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休日は甘酸っぱい恋の味

作者: あふぁ

 今日は五月の休日でゴールデンウイーク。

 そんな長い休みである日の午前九時過ぎ。

 休みなら出かけたくなるも、外はあいにくの雨。それも窓に打ち付けてくるぐらいに勢いが強い。

 雨の音を窓越しに聞き、湿気で体がダルくなる。

 だから普段の仕事で疲れている俺はぼさぼさの短い黒髪にブラシを通すことも、ヒゲもそる元気がなかった。

 外へ買い物に行く気もなく、上下ともにジャージという快適さ重視で外には出づらい恰好で朝からテレビをぼぉっと見て過ごしていた。


 二十三歳という若さなのになんて枯れているんだろうと、自分自身について悲しんでいると、部屋に置いてあるスマホから電話がかかってくる。

 相手は同い年で幼馴染の女性だ。話の内容を要約すると『暇。遊んで。今から遊びに行く』と、俺が住むアパートの1Kという狭さに来るというのを問答無用で伝えては俺の返事も聞かずに切った。

 ……特に用事がないからいいけど、こういう強引なときは気分がいいか、悪いかのどちらかだ。

 いい方を期待しつつ、部屋に人をあげれるよう急いで掃除を始めていく。

 それから少しして、玄関からチャイム音がしすると、俺は部屋から体を拭くようにバスタオルを持って扉を開けたら、そこには女性がいた。


 身長が百七十の俺に対し、百四十後半な身長を持つ、よく見知った女性が。

 その人は肩まであるセミロングの長さを持つ、きめ細かく淡い金色の髪。肌は雪を連想するかのように白く、すべすべしている肌。金色の光輝くような目は落ち着いて周囲を見渡している。

 スレンダー体系であり、普段から物静かなこともあって、時々人形のように美人だなと思うことがある。

 その彼女は手に傘を持っているが、デニムパンツとロングカーディガンと白いデニムパンツの服は少し雨に濡れている。

 彼女は日本生まれ日本育ちながらも両親がカナダ人だ。行動的で、でも物静かな彼女とは小学生からも付き合いでもう二十年になる。


「会うのは一年ぶりかな、ノエル」

「十一カ月ぶりね。はい、お土産のケーキ」

 俺は彼女からケーキが入った紙箱と交換にふわふわのバスタオルを渡す。

「気が利いているのね」

「昔からノエルは傘を使っても必ず濡れるからね」


 そう言って俺はケーキを冷蔵庫にしまってくると、髪と服を軽く拭いたノエルにバスタオルを渡され、ノエルは傘立てに傘を入れると部屋へ入っていく。

 部屋に入って何をするかと思えば、座布団を部屋の隅からもってくると、小さなちゃぶ台の前に足を崩して座る。

 俺は、エミリーが何をするのは興味深く見守っていると、そのあとは後ろに立っている俺を見上げ、じっと見つめてから小さな口を開けて言葉を言った。


「ご飯を食べたいのよ」

「メシを食いに来たのか、お前は」

「いいえ、ただ、一人で家にいるのが寂しくなったから」


 ご飯が食べたいと言われ、一瞬だけイラッとしたものの、考えてみればメシを食うためだけに来るわけがないと気づく。

 腹が減っていたら自宅で食べてくるだろうし、作るのが面倒だったとしても来る途中にどこかの店で食べてくるはずだ。そして、本当に俺の家で食べたければ材料ぐらいは持ってくるだろうからな。


「それで、本当は何しに来たんだ?」

「君の手作りご飯を食べに――」


 その言葉が言い終わらないうちに、俺は少し濡れているバスタオルを全力でノエルの顔へと投げつける。

 残念ながら、あまり水分を含んでいないタオルは強い打撃力を発揮することはできなかった。


「そのまま待ってろ。何か適当に作ってやる。文句言うなよ」

「私の嫌いな物さえ入ってなければ、何も言わない」


 ノエルは俺が投げつけたバスタオルを抱きかかえ、嬉しそうに小さな微笑みを向けてくる。

 昔から見慣れているとはいえ、そういうのはかわいいからやめて欲しい。俺の男心がときめいてしまう。

 だが、そういうときはすぐにこいつの女らしくないところを思い出して心を落ち着ける。

 そう、こいつは昔から俺に遠慮がない友達関係をやってきた。女友達同士でやればいいのに、俺と一緒に海釣りやテニスをやったりと。一緒に男性向けのエロ本を見たり、乙女ゲーをふたりで遊んだりした。

 女というよりは男友達。言うなれば悪友だ。そう、男も同然な奴なのだ。


 ……落ち着いたところで料理をするか。

 1人暮らし用の小さな冷蔵庫を開け、普段から自炊しているから材料は結構ある。

 その中でノエルの嫌いなものを外して考えていくと、冷凍品を使った料理をやろうと決める。

 作る予定の料理は白身フライと千切りキャベツ。米はすでに炊いてあり、ふたりぶんの量は足りている。


 なので冷凍してある白身フライを、ぐつぐつと油が煮え立っている鍋の中に二匹をそっと入れていく。

 できあがるまでは半分のキャベツを冷蔵庫から取り出し、まな板の上で雑ながらも千切りキャベツを作っていく。


 途中、あまりにも静かなのでこっそり見ると、ちゃぶ台に身を突っ伏し、小さい声で何かを言い、時々机をパシパシと叩いている姿が見える。

 精神不安定度が高く見えるも、メシを食えばなんとかなるだろうと気にしないことにする。気にしたら面倒ごとにひっかかりそうな気がして。

 そのあと、俺はひとり静かに料理を完成させ、皿に盛りつける。が、まだちゃぶ台へは持っていかない。


 ちゃぶ台で突っ伏しているノエルをひっぺ返し、畳の上へと投げ捨て、仰向けで色気なく倒れているのを確認してから料理と箸を持ってくる。

 飲み物は冷蔵庫に入っていた無糖のペットボトルコーヒーをコップに入れるのも忘れずに。

 料理の準備を終え、向かい側にあぐらで座ると俺はノエルに声をかける。


「ほら、メシにするぞ」

「Thanks」


 発音の美しい英語でそう言うと勢いよく起き上がり、じっと料理を見つめる。

 その視線はキツネ色に輝く白身フライ、鮮やかな緑色のキャベツ、ツヤツヤとした輝きを持つ白い米、すっきりした香りがするコーヒーの順に行き、最後のコーヒーで目が止まったかと思えば急に立ち上がりキッチンへと行った。

 すぐに戻ってきたかと思うと、手にはコーヒー用グラニュー糖の袋を持ってきて座ると、満足した笑みを浮かべながらコーヒーへと入れていく。


「ブラックは頭がすっきりしていいぞ?」

「そういうのは仕事で泊まり込みする時だけでいいの」

「そんなもんか」


 甘くしたコーヒーをおいしそうに飲むノエルを見ながら、箸を取ってご飯を食べていく。

 ノエルは俺と違い、手を合わせて「いただきます」と言ってから食べ始まる。

 礼儀正しいなぁと思っていると、俺の視線に気づいたノエルは口の物を飲み込んでから言った。


「せっかく作ってくれたご飯だから、感謝の気持ちを伝えて当然だと思うわ。そもそも日本伝統の挨拶なのに、職場の人もしないのよね、変だわ」

「それは家の外でやると恥ずかしいとか、店の食事にはそういう必要がないと思っているんじゃないか?」

「……そういうものかしら」

「俺はそうだが、気になったら今度聞いてみるといい」


 その会話を最後に、お互い静かに窓へとぶつかる雨音を聴きながら食事をしていく。

 普段なら一緒にメシを食うときは少ないながらも話をしているが、今日に限ってはなしだ。

 それは突然やってきたことと関係しているのかと思い、食べながらノエルの顔をちらちらと見ていると、なんだか緊張しているように見える。


 別に男の、それも俺の部屋に上がるなんて子供の時から、社会人になった今まで当たり前のようにしている。

 それが今さら緊張するわけじゃないから、別のなにかだ。そのなにかがわからないが。

 緊張するほど、大事なことなら適度に会話して落ち着かせようかと考える。


「そういえば、お前はツナ缶って――」

Hate(嫌い)!」


 嫌いな食べ物の名前をあげると即座に返事が英語で返ってくる。

 昔から文句を言うときは英語で言うのが癖になっていて、久々に英語を聞けたことがなんか嬉しい。

 普段は物静かで落ち着いているのに、こういうときに声を大きくして嫌そうな表情を見るのが楽しい。

 サンドウィッチを作っているときにツナ缶は生臭い匂いが嫌だと言っていたのは、よく覚えている。

 他に嫌いなものは……。


「おにぎりの中身はすじこが――」

Hate(嫌い)!!」


 と、さっきと同じように嫌いという返事が。

 これは魚の卵の感触や見た目が嫌だったと以前言っていた。

 他にもふたつほど嫌いなものを言い、存分に表情を楽しんでから話を終えようと最後にひとつだけ言う。

 それは食事中だというのに、食事の邪魔をして嫌いなものの名前をあげていく俺に対してのストレス解消をしてもらおうと。


「じゃあ、俺のことは?」


 そう聞くと同じような返事があると思ったが、言った途端に硬直して俺から顔をそむける。

 すぐに罵倒でもするかと思っていただけに驚いてしまう。

 少しして、俺に視線を戻すと何度か深呼吸をする。


「……心の底から愛しているわ」


 顔を赤くし、小さな声で伝えてくる言葉。

 今まで英語で否定してきたというのに、今度は日本語。それも愛の告白だ。

 一緒に過ごした十七年のあいだ、そう言われたことは一度もないし、俺からそういうことを言ったこともない。

 お互いに男女を意識したことなんて滅多になく、親友関係のままだった。

 だというのに、突然の告白だ。

 そんな言葉を言われると、もう目の前にいるノエルを意識してしまう。恥ずかしさと嬉しさが混じった気持ちは心臓の鼓動を早くさせてくる。

 ノエルの顔を見ると、落ち着きなく目が動き、突然立ち上がったと思うと、綺麗な金色の髪をなびかせて冷蔵庫へ走っていき、ケーキの箱と小さなフォークをひとつ持ってくる。

 座布団に座り、ちゃぶ台の上でケーキの箱が開かれると、中にはイチゴが乗ったショートケーキがふたつ。


 そのうちのひとつのケーキにあるイチゴをフォークで差すと、身を乗り出して俺の口元へと差し出してくる。

 それを食べるか悩んでいると、段々とノエルの顔が寂しげになっていく。

 このイチゴを食べるということはノエルの告白を受けるということになるが、俺はノエルに対して恋愛感情はない。


 ……ないが、こいつの悲しい顔を見たくない。

 小学生の頃からいつだって一緒にやってきた。けれど、就職してからは会う機会は減り、電話やメールばかりになっている。

 ノエルと会えなくなり、俺も寂しいなと思うこともある。

 色々と頭の中でぐるぐると考えていくが、結局はこいつの悲しい顔を見たくないという理由でイチゴへ食らいつく。

 口に広がる、甘くてすっぱいイチゴの味。それをよく味わっていると、まぶしいほどの笑顔を見せてくれる。

 その笑顔を見ると、心がときめき、ノエルに対して好きという隠れていた感情が浮かび上がってくるようだ。

 今日は雨で鬱々とした気分になりやすいっていうのに、まるでひまわりみたいだ。


 そんな笑顔を見ると、恋人関係になったとしても、今と同じか今以上に楽しくやっていけそうだと感じた。

 今日みたいにどこかへ出かけられなくても、一緒にいれば小さな部屋の中でさえ楽しくなると思って。

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