08.奴隷少女は自由になる。
(な、何なの……これは……)
私は階段を駆け上がり、地上へと出た。
そこですぐに私の足は止まってしまった。
至る所で剣と剣が打ち合う音、銃や大砲などの発砲音、魔法アビリティの詠唱音……そして、魔族と人間の怒号が飛び交っていた。
大砲の弾などが直撃したのだろう……魔王城の上部が崩壊しかけていた。
先ほど地下で感じた地震は、やはり魔王城の崩落が原因だったようだ。
私の周りには崩落した建物の瓦礫が散らばっている。
火も放たれており、辺りは真っ赤に燃え上がっていた。
でも辺りが真っ赤に見えるのは、決して火だけのせいでは無かった。
(酷い匂い……)
それは火の焦げ臭い匂いと、もう一つ……鉄のような匂い。
そう、それは血の匂いだった。
辺りが真っ赤に見えたのは、燃え盛る火だけのせいではなかった。 血の池が辺り一面に広がっていたのだ。
至る所で魔族や人間が横たわっている。 横たわっている者は誰一人としてピクリとも動かない。 全員……死んでいる。
(うっ……)
私は吐きそうになった。
あまりにも……あまりにも多すぎる死の匂いに、私は動けなくなった。
私はつい最近まで日本で暮らしていた普通の人間だ。
それがこうも突然に大量の死を見る事になるなんて思わなかった。
(こんな地獄を見せつけられたら……誰だって心が壊れる……!)
ガルド達魔族は、私達奴隷の事を“人形”だと侮蔑していた。
感情の無いただの物だと……彼らは私達の事を笑っていた。
でも、こんな地獄を味わったら誰だってそうなる。
奴隷達は皆このような地獄を味わってきた生き残りなんだから。
(……早く脱出しよう)
私は恐怖や吐き気などを無理矢理抑え込みながら、前を向いた。
私は……エステルは、この地獄のような光景を4年前にも味わった。 さらにこの4年間、奴隷として必死に耐えて生きてきた。
そしてついに今この瞬間、私は脱出するチャンスを掴んだんだ。
だから……こんな所で立ち止まっているわけにはいかない。
(ここから城門まで突っ切る……!)
早くこのまま城門まで駆け抜けようと思ったのだが、その前に自分の恰好を見た。
(いや、この恰好のままだと目立つ……)
子供の背丈な時点で明らかに目立っているが、さらにこの服装も場違いすぎる恰好だった。
私の服装は麻の服を来ているだけだ。
そんな格好の子供がこの戦場にいる時点で、魔族からも人間からも注目されてしまうかもしれない。
そしてゲーム内の過去話によると、私はここで人間の軍に追われて殺されそうになる展開になる。
(だから脱出するまでに誰かしらに足止めを食らうのはマズイ……)
私は辺りを見わたした。
周りには無数の死体に血溜まり、破壊された建物の残骸などが散乱していた。 そして……
(これは……)
私は目の前に横たわっている死体を見た。
甲冑を着た死体が多い中、その死体はローブを羽織っていた。 魔法使いが羽織っているような、フードで頭が隠れるローブだった。
私は手を合わせて、ごめんなさい……と、心の中で呟き、そのローブを脱がせて、私はそれを貰った。
そしてその死体は腰に短剣を差していたので、その短剣も貰っておいた。
(アイテム、オン)
私はアイテムボックスにその短剣を放り込んで、アイテムボックスを閉じた。
ダークナイトのメイン武器種は両手剣だが、サブ武器には短剣も装備出来るジョブだ。
両手剣も至る所に転がっているが、食料を貯め込んでいるアイテムボックスに両手剣を入れるスペースはもう無かった。
それにゲーム開始時の18歳のエステルならば両手剣を使いこなせるだろうけど、10歳の私に両手剣を使いこなせるのかはわからない。
(それなら小さい短剣の方がいいよね)
短剣なら戦闘以外にも使えそうだと思い、私は短剣だけ貰っておく事にした。
そして私はローブを羽織り、フードを深々と被って顔が見えにくいようにした。
このまま走るとローブに足が絡まってしまうので、私はローブの裾を手に持って走った。
吐き気や気持ち悪さなどの精神的なキツさはあるが、スタミナとかの体力的なキツさは今は大丈夫だった。
(このまま城門まで走り抜ける……!)
脱出の状況は想像していたのとだいぶ変わってしまったけど……でも当初の目標通り、私は一切戦わずに、逃げる、という選択を取った。
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私の体が小さいのが功を奏した。
死体や建物の瓦礫に隠れながら進んでいったので、私は魔族や人間にはあまり視認されずに行動する事が出来た。
途中で私の事をチラっと見られたり、「おいっ!」 とか、「待てっ!」 と声をかけたりする者もいたけど、私の事をずっと見続けたり、追いかけたりする者はいなかった。
何故ならチート能力のおかげで、私の走る早さは明らかに子供離れをしたスピードだったし、今は戦争中だ……よそ見なんてしたら一瞬で命取りになってしまう。
それに私はただ走っているだけで、殺気など一切放ってない。
だから魔族も人間も私の事を脅威だと捉えずに、お互いに目の前の敵に集中し合ってくれた。
そうして私はなんとか城門までたどり着く事が出来た。
城門は開いているので、そのまま城門から魔王城を飛び出した。
城門を出たすぐ先の街道までも、争いは広がっていたが、先ほどの……私は地上に出た瞬間の戦地に比べれば、そこでの戦闘は落ち着いてた。
(この道をそのまま進めばナインシュを抜けれるけど……)
城門から続いているこの街道は北方向に続いている。
なのでこの道をまっすぐと進んでいけばナインシュ地方は抜けられるのだが……人間軍はこの街道を使って攻め込んできているようだった。
(ということはこの時代にも都市ヤマウスは存在している?)
と一瞬思ったけど、今はそこについて深くは考える時間は無い。
それよりもこの魔王城襲撃イベントが終わるまで、私は魔族にも人間にも関わりたくなかった。
それはもちろん、これは私が闇堕ちする要因のイベントだから。
だからなるべく誰とも関わらずに逃げ切りたかった。
(それだと、今はこの街道は使えない)
この道を進み続けても、その先もずっと人間軍は沢山いるだろうし、今の私の恰好は完全に不審者だ。
こんな小さい背丈の奴がローブを深々と被って走っていたら、確実に異様な存在として、私は人間軍に追われる事になるだろう。
(それはマズイよね……)
そう思って私はこの街道から逸れて、そのまま目の前にある森の中に突っ込んだ。
この森は道は整備されてない獣道しか無いので、流石にここに潜む人はいないだろう。
でも私は念のために集中して五感を研ぎ澄ます。
私の授かったチート能力は力以外にも、視覚や聴覚などの五感を向上してくれているのは確認済みだった。
私の後ろ側からは、魔王城があるので人の気配はヒシヒシと感じたが、私の左右からは獣のような気配がするだけで人の気配はしなかった。
でも前方が少し変な気配だったので、私はそれが気になった。
(前の方は何だろう……気配が何もしない……?)
後ろからは人や魔族の気配、左右には獣の気配を感じるのに、前方からは獣の気配も一切感じ取れなかった。
この何とも言えない不思議な気配に疑問を浮かべながら、私はソードファンタジアのマップを頭に思い浮かべてみたが……すぐに思い出した。
(……あっ!精霊の湖だ!)
この森は、ソードファンタジアのマップ上では魔王城から北東に進む場所で、ここを突き進んでいくと“精霊の湖”という中継地点に繋がっている。
さらにそこから北側に突き進んでいけば、このルートでもナインシュ地方を抜ける事は可能だ。
この脱出計画の最終的な目的地である都市ヤマウスへは遠回りにはなってしまうが、この戦争中に誰かしらと出会う可能性を少しでも減らすために、私はこの森を進む事を選択した。
精霊の湖は、ゲームだとメインシナリオとは全く関係の無いお使いイベントで訪れる場所で、それ以外の時に訪れても特に何にもイベントは無い場所だ。
また、精霊の湖はモンスターが湧くスポットでは無いので、もしかしたら前方から何も気配を感じないというのは、そういう事なのかもしれない。
(よし、じゃあこのまま集中して前に走っていけば……!)
私は最初の目標地を精霊の湖に定めて、そのまま五感を頼りに前を走った。
その途中、私は森の中を走りながら後ろを振り返ってみた。
木々で見えにくくはなっているが……まだ魔王城は目視で確認出来ていた。
それに争っている怒号のような音もまだここから聞こえていた。
(ここはまだ安全じゃない……)
私は魔王城を確認し終えて、顔を前に戻そうとした……その瞬間。
(……え?)
魔王城周辺が眩い光に覆われた。 私は足が止まった。
一瞬の静寂が訪れた後、激しい雷鳴が轟き、空から無数の雷が魔王城周辺に降り注いだ。
―サンダーボルト―
あれはまさしく、魔王が使う最上級の雷技だった。
ということはつまり……
(魔王が……帰ってきた……)
結果として、私はあの時すぐに脱出したのは正解だったのだ。
少しでも檻から出るのを躊躇っていたら、帰還した魔王と鉢合わせになっていたはずだ。
そして魔王城に人間軍が襲撃が来たというこの状況では、魔王はしばらくの間、魔王城から離れる事は無いだろう。
そうなると私が魔王城から抜け出せるタイミングはもう無くなっていたということになる……
(……あっ)
気がついたら私の足は震えていた。
ゲーム内でエステルは言っていた。
「人間達は魔王に対して恐怖を抱き、二度とこの魔王城に攻め入る事は無かった」と。
確かにその通りだと、私は思った。
あの圧倒的な力を見てしまったら、確かに人間に恐怖を与えるには十分すぎる力だと思った。
遠くから見ていた私でさえも、魔王が放つ最上級の雷技を見て、恐怖で足が震え上がっているのだから……
(……行こう)
私は呼吸を整えて落ち着きを取り戻してから、再度足を動かした。 私の目的は生き延びて逃げ切る事なのだから。
(だからこんな所で恐怖で立ち止まってる訳にはいかないんだ……!)
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どれくらいの時間走っていたのかわからない。 でも……
(あった……!)
私は目的地だった精霊の湖にたどり着いた。
到着した頃にはちょうど朝日が昇り始めていた。
朝日の光が湖に反射されて、とても輝いているように見えた。
(本当に……あった……!)
そこはとても静かな湖だった。
つい数時間前まで、怒号に包まれていた場所にいたとは思えない程の静寂だった。
朝日が昇っているということは、もう3時間以上は走ってたのだと思う。
このチート能力のおかげで、私は最後まで休憩することなくここまで走り切る事が出来た。
(流石に疲れたけど)
私は羽織っていたローブを脱いで、そのままアイテムボックスに収納し、そしてもう一度、私は湖をゆっくりと眺めた。
(疲れたし、眠いし、お腹も空いているけど……)
それでも目的地についた事に私は安堵して、そのままぺたりと地面に座り込んだ。
(ふふ、風が気持ち良い)
流れてくる風を肌で感じながら、目を閉じようとした。
(あれ……?)
その時……私は涙を流している事に気がついた。
そして一度気づいてしまったらもう……涙が止まらなくなってしまった。
服の袖で涙を何度拭っても、涙がどんどん溢れてきてしまう。
でもこの涙は決して悲しい気持ちから溢れ出た涙では無い。
あの地獄から解放された事に対する安堵と、そして、母との最後の約束を果たせた事に対する喜びの涙だった。
(うん……そうだよね)
私は前世の記憶を取り戻してから、まだたったの数日しか経ってない。
でもエステルにとって、この地獄に叩き落とされてからもう四年以上が経過していた。
その間に何度も死にそうな目に合ってきたし、実際に自ら死のうとも思った時もあった。
それでも最後まで生きるのを諦めなかった。 最後まで足掻いて生きてみせると決めたのだ。
だから前世の記憶を取り戻せたのも、チート能力を得たのも、それは全て……エステルが生きる事を諦めなかったからだ。
(お母さん……私……頑張ったよ)
生きるのを諦めずに耐えて、耐えて、ひたすら耐え続けて……
そして今日、ついに私は自由を得たのであった。
―第1章 脱出編 おわり―
(第2章に続く)
ということでこれが1章の脱出編ラストのお話でした! 最後まで読みに来て頂きありがとうございました!
ブクマ&評価も本当にありがとうございます!凄い励みになっております!
2章からは新しい仲間や敵も登場していく予定ですので、ここから始まるエステルの冒険を楽しんでいって貰えたら嬉しいです!
是非ともエステルの成長を温かい目で見守って頂ければなと思います!
ということで改めまして、ここまで読んで頂きありがとうございました!!
そして第2章もよろしくお願いします!




