14.元奴隷少女は夢を見る。
私は夢を見ていた。
そこは私が眠っていた湖ではなく、全く知らない場所だった。 そこは沢山の露店が出ていて、とても多くの人で賑わっていた。
私は露店の様子を見に行こうとしたのだけど、何故か足が全く動かなかった。 もちろん声も出せなかったけど、手だけは動かせた。
試しに私は近くにいた人に触れようとして手を近づけてみた。 でもその人に触れる事は出来ずに、私の手はその人の体からすり抜けてしまった。
それに、その人は私の存在にも気が付いていないようだった。 それはその人だけでなく、他の人達も私の存在には気が付いていないようだった。
(なんだか不思議な夢だな)
私はそう思い、体が動かせなくてやる事も無いので、辺りをぼーっと眺めていた。
すると……そんな賑わっている場所のすみっコで、小さな女の子が1人でうずくまって泣いていた。
「ふぇ……お兄ちゃん……ひっく……ぐすっ……」
私は泣いているその女の子を助けてあげたかったけど、今の私にはどうする事も出来なかった。 泣いている女の子を心配してただ眺める事しか私には出来なかった。
でもしばらくすると、男の人がその女の子の方へ走って近づいた。 女の子はその男の人に気が付くと、泣きながらすぐに抱きついた。
「うわぁぁん! お兄ちゃぁぁん!」
どうやらその女の子のお兄さんのようだった。 私は女の子の無事を見届ける事が出来てホッとした。
お兄さんは優しそうな顔をしながら女の子を慰めてあげていた。 しばらくすると女の子は泣き止んで笑った表情を浮かべはじめた。 それを見てお兄さんも一緒に笑いだし、そのまま兄妹は手を繋いで前へと歩きだした。
私はその姿を見て安堵した。 あぁ、良かったなと。 その兄妹の笑顔を見て、私もつられて笑顔になった。 そして私はその2人の歩いていく後ろ姿をじっと見守っていた。
「……なぁ」
でも突然、その兄妹は足を止めた。 そしてお兄さんの方が唐突に喋り出した。 妹に喋りかけているのかなと私は思った。 でも違った。
「妹はさ、優しい子なんだ。 俺との約束は守るし、仕事や家事も手伝ってくれる。 悪い事なんてしないし、他所の人に迷惑をかける事も絶対にしない。 本当に優しい子なんだ」
それは……まるで私に喋りかけているようだった。 でもそんなはずは無い。 だって私はここにいる誰にも見えてないはずだったから。
「でも、だからこそ、妹はあまり人を頼ろうとはしない。 ……あぁ、それは人を信じてないとかそういうネガティブな理由じゃないんだ。 ただ妹は、誰かに迷惑をかけたくないだけなんだ。 結構内気で恥ずかしがり屋な性格だからさ、はは。」
私はビックリした。 何故ならそのお兄さんは、後ろを振り返って私の顔を見てきたから。
まるで……ではなくて、本当にお兄さんは私に喋りかけていたんだ。
「今まで妹の事は俺が守ってきた。 妹が頼ってくれる数少ない人間が俺だったからさ。 でも、俺はもういない。 もう助けてあげる事は、二度と出来ない」
そう言うお兄さんの顔はとても悲しそうだった。 私は何か言いたかったけど、当然何も言えなかった。 お兄さんもそれは分かっているらしく、そのまま喋り続けてきた。
「俺も剣士の端くれだからさ、なんとなくわかるよ。 君は強いんだろう? それに妹の事を大事に思ってくれている心の優しさも伝わってくるよ。 だから……」
そこまで言ってお兄さんは一息をついた。 そして今度は優しい笑顔を浮かべて私にこう言った。
「だからソフィーを……いや、ソフィアを頼んだよ」
その言葉を聞いて私はすぐに目が覚めた。
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目を覚ますとすぐに異変に気がついた。
(ソフィアがいない!?)
つい先ほどまでソフィアは私の膝の上で寝ていたはずなのに……ソフィアがそこからいなくなっていた。
それに私がソフィアに貸していたローブも、いつの間にか私の背中にかけられていた。
(ど、何処にいるの……!?)
私は辺りを見回してみたのだけど、近くに人がいるような気配は全く感じなかった。
(も、もしかして……アイシャに見つかった……?)
私は最悪の事態を想像した。 いやでも、もしそうだとしたら私が生きているわけが無いからそれは無いはずだ。
(じゃあどうして……?)
その時、私はローブに少し違和感を感じた。 ポケットの中に……何かが入っているようだった。 私はポケットの中に手を入れて、中に入っている物を取り出してみた。
(こ、これって……!?)
すると、ポケットの中から赤い首飾りが出てきた。 私はそれを知っていた、ゲームで何度もそれを見てきたから。
(ソフィアの首飾りだ……)
それはソードファンタジアでソフィアが身に付けていた赤色の首飾りだった。 ゲーム内でソフィアがずっと大切にしていた宝物だった。
(もしかして……あの子!?)
先ほどの夢と、ソフィアの宝物を見て私は察してしまった。 あの子は自分の意思で……1人でここから離れたんだ。
ソフィアは命を狙われていたから……だからきっと私に迷惑をかけないように、1人で出て行ってしまったんだ。
だってソフィアは誰よりも優しい子だから。 ソフィアのお兄さんもそう言っていたじゃないか。
(いやでも……あの足じゃあ、そこまで遠くには行けないはず……!)
私は背中にかけられていたローブをすぐに羽織って、そのまま急いで湖から飛び出した。
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湖を出てすぐに私は目を凝らした。 微かにだけど……地面に赤色の液体がポタポタと溢れていた。
(これ……ソフィアの血だ……!)
私はその血を目印にして森の中を駆けだした。
ソフィアの血を辿って行くと、私はとある川辺に到着した。 そこは先日、アイシャと遭遇しかけた川辺だった。
(あ、あれは……!)
その川辺には石造で出来た魔物がいた。 あれは確か、ガーゴイルという通常モンスターだ。
(い、いた……!)
そしてそのガーゴイルの目の前にはソフィアが立っていた。 ソフィアはガーゴイルに襲われそうになっている最中のようだった。 でもそれだけじゃない……ソフィアの体が異常な事になっていた。
(せ、石化している?)
ソフィアの体は下から上半身の胸の辺りまでが石になっていた。 石化技が使える敵なんて限られている、そんな敵なんてもちろん……
(アイシャに決まっている……)
アイシャはつい先ほどまでここにいたんだ。 そして今もこの近くにいるかどうかまではわからない。
(でもそんなの関係無い)
そんな事を考えている時間はもう無かった。 ガーゴイルは口を開けてソフィア嚙み砕こうとする寸前だった。
私は全力疾走でソフィアの元に駆けつけた。
(私は強い私は強い私は……強い!)
私は心の中で自分自身を奮い立たせた。 そして目の前にいるガーゴイルを全力で殴りつけた。
ドォンッ!
という大きな音を立ててその魔物は吹っ飛んでいった。
(間に合った……!)
ソフィアが襲われるギリギリの所で何とか間に合う事が出来た。
殴り飛ばす時にガーゴイルの叫び声が聞こえた気がしたけど、私はそんなの気にせずソフィアの方を見た。
「な……なん、で……?」
ソフィアは私の事を見てそう一言だけ呟いていた。 まだ意識はあるけど……ソフィアの体は今も進行形でどんどんと石化していっている。
(ま、まずい……!)
私は石化しているソフィアを抱きあげた。
「ぅ、うわっ……ぁ……?」
ソフィアはいきなり抱き上げられてビックリしたような声を出した。 でも石化の影響なのか、ソフィアはぼーっとしていて、自分自身の状況がよくわかってないような感じだった。
そんなソフィアの様子を見て私は酷く焦った。
(は、早く……早く街に向かわないと……!)
今のこの時点でさえ危険な状態なのに……このままだと近い内にソフィアの全身が石になってしまう。 そうなってしまったら……このままだとソフィアの命が……
― ……しました ―
今この近くにモンスターがいるのかも、アイシャがいるのかも私にはわからない。
でも、もう時間がないんだ……!
(ソフィアの体を治すために早く街にいかないと……ソフィアが……!)
― ……しました ―
私はもう一度自分自身を奮い立たせた。
(私は早い早い早い早い……誰よりも早いんだ!)
心の中でそう呟いてから、私はこの川に沿って森の中を全速力で駆けだした。
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「はぁ、はぁ」
私は川沿いをひたすら走り続けた。 ソフィアの石化は既に首元まで進行していた。
― ……しました ―
「ぁ……ぅぁ……」
ソフィアの目は虚ろになり、呂律は回らず、声もどんどんと弱々しくなっていた。 ソフィアの息はまだあると言っても……これではもう時間の問題だ。
(早く、早く、早く!!)
私は休むことなく無我夢中で森の中を駆け抜けていった。 私は走って走って、走り続けて……!
「はぁ、はぁ……!」
― ……しました ―
休む事なく走って、走って、走り続けて……そしてついに私は森を抜ける事が出来た。
森を抜けるとそこには青々とした草原が広がっていた。 ソードファンタジアをやっていた私にはわかる……そこはコア地方だった。
「はぁ、はぁ……ナインシュを、抜けれた……!」
私達はナインシュを抜ける事が出来たんだ。 もう既に夜は明けていた。 森を抜けた時には朝日が差し込んでいた。
「はぁ、はぁ……コア地方に……はぁ、はぁ……入ったんだ……! あ、あれは……!」
少し離れた場所に外壁で囲われた建物が見えた。 あの外壁も私には見覚えがあった。 あれはまさしく……!
「ヤマウスだ……!」
― ……しました ―
ゲームの終盤に訪れる事になる防衛都市ヤマウスの外壁だった。 私の長い長い脱出計画の最終ゴール地点だったヤマウスにいよいよ到着出来る時が来たんだ。
「はぁ、はぁ……着いた……! 着いたんだよソフィ……ア……?」
でも……ソフィアの反応は……もう無かった……
「ソ、ソフィア……? う、うそだよ……ね……?」
ソフィアの体は全身が石化してしまっていた。 私の声はソフィアにはもう届いていなかった。
― ……しました ―
「そ、そんな……だって……」
私は膝から地面に崩れ落ちた。 私は間に合わなかったんだ。
「だって……だってそんな……う、うぅ……だ、だって……」
全身が石化してしまったソフィアを抱きしめながら私はうずくまった。 涙もどんどんと溢れてきた。
「ごめん……ごめん……本当に……ごめん、なさい……」
私はソフィアに向かって泣きながらひたすら謝った。
― ……しました ―
「ぐすっ……もっと早く私が駆けつける事が出来てたら……うぅ……」
そんな自責の念で私の頭の中は一杯だった。 私はソフィアを救う事が出来なかった。
― ……しました ―
「うるさい!」
バシッ!
私は涙を流しながら自分の頭を殴りつけた。
先ほどから私の頭の中に耳鳴りがずっと響いている。 ソフィアのために全力で駆け抜けていた時も、この耳鳴りがずっと煩わしかった。
― ……しました ―
「うるさいうるさい!」
バシッ! バシッ!
今もその耳鳴りはずっと鳴り止まない。 悲しい気持ちで一杯なのに、この耳鳴りが煩わしくて煩わしくて……私は自分の頭をずっと叩いた。 でもそれはただの耳鳴りではなかったんだ。
「うるさいうるさいうるさ……え?」
私は自分自身に起きている異変に今気がついた。
「な、なんで……私喋れるようになってるの?」
私は喋れるようになっていた、サイレンス状態なはずなのに。 いつの間にかサイレンス状態が解けたようだ。
「な、なんで……どうして……あっ!」
そこでようやく……私は頭に響いているその言葉に耳を傾けた。
先ほどから耳鳴りのように響き続いているその言葉を私はちゃんと聞いてみた。
「……あ……あぁ……!」
それはただの耳鳴りなんかでは無かった……! それは……それは……!
― レベルアップしました。 アビリティを取得しました ―
それは私のレベルアップとアビリティの取得を知らせる音なのであった……!




