05.元奴隷少女は駆ける。
アイシャが森から出ていってから数十分程は経過していた。 私は滝口から下の滝つぼの方へ降りる方法を考えていた。
もしかしてこのまま滝つぼに飛び込んでも、私の身体能力なら大丈夫なのかな? ……と思ったりもしたけど、本当に大丈夫かどうかわからないから試しはしなかった。
ゲーム世界なら何回でもコンティニューは出来るけど、現実世界ではコンティニューなど出来ない。 命は一つなのだから。
だから私はステータスが如何に向上していようとも、前世でやらなかったであろう自殺行為は絶対にやらないつもりだ。
(それに飛び降りるとか普通に怖すぎるし)
私は一旦滝口から離れて、辺りを調べてみる。
そうすると降りれそうな下り道を見つけたので、そこから下る事にした。 それでも急斜面だったので慎重に降りていった。
その道中で地面に落ちていた石や木の枝を少しづつ集めてアイテムボックスに収納していった。 野営する時に焚火を作るつくるために必要になると思ったからだ。
(ふぅ……なんとか下にたどり着けた)
私はなんとか滝つぼの方まで到着する事が出来た。 この川に沿って進めばナインシュを抜けてコア地方に向かう事が出来るのだが……今はまだそっちには向かわない。
(アイシャが出ていったのは……あっちだ)
私はアイシャが出ていった街道の方向に進んでいった。
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どれくらい歩いたかはわからない。 私はゆっくりと慎重に前を進んでいた。
(……人の気配が凄い)
多分街道側にだいぶ近づいたんだろう。 人の声や動いている物音がかすかに聞こえて来た。
でも、激しい戦闘音のような物音は聞こえなかった。
(前に聞いた戦争の音に比べたら……あまり大きくはない?)
先日の魔王城襲撃の時に聞いた怒号のような争い音はそれほど聞こえなかった。
逃げてる悲鳴のような音は聞こえる。 ……でも、剣のかち合う音や砲撃音などの激しい戦闘音はあまり聞こえてこなかったのだ。
私はそれが気になってしまい、街道側へとさらに進んでみることにした。
森の中から街道の様子がある程度まで見える位置まで来た。 といっても、まだまだ木々や葉に覆いかぶさっている状態なので、街道の全体まで見る事は出来ないけど。
(やっぱり……そんなに戦闘はしてない)
私はざっと辺りを見回してみたけど、戦闘という程の争いはしていなかった。 人間の数が多いのに対して、魔族側は想像していたよりも数は少ないようにも見えた。 それと……
(兵士以外にも……普通の村人も逃げてる?)
甲冑や防具を身に着けている兵士以外にも、皮や布の服を着た普通の人々も逃げていた。
もしかしたら近くに住んでいた村人もこの騒乱に乗じて逃げだしているのかもしれない。 だから、何も武装してない人々がそれなりに多いよう見えた。
(でもこれじゃあ……魔族に殺してくれと言っているようなものじゃ……)
私はそう思ったのだが、魔族達は逃げる人間達を襲ってはいなかった。 魔族は向かって来る人間とだけ戦っているように見えた。
(……え?逃げてる人を襲うつもりは無いってこと……?)
魔族が逃げている人間に対して追撃戦を仕掛けていると思っていたのだが……私が今見た光景は予想とは全く違っていた。
(これって……今なら私、この街道使ってそのまま逃げれるんじゃない?)
どうやら魔族達は逃げている人間を襲うつもりは無いようだった。 もしかしたらこれはチャンスなのかもしれない。
逃げている村人も多いし、今私が羽織っているローブを脱ぎ捨てて、普通の少女としてここら辺の村人と一緒にこの街道を走り抜ければ、そのままナインシュ地方を抜けられると私は思った。
でも私には天敵がいる事を忘れてはいけない。 私はさらに街道側を確認してみた。 すると……
(見つけた!)
赤髪をした蛇の魔族を見つけた。 アイシャだった。
あの派手な見た目のおかげですぐに見つける事が出来た。 私はそのままアイシャのいる方向を観察してみた。
(い、いやちょっと待って!?)
異様な光景だった。幹部ボスであるアイシャが……小さな子供と対峙していたのだ。
その子供は私と同じくらいの年齢の女の子だった。 多分9~10歳くらいだと思う。
そんな小さな子供が……アイシャに向けて剣を突きつけていた。 でもその子は……
(震えてる……あの子)
握っている剣は震えていた。 顔も強張っているし、全身小さく震えているように見えた。 それは恐怖から来る震えだろうと私は察した。
目の前に恐ろしい魔族……しかも幹部ボスクラスの強さを持っている化物がいたら、子供じゃなくても震え上がるだろう。
(今私が街道を駆け抜けたとしても……アイシャはこっちを見る事はない……)
今ならその子供がアイシャを引きつけてくれているから。 これなら私はアイシャに見つかる事なくナインシュを抜けれるだろう。
(でも……)
私は母と約束はした。 皆の分まで生きると。 だから私は、死んでしまう最後の最後まで、這いつくばってでも生きてみせると、心に誓っていた。
(でもそれだと……あの子が殺される)
でもそれはあの震えている子供を見殺すということだった。 何の力も無い子供を犠牲にしてまで私は逃げるつもりなのかと、そう心に問いただした。
(……違う)
私は前世の……死ぬ直前の事を思い出した。 あの時、私は恐怖で動けなくなった子供を助けるために命を投げうった。
そして今、すぐ近くで同じような光景が広がっていた。 死の恐怖に震えている子供がすぐ近くにいるんだ。
(……違う!)
確かに母と約束をした。 皆の分まで生きると。
でもそれは誰かの命を犠牲にしてまで生きるという事では決してない。
(そんな事をしてまで……私は生き続けたいとは思わない!)
あの子供を見なかった事にして今すぐ逃げれば、私はナインシュから抜けられるだろう。 でもそうしたらアイシャは絶対にあの子供を殺す。
だから私は……
(私は最後の最後……死んでしまう最後の時まで、家族に誇ってもらえるような人間として生きたいんだ!)
私はそう思った瞬間、森を抜けて街道へと駆け出した。




