しだけ悩んだけど……でもすぐにその違和感に気がついた。 その衝撃的な事実に、思わず椅子から立ち上がり叫び声を上げそうになってしまった。 私はあわてて口に手をあて、椅子に座りなおした。
ソフィアの方を見てみたけど、変わらずにすやすやと眠っていてくれた。 私はそれに安堵しつつも、心の中では興奮が鳴り止まなかった。
(い、いやちょっと待ってよ! この技は……!)
そのアビリティ名を“知っている”のに、私はそれを“知らない”という奇妙すぎる状況だったのだけど、それもそのはずだ。 だってそのアビリティはゲームプレイ中の私には使う事が出来なかったんだから。
(名前を見て不安な気持ちになるだって……? そんなの当たり前じゃないか!!)
だってそのアビリティは……ボス戦のエステルが使ってくる必殺技なんだから! その技のせいで、こっちは何度も何度も何度もゲームオーバーにさせられたんだよ! この技に私が……いや、全プレイヤーがどれだけ苦しめられたと思っているんだ!
(で、でも……! これなら……これなら……!)
つまり私は“仲間”の時のエステルが使える技だけでは無く、“ボス戦”のエステルが使える固有必殺技も取得する事が出来ていたのだ。 しかも私が興奮している理由はそれだけじゃない、もう一つ大きな理由があった。
(これなら……いける……!)
その固有必殺技は“物理型”の攻撃技しか覚える事が出来ないダークナイトにとって……本来覚えるはずがない“魔法型”の攻撃技なのであった。
2章もいよいよ佳境です。
2章のボスと戦う準備はちゃくちゃくと出来ているぞ、最後までがんばれエステル!




