01 廃棄処分
俺には産まれたときから自由がなかった。
【人形術師】によって生み出された人造の生命体、ゴーレム。それが俺だ。
見た目は普通の青年だが、その正体は粘土と魔力の合成物である。
「行け、土塊。さっさと敵を壊せ」
俺の主人、クロウリー様は俺を土塊と呼ぶ。名前はつけてもらえなかった。それでも、
「かしこまりました、御主人様」
俺に逆らう権利はない。ゴーレムは、主人からの魔力供給がないと生きられないからだ。
「「グォオオオオオオオオ!」」
Sランクモンスター、双頭鳳凰が咆哮をあげる。
数多の冒険者を屠った魔物で、家ほどもある巨体だが、俺は構わずに突っ込む。
「ゴーレムパンチ!」
俺にできることは少ない。突っ込んで殴るか、突っ込んで蹴り飛ばすかだけだ。しかし、
「「ギャァアアアオオオオオ!?」」
ゴーレムパンチが命中し、鳳凰の巨体が揺らぐ。ただのパンチでもこの威力だ。しかし相手はSランク、まだ倒れない。
二つの頭が俺を睨み、くちばしを開いた。奴らの喉の奥に赤い光が見える。炎を吐く気だな。
そして予想通り、燃え盛る炎が俺の立つ一帯を焼き払った。ぶすぶすと着ていた服が焦げ落ちる。が、それだけだ。俺の体には焦げ跡一つ残らない。
一方敵は、俺が炎の中から無傷で現れたことに驚いたらしい。一瞬だが硬直する。今だ。
「ゴーレムキック!」
俺は再び鳳凰に一撃を見舞う。
「「ギャァアアアアアアアアアア!!??」」
今度は致命傷だ。鳳凰は苦しげにもがく。
せめて道連れにしようとしたのか、鋭い鉤爪が俺に振り下ろされた。しかし甲高い音とともに砕け散ったのは、鉤爪の方だった。ゴーレムボディは傷つかない。
程なくして鳳凰が力尽きた。俺はクロウリー様に報告する。
「御主人様、敵を倒しました」
「ッチ……いつまで待たせるんだよ。遅えんだよ土塊」
「申し訳ございません御主人さ――がはっ」
気がつくと、俺は地面に這いつくばっていた。
いや、そうじゃない。上半身だけが地面に落ちていた。下半身は粉々になっている。
Sランクモンスターに殴られても傷つかないゴーレムボディだが、造物主である【人形術師】にとっては生かすも殺すも自由自在だった。
「出来の悪い子にはお仕置きしなくっちゃあなあ」
クロウリー様がニヤニヤと俺を見下している。ブーツの底で顔を踏みつけにされる。ガンガンと、虫を踏み殺すように、何度も何度も。
「がっ……主人様……ごふっ……しわけございません……ぐふっ……」
「それで謝ってるつもりか? あぁ!? 何だその目は! 俺に生み出してもらっておいて! その憎しみがこもった瞳はなんなんだ!? 主人にそんな目を向けるのか!? この恩知らずが!」
俺の体はどんどんと細切れにされていき、最後には首から上だけになってしまった。
「申し訳……がっ……ございません……ごはぁっ……申し訳ございません……」
「チッ、不愉快だ。帰るぞ。両足と片腕だけ戻してやるからさっさと素材を剥いでこい」
「……かしこまりました、御主人様」
クロウリー様はいつも仕事の後に俺を痛めつけた。仕事が遅いから。モンスターの素材を傷めたから。なんだか生意気だから。要するに、非合理的な理由で。
俺にはなぜクロウリー様が怒るのかわからなかった。俺のせいなのだろうか? それとも単にクロウリー様の気分が悪いだけなのか?
理由を聞いてみたこともあったが、やっぱり痛めつけられるだけだった。
とはいえ、現状でも俺は不自由ながら幸せだった。クロウリー様がいなければ俺はこの世に生まれてくることもできなかったのだから。
いつかきっと仲良くなれれば、その時はもっと幸せなのだけど。
○
日が暮れる頃、俺たちはクロウリー様の屋敷に戻った。
クロウリー様は最高ランクであるSSランクの冒険者なのだ。屋敷も貴族のものと見紛う立派さだ。
昼間の双頭鳳凰の素材を倉庫にしまい、俺は夕飯の支度に取り掛かろうとする。
が、その前にクロウリー様に呼び止められた。
「土塊、少し話がある。俺の実験室に来い」
「かしこまりました、御主人様」
話とはなんだろう。実験室に向かうと、クロウリー様は珍しく上機嫌で俺に告げた。
「今度、新しいゴーレムを創ろうと思う」
予想外の話に俺は喜んだ。
「素晴らしいお考えです。私も仲間が増えると思うと楽しみです」
だが俺の言葉をクロウリー様は一笑に付した。
「なに勘違いしてるんだ? 土塊、てめえは廃棄ってことだよ」
「……はい?」
「もともとてめえは実験の副産物なんだ。本当はすぐに廃棄する予定だったんだよ。便利だったから使ってやったが、なにより顔が気に食わねえ。俺は男が嫌いなんだ。特に若い男がな」
そんなこと言われてもどうしようもなかった。俺の顔を作ったのはクロウリー様なのに。
「で、新しく美少女型のゴーレムを作るのさ。いいアイデアだろ? 痛めつけるのも男相手じゃつまらねえが、美人の女ゴーレムをあしげにできるなら最高だ!」
「……御主人様、つまりその、私は死ぬということですか?」
「ん? まあ、そういう言い方もできるわな。でもいいだろ? 天才の俺に生み出してもらえただけ感謝しろよ。どうせ道具ってのは最後には捨てるもんさ」
「そんな! あんまりです! 今まで一生懸命お使えして参りました! それなのに廃棄だなんて――」
「ッチ、うるせえな。もう黙れ」
その瞬間、がくりと全身から力が抜けて俺は倒れた。魔力の供給を打ち切られたのだとわかった。みるみるうちに全身の感覚がなくなっていく。
「ご……じん……さ……ま……」
ああ、俺は死ぬのか。こんなにあっさりと。これが道具の宿命なのか。
せめて、俺は聞きたかった。
「クロ……リ……様……俺は……役にたて……でしょうか……」
しかしクロウリー様はもう、俺のことなど見てもいなかった。
「さーてどんな女を作るかなあ。やっぱ金髪か? 桃髪もいいな。胸はでっかく、へへ、夢が膨らんできたぜ」
もうダメだ。視界が暗くなってきた。俺は死ぬ。
死にたくない。まだ生きていたい。だがそれは、道具には過ぎた願いなのだろう――。
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