上島加奈子視点その3
遅くなりましたが今日からまたのんびり進めていきます。コメント頂けた作品は優先的に書きたいと思います。
「あら?加奈子ちゃんじゃない。どうかした?瑠璃なら……。」
「瑠璃が今居ないことは知っています。」
「じゃあどうしてうちに……?」
「マ……おばさんに話したいことがあるんです。」
「……大切な話みたいね。中へ入って。」
おもてなしのお茶とお菓子を出され椅子に座る。
「それで話ってなにかしら?」
「単刀直入に言います。瑠璃の後遺症についてです。記憶障害が起こっているんですよね。」
「どこでそれを?」
「たまたま通話が聞こえてしまったのと、貴之に聞きました。」
「そう……。話さなくてごめんなさいね。加奈子ちゃんの言う通り瑠璃は後遺症があるの。」
「でも記憶障害について詳しいことはわかっていないんですよね?」
「ええ。」
「私が知っていると言ったら信じますか?」
「……どういうこと?」
「おばさんには悪いと思ってますが、瑠璃の記憶障害が起こったタイミングを聞いてから実験をしたんです。」
「実験?」
「貴之から聞いた情報だと瑠璃が記憶を失う前にあることが起きています。」
「……。」
「パ……おじさんがいなくなったことについて、瑠璃は最初聞いても何も答えてくれませんでした。」
「……。」
「でも後日時間が空いてから聞くと出張へ言ったと言うんです。」
「それは……。」
「考えられることは三つありました。一つ目は瑠璃も知らなくておばさんから後で聞いた可能性。」
「それはないわ。私は瑠璃に話していないもの。」
「そうでしょうね。二つ目は瑠璃が私に気を使って嘘をついた可能性。」
「あの子は優しいからそうかもしれないわね。」
「でもそうではなかった。そして三つ目、何かを覚えたことによっておじさんが事故にあったという記憶を忘れた可能性。」
「どういうこと?」
「訳あって私は似たような事例を知っています。前例がほとんどなく奇病として扱われているこの症状を。」
「……言いたくないのね。」
「ええ。もう忘れたことですから。話の続きをします。」
「わかったわ。」
「あの子が忘れたくないと強く願った記憶は、何かを犠牲にやっと覚えることができます。」
「仮定の話として聞いておくわ。」
「それで構いません。おじさんとの辛い記憶は瑠璃に取って消したい記憶だったんです。おじさんとは楽しい思い出さえあればいい。誰だって嫌な記憶は忘れたいですから。」
「そうね。」
「では代わりに何を覚えたんでしょうか。日常のなんてことない記憶を覚えているようでは過去の記憶なんて全て消えてしまいます。」
「……。」
「色々調べて見ました。瑠璃は授業の内容をほとんど覚えていません。」
「え……?」
「でもテストの点数などは事故前と事故後ほとんど変わりません。」
「そうよね。私が一番よく知っているわ。毎回見せてもらっているもの。」
「覚えていたのは誰かが居眠りして面白い寝言を言っていたこととか、貴之と授業中絵しりとりをしていたこと等でした。」
「でもそれって勉強に関係ないじゃない。」
「それともう一つ。自習の時間誰とも話さずに勉強していた内容は全て覚えていました。」
「……?」
「私はさらに調査を続けました。貴之と瑠璃に付き合っている二年間何をしていたかこと細かく聞きました。」
「加奈子ちゃん……。」
「非常識な事はわかっています。でも確かめなくちゃいけない。私の心と入れ替わりに手に入った情報はありました。」
「……?」
「私がおじさんのことを一度聞いてから二度目聞くまでに大きな出来事があったんです。瑠璃が忘れられないとても大切なことが。」
「……。」
「……ファーストキス。」
「えっ。あの子もうしたの?!」
「……そうみたいですよ。」
「なんか複雑ね。」
「でしょうね。これが瑠璃に取って忘れたくないと強く願ったこと。代わりに忘れたのがおじさんが事故にあったということ。」
「……確かに加奈子ちゃんの考えは一理あるわね。」
「そしてもう一つ。夏祭りの日私たちが三人で毎年行っているのは知っていますよね。」
「もちろん。今年で五年目だったかしら。」
「そうです。瑠璃は事故にあった二年前、そして一年前の夏祭りの記憶は残っていました。瑠璃に取って大切なイベントなんです。」
「そうでしょうね。いつも帰ってきた時楽しそうに話をするもの。」
「今年はさらに思い出深いものになったんです。二回目の……。」
「……まだ?!ごめんなさい。つい。」
「私も同じことを貴之に言いました。話を戻します。夏祭りはただでさえ毎年覚えているのに、今年は最も忘れたくない夏祭りになったはずです。」
「そうね。」
「私の説があっているなら何かを必ず忘れたはず。では何を忘れたんでしょうか?」
「……?」
「答えは……友達を忘れていました。」
「遊ばなくなっただけとかじゃなくて?」
「最近私と貴之以外に誰か遊びに来ましたか?」
「……来てないわね。あなたたちが仲が良すぎるだけかと思っていたけど、、。」
「クラスによく話す子がいたんです。席が近くて、私達二人の次に仲の良かった女の子が。」
「……。」
「夏祭りの次の日聞いてみました。今日も昼休み話しに行くよね?」
「……。」
「瑠璃は当たり前でしょー。と笑いながら言ってくれました。」
「何も変なところないじゃない。」
「その次の日も聞いてみたんです。今日も昼休み話しに行くよね?と。すると、瑠璃は言ったんです。どこに?と。」
「……。」
「忘れていたんです。学校がある日は毎日話しに行っていた女の子のことを。それからは地獄のようでした。」
「……何があったの?」
「その女の子が来ない瑠璃を気にして向こうから来てくれたんです。でも瑠璃はその子に向かってあなた誰?と言ってしまいました。無理もありません。覚えていないんですから。」
「……っ。」
「最初は優しく気にかけてくれた彼女も最後には絶交よ!と言い瑠璃から離れていきました。瑠璃は私と貴之に必死で女の子のことを聞いていましたが、どんなに話を聞いても思い出すことはありませんでした。」
「あの子家ではそんなこと一言も……。」
「言わないんじゃないんです。言えないんです。一分も経たないうちにその出来事を忘れていました。その女の子は話したことの無いクラスメイトだと言っていました。」
「うっ……。」
ママは涙を必死に止めようとしているがしばらくの間は無理だろう。
「ここ二年の間で沢山いた瑠璃の友達はほとんどいなくなりました。よく思い返してみれば私や貴之と遊んだ記憶は全て残っていました。たまに遊んだ日のことを三人で話す時瑠璃は全て覚えていましたから。」
「まさか……。」
「そうです。私と貴之との記憶を残す代わりに友達の記憶を次々と消していったんだと思います。」
「……。」
言葉がでないのも当然だ。小学校の娘の友達が急にやってきてこんなことを話すのだから。
「……信じて貰えますか?」
「……ええ。記憶が全て消える訳じゃないのよね?なにかの代わりに忘れているだけなら。」
「それがそうではないんです。」
「どういうこと?」
「お医者さんから言われてませんか?何年後かには全ての記憶が消えると。」
「……どうしてそれを。」
「この奇病を知っていると言いましたよね。瑠璃の症状は私の知っているものと合致しているんです。具体的にいつまでと言われましたか?」
「……〇歳の時よ。」
「あと〇年しかない、、。私は嫌な事を言いに来たわけじゃないんです。ただ……瑠璃にはずっと笑っていて欲しいんです!」
「それを私に言われても私にはあの子の病気を治せないわ……。」
「だから……おばさん。私と協力しませんか?ずっと瑠璃が笑えるように。記憶を失うまでの少しの間だけでも幸せに過ごせるように!」
「……。」
ママは涙を堪えきれず蹲ってしまった。
三十分ほど沈黙の空間にすすり泣く音が響き渡った。
「……わ。わかったわ。加奈子ちゃん協力してちょうだい。」
「もちろんです。」
「私も瑠璃が笑えるなら何だってするわ。悲しみをずっと背負いながら全てを忘れるなんてそんなことさせない。」
「はい。」
「加奈子ちゃんは病気を知っているのよね。」
「はい。」
「今は記憶の入れ替わりが起こっている。じゃあ記憶が消えるのはいつなの?」
「具体的にはわからないので仮説になります。一つは年齢が一つ増える事に記憶が一定数消えること。」
「それはありそうだけれど、学校のことや加奈子ちゃん達のことだと私には消えてもわからないわね。」
「もう一つは記憶の入れ替わりが1:1ではないこと。」
「一つ覚えるのに忘れていることが二つ以上あるということね。」
「そうです。もちろんどちらも合っている、または間違っている可能性があります。」
「少しでも記憶を失うのを止めさせてあげたいわ。」
「年齢は必ず増えてしまうのでもう一つの方ですね。」
「ええ。記憶の入れ替わりをなるべく起こさないように協力して貰える?」
「……わかりました。」
この後もいくつか話をしたあと、瑠璃が帰ってきそうな時間になったので家を出た。
記憶の入れ替わりをなるべく起こさないように。それはつまり瑠璃が覚えたいと思わない日常を送らせること。
ママは気づいただろうか?私は瑠璃に笑っていて欲しいと伝えたことを。
ママは気づいただろうか?記憶の入れ替わりは何もかもが対象ではないことを。
ママは気づいただろうか?瑠璃は忘れるだけではなく……。
私は瑠璃が笑っていてくれればそれでいい。
さてもう暗くなる。早く家に帰ろう。あの子とは違って私の遅い帰りを心配してくれる人はいないけれど。