02.奴隷少女は困惑する。
どれくらい眠っていたのだろうか。
私が目を覚ますと禍々しい雰囲気を放っているお城が建っていた。
明らかに住んでいた日本とは違っていてぎょっとした。
そして目の前には井戸、あと水瓶。
(なんだろうこれ?夢?)
と思ったけど、もう一つ違和感があった。
(なんだか目線が低くなっている?)
そんな感じで私は自分の頬をペチペチと叩いたりつねったりして夢かどうかを確かめた。
普通に痛かったので夢じゃないと理解した。
(じゃあ……まさかここは死後の世界、というやつなのかな?)
とりあえず深呼吸をして一旦落ち着こう。
ふー、はー……
(よし落ち着いた)
落ち着きを取り戻した私は、ふいに水瓶に溜まっていた水に映った私の顔を見て、また驚愕した。
(子供になってるううううううう!?)
---
もう一度深呼吸をして落ち着きを取り戻した。
まずは自分の状況を確認してみよう。
私、春奈津子は26歳のどこにでもいる社会人……だったはず。
残業を終えて家に帰る途中にトラックにはねられた所まで覚えている。
それで目を覚ましたら少女になっていた、という感じ。
もう一度深呼吸をしていたら、だんだんと意識がはっきりとしてきた。
(いや、私は春奈津子じゃあ……無い?)
春奈津子として生きてきた記憶はあるのだけれど、私にはもう一つ記憶がある。
それは……
私、エステルは10歳のどこにでもいる村娘だった。
6歳の頃に村を魔族に襲撃され、そのまま魔族の奴隷として捉えられた。
そして4年経った今でも奴隷としての生活を送っている。
このエステルとしての10年間の記憶も私にはもちろんある。
つまり前世である春奈津子の記憶を、エステルが今思い出した、ということなのかな。
(ちょっと前に流行ってた転生物みたいなことが私にも起きた?いやでも……うーん?)
余裕で混乱しているが……この状況と、エステルという名前。
(まさかね……)
序盤にこういう展開が発生するアニメとか漫画、小説が好きだったから、私はある事を試してみた。
(ステータス、オン)
私はちょっと恥ずかしがりながらそう言ってみた。
いや、言おうとしたんだけど、言葉が出なかったから心の中で呟いてみた。
そうすると目の前にステータス画面が表示された。
(ほ、本当に出たっ!)
【ステータス】
名前:エステル
性別:女
レベル:1
その他にも体力とか力とかのステータス値がズラっと表示されたが、そんなことは今はどうでもいいから全部無視。
他に見ておきたい項目があったのでステータス画面を下にスクロールしていくと、エステルのジョブが表示されていた。
ジョブ:ダークナイト
(エステルっていう名前でジョブはダークナイト?)
私は確信した。
(この子……ソードファンタジアのエステルだ!)
ソードファンタジアとは、私、春奈津子が大好きなゲームであり、長時間やり込んだゲームだ。
春奈津子の記憶ではつい最近までやっていたゲームなので、エステルとダークナイトという名前のおかげですぐに気が付いた。
そのダークナイトというのは、ソードファンタジアに登場する上位ジョブの一つで、デバッファー兼アタッカー役を担ってくれるジョブだ。
そしてソードファンタジアに登場するエステルのジョブでもある。
エステルはソードファンタジアでは主人公が最初に訪れる都市で出会い、そのまま仲間になるキャラだ。
ゲーム序盤からデバフを使える数少ないキャラであり、また、素のステータスも高いので、序盤はエステルのパワーでゴリ押すプレイも可能であった。
序盤の主人公達へのチュートリアルやサポート、助言などはエステルがしてくれるので、私達プレイヤー側にとっても凄い助けて貰ったキャラだ。
そんなエステルは物語の中盤で離脱してしまうのだが……まぁその話は追々するということで。
(今は私の置かれた状況を確認していかないと!)
ステータス画面をさらに下にスクロールしていくと、今度は状態異常の項目があった。
状態異常:サイレンス状態
(あぁなるほど、だから私は喋れないのか)
サイレンスとは、敵や味方の口を封じる技で、サイレンスを受けたキャラは戦闘中にアビリティの使用が不可能になるデバフ技だ。
状態異常を回復する薬草や、白魔法のヒール系の技を使えば回復出来るけど、こんな状況では流石に解除するのは不可能だ。
あとはレベルが上がれば、レベルアップボーナスで体力や状態異常を全て回復してくれるけど、それも無理だろう。
ステータス画面をスクロールしていったが一番下まで到達したようだ。
……あれ、この画面ってどうやって消すんだろう?
(ステータス、オフ?)
心の中でそう呟いてみると画面は消えた。
ステータス確認以外にも何かギミック的なものがあるのかな……と、少し考えようとしたけど、目の前の水瓶を見てそれどころじゃないことに気が付いた。
(いや、先にこっちを片付けてからにしよう)
まずは今私が与えられた仕事を終わらせなければ。
今日もご飯を抜きにされてしまうと、流石に今度こそ倒れてしまうかもしれない。
私は水瓶を持ち上げてさっさと井戸を後にしようとした。
その時、私はふと疑問に思った。
(そういえば……)
“エステルの背と同じくらいの大きさの水瓶”を持ち上げた時に違和感を感じた。
(なんでこの水瓶重くないんだろう?)
そんな事を疑問に思いながら、私は指定された場所に水瓶を運ぶのであった。
---
私は奴隷仕事を終えて、檻の中に戻された所だ。
今日は何も粗相はしてないので、ご飯はちゃんと支給された。
といってもカチコチに固まったパン1個だけだけど。
それでも昨日何も食べてない私にとっては御馳走だ。
パンをもぐもぐと食べながら、私はある事を考えていた。
(この地獄から逃げださないと……)
せっかく前世の記憶が蘇って感情も取り戻したけど、こんな劣悪な環境に居続けてしまったらまた心が壊れてしまう……
私としてはどうにかしてこの地獄からの脱出をしたいのだけど……
でもまずは周りの状況確認や外周辺の様子、エステル自身についての情報を整理していかないと駄目だ。
それらについてしっかりと把握しておかないと、今後の方針を決める事は出来ない。
パンを食べながら、まずは周囲の状況を確認する。
この檻の中に奴隷達をまとめて収容しているので、檻の中はかなり広い。
仕事が終わって檻に戻ってきている奴隷達は見た限り15人位で、全員黙ってパンを食べているか、横になって死んだように眠っているかの二択な感じ。
喋ったり、動いたりしている人は皆無だ。
そういえば、この4年間の奴隷生活の間に誰かが喋っているのを私は見た事が無い。
喋る人がいないのは、奴隷全員に“サイレンス”がかかっているからなのだろう、多分だけど。
(他の人のステータスって見れないのかな?)
そう思って私は寝ている奴隷に近づき、その人に向かって手をかざしてみた。
(ステータス、オン)
結果としてはその人のステータスも、私のステータスも表示されなかった。
どうやら他人のステータスまでは見れないようだ。
そしてちゃんと自分の事を思い浮かべながらステータスオンと言わないと、自分のステータスも開かれないらしい。
とりあえず、他人のステータスは見る事が出来ない、という事実がわかっただけでも一歩前進だ。
奴隷全員にサイレンスがかかっているのか確認は出来なかったけど、まぁ私だけにサイレンスをかけるなんてメンドクサイ事はしないだろう。
やるなら奴隷全員にかけていると考えた方が自然だ。
奴隷として連れてこられた時に、全員もれなくサイレンスをかけられてから檻に入れられたんじゃないかな。
(そもそも……なんでサイレンス状態になっているんだろう?)
思いつく理由としては、奴隷達が意思疎通を図るのを阻止しているとか?
奴隷全員で結託してクーデター、とまでいかなくても、全員で脱走するという事態を防ぐ目的があるのかもしれない。
まぁそもそも逃げ出そうなんて考えている奴隷は一人もいないだろうけど。
今までに収監されてもすぐに逃げ出そうとするような、そんな反骨精神を持った人達は何人かは存在した。
でもこのような地獄の環境にいたのでは、数日でどんな人であろうとも心が壊れてしまう。
気がづけばそのような反骨精神を持っていた人達は皆いなくなった……心が壊れて人形になっているか、もしくはこの世を去ってしまったか。
じゃあ他に目的があるとしたら何があるのだろうか。
……って少しだけ悩んだけどすぐに思いついた。
単純に私達奴隷の悲鳴声や泣き声を聞きたくないんだろう、煩いから。
ガルドやここにいる魔族達は奴隷の事を人形や物のように扱っている。
そんな物同然に扱っている奴隷達が泣いたり叫んだりして、煩くしていたらどう思うだろう?
(きっとイライラするだろうね)
さっきもガルドは部下が煩くてイラついていたのを見ていたし。
ここら辺にいる魔族達の中でも、特にガルドは煩いのが大嫌いだ。
昨日窓ガラスをわざと割った時も、思った以上に大きな音がなってしまいガルドは激怒した。
だから昨日はいつも以上に大目玉を食らったわけだ。
そういえば……と、私は思った事がある。
人狼ーガルド。
ここら辺の地域にいる魔族達の長を務めている魔王の腹心。
“エステル”の私にとっては家族や村人達の仇である忌々しい存在だ。
でもソードファンタジアを何度もプレイしてきた“春奈津子”の私にとってはわからない存在だ。
何故ならソードファンタジアの世界にはガルドなんていう敵キャラはいなかったからだ。
(ガルドなんて敵……ソードファンタジアにはいなかったよね)
微妙に私の知っているソードファンタジアとは違うのかも知れない。
まだまだ私には情報が足りないと思った。
---
幸いにも、奴隷の監禁の仕方は雑だ。
檻には鍵がかけられているが、手足の拘束などはされていない。
奴隷全員に手錠や足枷を用意するなんてメンドクサイ事を魔族達はしない、そんなの金の無駄だときっと思っているから。
それにそもそも脱走しようなんて考えてる者がいないことを魔族は理解しているから、これだけ監禁の仕方が雑なのだろう。
私にとっては好都合なわけだが。
でもまだ行動に移すわけにはいかない、私には情報がまだまだ少ない。
この地獄から脱走した所で、周辺の状況がわからなければ自殺をするに等しい行為になってしまう。
もし脱出した所で、周辺のモンスターに遭遇してしまったらどうする?
この周辺に生息しているモンスターをレベル1の私が倒せる程度の場所だなんて思えない。
地図などでちゃんと確認出来てるわけじゃないけど、ここは魔王城予定地。
ゲームでは魔王城がラストダンジョンだから、きっとこの周辺に生息しているモンスターのレベルも高いはずだ。
ゲーム世界ならモンスターにやられてゲームオーバーになってもコンティニューは出来る。
でもこれが現実世界なのだとしたら、コンティニューなんていう甘い考えは出来ない。
(……あ)
魔王城とかモンスターとかの事を考えていたら、私は井戸の前で見た自分のステータスの事を思い出した。
(そういえば私の体力とか攻撃力とかのステータス値ってどうなってるんだろう?)
あの時は自分のジョブとか状態異常だけ確認して、その後すぐに奴隷仕事に戻っていたので、自分のステータス値をちゃんと見ていなかった。
そして、私は自分のステータス値にちょっとだけ期待している事があった。
(もしかしたら私のステータス値って、他の人達よりも高めになってるんじゃないかな)
そう思うのには理由があった。
エステルは序盤のお助けキャラとして仲間に加わる。
最初から上位ジョブだし、ステータス値も他の仲間キャラに比べると1.5倍くらい高かった。
だからこそ序盤はエステルでゴリ押すというプレイも可能だったわけで。
そんなわけで私のステータス値がもしも高いようであれば、レベリングさえ出来れば強くなれるという保証が得られる。
ステータス値の比較対象として、私はゲームの主人公であったアークのステータス値を思い出してみる。
確かアークの初期ステータス値は、
―――――――
名前:アーク
性別:男
レベル:1
HP:50 MP:20
力:10 魔力:5
守備:7 魔防:6
敏捷:9 命中:7
―――――――
うん、確か主人公のアークのステータスはこんな感じだった。
私のステータス値がこれよりも高いのであれば、次の課題はどうやってレベリングを行うか?
という点に移るんだけど、逆に私のステータス値が低い可能性だって十分ある。
いや普通に考えたら、そっちの方が可能性は高いか。
何だかドンドンと不安になってきた私。
それでもちゃんと確認しないと先には進めないので、私は恐る恐る心の中で呟いた。
(ステータス、オン)
……私は絶句した。
―――――――
名前:エステル
性別:女
レベル:1
HP:10000 MP:1000
力: 1000 魔力:1000
守備:1000 魔防:1000
敏捷:1000 命中:1000
―――――――
(……は?)
こんなメチャクチャなステータス値をファンタジアシリーズで私は見たことがない。
いや見た事がないわけじゃない、ただ仲間キャラでこんなステータス値を持っているキャラは存在しないというだけ。
こんなステータス値を持っているのは敵役……しかもボス級のステータス値だ。
(……あ!)
そこで私は気づいた。
このステータスは敵役じゃないとおかしい。
ということは、このステータス値はお助けキャラのエステルのステータス値ではないわけで。
(こ、これっ……)
ソードファンタジアのラストダンジョンである魔王城。
ラスボスの魔王と戦う前に幹部との連戦で始まり、そこで主人公達はかつての仲間と戦う事になる。
毒の剣姫―エステル。
ソードファンタジア屈指の名シーンであり、今作の最高難度を誇る鬼畜なボス戦であった。
(これっ……敵役のエステルのステータスになってるんだ!!)
私は興奮のあまりに、手に持っていたパンを握りつぶしていた。
そして私が悩んでいたレベリングとかの問題を一気に解決した瞬間だった。