09.元奴隷少女と未来の魔法少女
「……そうか……君、喋れないんだね」
名前を尋ねられた後もずっと無言な私を見てソフィアはそう言った。 私はこくんと頷いた。
「こんな世の中だし、そうなるのも仕方ないよね……」
私が喋れないのは魔族との戦争被害による精神的なトラウマが原因だとソフィアは思ったみたいだ。 争いが原因という事は間違っていないのだけど。
「ねぇ。 そういえば……その……親とかはどうしたの? 」
私は俯きながら首を横に振った。 私の家族はもう4年以上前に亡くなっている。
「そうなんだ……」
ソフィアはそれで察したようだった。 そしてソフィアは続けてこう言った。
「……私と一緒だね」
ソフィアはそのまま俯いてしまった。 私達の周りの空気は重くなってしまった……
(しまったな……)
私はこんな空気にしたくなかったのだけど、私達の周りにはしんみりとした空気が漂っていた。 そしてソフィアは俯いたまま何も喋らなくなってしまった……
私にはどうすることも出来なくて、ただソフィアの隣に座っている事しか出来なかった。
(なんで私は喋れないんだろう……)
喋れない事がこんなにキツイ事だとは思わなかった。 大丈夫だよ! とか本当に何でもいいから、ソフィアに言ってあげたかった。 そして彼女の事を少しでもいいから元気づけてあげたかった。
少しの静寂が訪れたあと……隣から小さな泣き声が聞こえた。
「うぅ……兄さん……ひっぐ……」
ソフィアは亡くなってしまった家族の事を思って、ボロボロと涙が溢れ出していた。
私はそんなソフィアの姿を見てオロオロとしてしまった。
(そんな……ソフィアの泣いてる姿なんて見たくないよ……)
それはソフィアが未来の仲間だからとか、好きなキャラだから、というのももちろんある。 けど、それだけじゃない。
(……よし……!)
私は泣いているソフィアの肩を叩いた。
「……っぐ……ひっぐ……え?」
ソフィアは泣きながら私の方を向いてくれた。
(……こんな状況で笑えなんていう方が無理だけど)
私は両手で自分のほっぺを触りながら、グイっと口角を無理矢理持ち上げた。
それは私に出来る最大限の笑顔だった。 かなりわざとらしくだけど……私は笑ってますというポーズをしてみせた。
(だって……ソフィアに泣き続けてほしくないから……)
「っ……っ……っ」
私はそのまま口をパクパクと動かした。
「わ……ら……って?」
私はうんうんと何度も頷いた。 それはソードファンタジアのソフィアの口癖だったから。
―何また泣かされたの? コラ、お兄ちゃんなんだからイジメちゃ駄目でしょ!―
それはソードファンタジアでソフィアが孤児院の子供達を叱っている場面だった。
―ほら、君も泣かないの。 笑っときなさい、ほら笑顔笑顔!―
ソフィアは泣いている子供に向けてニっと笑いかけた。
―辛い目に合ってる時はお姉ちゃんが必ず助けてあげるから! だから辛くても笑っときなさい!―
そう言ってソフィアは泣いている子の頭をわしゃわしゃと頭を撫でてあげながらこう言った。
―笑ってればきっといつか幸せになれるから―
それがソフィアの口癖であり、特徴でもあった。 慈愛に満ちており、優しい笑顔を皆に向けてくれる女の子。 それがソフィア・フォールレインという女の子だった。
だから私はソフィアには笑っていて貰いたかった。 彼女の笑顔は皆を幸せな気持ちにさせるものだったから。
「……ぷっ……」
ソフィアは目に涙を貯めながらも、ほんの少しだけ笑ってくれた。
(良かった……笑ってくれた)
「ぷはは……あははは……」
やっぱりソフィアには笑った顔が似合うと、私はソフィアの顔を見てそう思った。
「君ってなんだか不思議だね。 初めて会ったはずなのに、初めて会った気がしないよ」
ソフィアはそう言って私に向けて笑みを浮かべてくれた。 私はそう言われて少し照れた。 しかしすぐにソフィアはまた顔を歪めた。
「つぅ……」
(だ、大丈夫!?)
ソフィアは痛そうに足を押さえた。 止血をしただけで治療なんて一切出来てないから、痛いのは当然だった。 でも今の私にはこれ以上痛みを和らげる方法は無い……
せめて少しの間だけでも安静にしてもらいたいけど、ベッドや布団なんて良い物もここにはない。
(少しだけでも休ませれる方法があればいいんだけど……そうだ!)
私はソフィアの肩をもう一度叩いて、こちらの方に顔を向かせた。
「うん……? どうしたの?」
私はソフィアの目の前で正座した。 そして私はソフィアの顔を指さして、その後に私の膝をぽんぽんと叩いた。
(さぁ私の膝を枕にしてどうぞ!)
「え!? そ、それはちょっと恥ずかしいというかなんというか……」
ソフィアは恥ずかしそうに顔を左右に振っていた。 でも私も頑なに正座したまま膝を叩いた。 やがてソフィアは私に根負けして、私の膝に頭を置いて横になった。
「膝枕なんて恥ずかしいよ。 ……でも……なんだか落ち着くかも」
そう言ってソフィアははにかんで笑っていた。 少しでも休まるようなら私としても良かった。
「ふふ、何だか本当に……私の兄さんみたい」
唐突にソフィアはそう言ってきたので、私は自分に指を差した後に、両手を広げてソフィアに見せた。
「10本? あ……10歳ってことかな? じゃあ私より1つ年上なんだね」
私は腰に手を当てて、えへんと、わざとらしくポーズを取ってみせた。
「ふふ、じゃあお姉ちゃんって呼ぼうかな」
そんな私の姿を見てソフィアは笑ってくれた。 軽口も言えるようになっていて、私はホッとした。
それからはソフィアと沢山お喋りをした。といっても、私から話しかける事は出来ないから、ソフィアの話を頷きながら聞いていただけだけど。
ソフィアの趣味の話とか、好きな食べ物の話とか、普段は何をしていたのかとか……本当に他愛無い雑談をソフィアは私に向けてしてくれた。
こんな危ない状況なのにソフィアは私を不安にさせまいと、あくまでも普通の感じで話しかけてくれていた。
(やっぱりこの子は優しいんだね)
……日が少し沈んできた。 気が付いたらソフィアは私の膝の上で眠りについていた。
私は眠っているソフィアの頭を優しく撫でてあげた。
(ソフィアってなんだか私のお母さんみたいなんだよね)
どんなに辛くても生きていればいつかは救われると言っていた母親。 そして笑っていればいつか幸せになれると言っていたソフィア。
辛くても悲観せずに、前を向いてしっかりと生きていく彼女達のその姿勢は凄いカッコ良いと思った。 そして私はそんな人達が最終的に不幸な結末を向かえる事だけは絶対に納得が出来なかった。
(だからこそ私はソフィアの事を守ってみせる……!)
私は改めて心にそう誓った。 そして日は沈み、辺りは少しずつ暗くなってきた。
(私もちょっとは寝ておかないとね)
私は少しだけ仮眠を取ることにした。 奴隷時代は座ったまま寝る時も多々あったので、ソフィアを膝枕した状態でも眠れる。
(起きたらすぐに出発しよう……!)
そして今日の深夜、完全に辺りが暗闇になったら私はソフィアを背負ってナインシュから抜ける。
ゴールまであと少し。 私も深夜の出発に備えてそのまま眠りについた。




