06.元奴隷少女は抱きかかえる。
私はアイシャとその子供の方に駆けだした。 まずは2人の様子を伺うために近くにあった岩陰に隠れた。 どうやらアイシャとその子供は会話をしているようだった。
(何を話してるんだろう……?)
私は隠れながら2人の様子を探りつつ、会話に聞き耳を立てた。 でも周りの逃げる人々の悲鳴や魔族達の戦闘音が大きくて、ここからでは二人の会話の全てを聞き取る事は出来なかった。
「凄いねぇ……アタシに剣を突きつける子供なんて初めて見たよ。 でもさぁ、そんな震えた体で大丈夫なのかなぁ? ちゃんと私に剣を当てれるのかなぁ?」
「う、うるさい……!」
震えている子供を見てアイシャはケタケタと笑いながら喋ってるようだ。
「でも酷いよねぇ。 アタシはただ声をかけただけなのに。 もしかして妹ちゃん?ってさぁ。 それだけでアタシに剣を突きつけるなんてさぁ。 あはは、きっとお兄ちゃんの教育が悪かったんだろうねぇ」
「兄さんの事を馬鹿にするな……!」
「馬鹿にするなって言われてもねぇ……実際にただの馬鹿だったわけだしさぁ」
そう言ってアイシャは首に身に着けている首飾りを持ち上げながら笑っていた。
その行為に子供は怒りの表情を浮かべていた。
「……その首飾りを……返せっ!」
「えーなんで? これはアタシが貰った物なんだけど。 そもそもアンタの物でも無いでしょう?」
(あの首飾り……いや、宝石の方かな? あれ、どこかで見た気がするんだけどな)
二人の会話の全てを聞き取る事は出来なかったけど、どうやらその子供は、アイシャが身に着けている首飾りに何か思い入れがあるようだ。 そして私もあの首飾りに見覚えがある気がした。 でも何処で見たのかは思い出せない。
「そ、それは兄さんの物だ! お前のじゃ無い!」
「でもアタシはそのお兄ちゃんにちゃんと許可貰ったよ? ……どうせお前死ぬんだからそれ貰うねってさぁ」
「……っ! お前だけは……!」
アイシャの言葉を聞いてその子供は激怒していた。 ……目には涙も浮かべていた。
そしてその子供は手に持っていた剣をアイシャに突き刺そうと走りだした。
「ふふっ、兄妹だねぇ……やる事が全く一緒じゃん」
アイシャは尻尾を猛スピードで上下に動かし、その一瞬で子供の足に尻尾を突き刺していた。
その尻尾は子供の足を靴ごと貫いており、子供はそのまま地面に倒れ込んでしまった。
「うぐぅっ……!」
「あぁごめんねぇ、アタシの尻尾って結構尖ってたんだよねぇ。 可愛い妹ちゃんの足に穴を空けるつもりなんてこれっぽっちも無かったんだよ、本当だよ? ……ってあらあら、血が出て痛そうだねぇ」
その子供はあまりの痛さに悶絶していた。 涙もボロボロと溢れ出していた。
「そんな足じゃあもうろくに動けないんじゃないのかなぁ? ふふふ、さっきの威勢は何処にいっちゃったんだろうねぇ」
「ぐ……ぅ……」
アイシャは尻尾を子供の足から抜いた。 尻尾の先端には子供の血が滴り落ちていた。
「あれどうしたの? アタシまだ動いてすらいないよ? その握ってる剣は飾り物なのかな? それならそんな役に立たない飾りなんてさっさと捨てちゃえばいいと思うなぁアタシは」
身動きが取れなくなっているその子供を見て、アイシャはさらに笑っていた。
「ふふ、良い顔だねぇ。 妹ちゃん可愛いからさぁ……ついついその顔を歪めたくなっちゃったんだ。 本当にごめんねぇ」
「ぅう……」
「でも妹ちゃんが悪いんだよ。 そんな物騒な剣を私に突きつけるからさぁ……アタシは自分の命を守るために攻撃しただけなんだよ」
自分は悪くない。 悪いのはお前だと言ってきたアイシャの事を、その子供は涙をボロボロと流しながらも睨みつけていた。
「怖いねぇ、そんなに睨まないでよ。 ……あ、それでさぁ、ちょっと聞きたいんだけど。ひょっとして妹ちゃんも宝石とか持ってたりするのかな? もし持ってるようだったら……」
「そんなの持ってない!」
その子供はアイシャの喋りを遮ってそう応えた。 アイシャはさっきまで笑っていたのに、それを聞いて一瞬で真顔になった。
「……ふぅん、そうなんだ」
さっきまでテンションが高かったのに、アイシャは一気に冷めたようだった。 まるで、もうその子供に興味が無くなったかのように見えた。
「まぁ聞いてみただけだから別に気にしないでいいよ。 それじゃあもう妹ちゃんには用事は無いんだけどさ……」
そこまで言うと……アイシャは再度ニコっと笑いだして喋り続けた。
「でもごめんねぇ、アタシに剣を突きつけて来た奴は全員殺すって決めてるからさ。 あ、殺した後で妹ちゃんの身体はすみずみまで調べて宝石持ってないかどうかちゃんと調べるね。 もし持ってたら……ふふ、そのときは……どうしようかなぁ」
アイシャはその子供に向けて、明確に「お前を殺す」 と言い放った。 そしてアイシャは動けなくなっているその子供に近づいた。 そのままアイシャはその子供の首を掴もうとしたその瞬間……
(今行くしかない!)
私は先ほどアイテムボックスに収納した石を取り出して、それをアイシャに向けて投げつけた。
投げた石はアイシャの尻尾に当たった。手ごたえは一切無かったけど、アイシャの気を反らせる事には成功した。
「……何?」
アイシャは私の方に振り返ってくれた。 その瞬間を狙って……
(私は早い私は早い私は……早い!)
私はアイシャの方に目掛けて全力で走りだした。 一瞬アイシャはビックリした表情を浮かべたが、すぐに冷静さを取り戻した。
「……へぇ? 私と戦る気なの?」
アイシャは突撃している私の姿を見て、不敵な笑みを浮かべていた。
「ふふ、最近の人間は突進するのが流行ってるんだねぇ。 いいよ……かかってきなよ!!」
アイシャは闘志をむき出しにして私の方に全身向きなおした。 私はそんな戦る気のアイシャを横目にしてさっさと通り抜けた。
「……え?」
アイシャはきょとんとした顔をした。
私はアイシャの事を無視して倒れている子供の前で止まった。 そして子供を抱きかかえて、私はすぐにアイシャとの距離を取った。 子供もビックリしているようだったけど、声は出さなかった。
「……あらま、騙されちゃった。 アタシと戦うつもりなのかって思ったんだけど、妹ちゃんを助けるのが目的だったんだねぇ」
アイシャは私に向けてそう言ってきた。 これが私にとって、ゲームに登場するキャラとの初会話だった。 でもちっとも嬉しくない……というかむしろ怖すぎて嫌だ。
(これがアイシャじゃなくて、アークとか仲間キャラだったらどれだけ興奮していただろう……)
私はそんな事を思っていたら、アイシャは続けて喋り出した。
「ふーん。 君、もしかして中々に強いんじゃない?」
ただ走っただけなのに、アイシャは私の事を強いんじゃないか? と疑ってきた。
ただでさえアイシャとの相性が悪い私としては、弱い人間だと思ってもらえた方がありがたい。
「……まぁでも別にいいや、私と戦うつもりが最初から無いんだったら君は見逃してあげる、魔王様の命令だしね。 あ、でもアタシのカッコいい所はちゃんと沢山の人に伝えてよ!」
アイシャはニコニコと笑いながら私に向けてそう言ってきた。 私はその言葉に驚愕した。
(み、見逃して……くれるの!?)
まさかの大ボスから逃げてもいいよ! という宣言を貰えた。
「アタシも他の魔族も、コアまで逃げられたら流石に手は出さないよ。 だから、早くナインシュを抜けられるといいねぇ」
そしてここにいる魔族達は、ナインシュからは出ませんよ、という宣言も貰えた。
(ここまで来てよかった……!)
この超重要な情報を手に入れる事が出来た私は内心で凄い喜んでいた。
「でもその代わりにさぁ……妹ちゃんは置いていって貰えないかなぁ?」
(……え?)
アイシャは私を見逃す条件として、この子供を置いていけと言ってきた。 私が抱きかかえている子供はその言葉を聞いてビクっと震えていた。
「妹ちゃんはアタシに剣を向けたからさ、ちゃんと殺してあげないと駄目なんだよねぇ。 それにお兄ちゃんにも約束しちゃったからね。 妹ちゃんもすぐそっちに連れていってあげるってさぁ」
あははっと笑いながら私に向かってそんな事をアイシャは語りかけてきた。
一転して私はゾッとした。
(コ、コイツ……危険すぎる!)
私の想像していた数倍はヤバかった。 これが8年後に私の同僚になると思うと恐ろしすぎる。
今ここでこの子供を置いていけば、私はこの街道を使って無事にナインシュ地方を抜けられるだろう。
私はこの街道の辺りを見まわした。 軍の兵士だけじゃなく、普通の人も逃げている。 この状況なら、私がそれに紛れて逃げていても違和感は無いはずだ。 でも……
(この子を見殺しには出来ない……!)
私は子供を抱きかかえたまま後ろをチラっと見た。
(ここを進めばナインシュから抜けられるんだ……!)
私はアイシャの言葉を無視してこのまま街道を駆け抜けようと思い、アイシャに背を向けたその瞬間……
「……あ、そう。 妹ちゃんも連れて逃げるんだね。ふぅん、そっかぁ……」
アイシャの声色が一気に変わった。 とても冷たい声に聞こえて私はゾクっとした。
「いいよ、別にそのまま逃げても。 可哀そうだから少しだけ待っててあげる……早く逃げなよ。 でも、妹ちゃん抱えてどれくらい逃げれるんだろうねぇ。 ふふ、それにさぁ……」
後ろからクスクスと笑っている声が聞こえた。 私はその声が怖くて気が付いたら足が震えていた。
「ねぇ君さぁ、知ってる? 蛇ってねぇ……匂いに敏感なんだよ」
私は恐る恐る後ろを振り返った。
アイシャは自分の顔に尻尾の先端を近づけていた。 そして……そこに付いていた血をアイシャは舐め上げていた。
「ふふ、妹ちゃんの血の匂い……覚えちゃったぁ」
アイシャは恍惚とした顔を浮かべていた。 でもすぐにアイシャは感情を消して真顔で一言……私が抱きかかえている子供に向けてこう言ってきた。
「だからさぁ……お前は絶対に殺すよ」
アイシャは明確な殺意をその子供に向けて放っていた。




