上島加奈子視点その2
それから二年が経ち私達は五年生になった。
貴之と瑠璃は今も付き合っている。いわゆるラブラブというやつだ。
この二年間、私の心に何度かモヤモヤが現れた。この気持ちはなんなのだろう?わからない。わからない。
この日も瑠璃の家で遊んでいた。三人でトランプをして楽しくて笑っていた。
「トイレ借りるね。」
「おっけー!」
……本当に偶然だった。トイレに入りドアを閉めた時に声が聞こえてきた。
……で、……は、……い。
この声……ママだ。もしかして出張中のパパとかな?
ワクワクして聞き耳を立てた。
……。
はい。娘は元気です。
……。
後遺症は先生の仰っていたことだけだと思います。
……。
夫についてはある日を境に……。はい。きっとお友達の……君が気を利かせてくれたのだと思います。
……。
やっぱり……歳なんでしょうか?なんとかなりませんか?せめて二十歳になる時まで……。
……。
そうですか……。はい、はい。定期的に伺います。失礼致します。
さすがに話し相手の声は聞こえなかったが、ママの声はよく拾えた。
何を話していたんだろう?瑠璃のお友達の男の子と言えば……?
トイレから出て瑠璃の部屋へ戻ると、私は貴之に「後で聞きたいことがあるんだけどいい?」と耳打ちをした。
「じゃあまた明日ねー!」
「おう。」
「またね瑠璃〜!」
私達が見えなくなるまでブンブンと手を振り続ける彼女。あぁ、なんて可愛いんだろう。
……さて、本題に入らないと帰りが遅くなってしまう。
「ねぇ。」
「なんだ?」
「私に何か隠してることない?」
「ないけど。」
「瑠璃のことで。」
「……ない。」
「あの事故の日何があったの?」
「加奈子も知ってるだろ?瑠璃とおじさんが入院したけど二人とも退院して……。」
「嘘でしょ。」
「嘘じゃない。現に今瑠璃と遊んできたばかりじゃないか。」
「嘘でしょ。」
「嘘……じゃない。瑠璃にも聞いただろう?おじさんは出張に行ってるって。」
「確かに聞いたよ。パパは出張に行ったって。」
「じゃあ何が嘘だって言うんだよ?」
「前聞いた時は瑠璃何も答えなかったよ。」
「……っ?!」
「何を隠してるの?」
「だから何も……」
「何を隠してるの?」
「俺は何も……」
「何を隠してるの!」
「瑠璃が事故から変わったことなんてなにも……」
「事故から変わった……?」
「……っ!」
「貴之が話さないなら明日瑠璃に聞いちゃおっかなー。」
「……わかったよ。話すよ。」
彼が話した内容は衝撃的なものだった。
あの日車に轢かれそうになった瑠璃を庇った父親。
結果的に二人とも事故に合ったが瑠璃は無事だった。父親は……。
ただ、瑠璃には事故の後遺症が残った。記憶障害が起こっているらしい。
「パパ……。」
「俺が聞いたのはこれだけだ……。」
「パパ……。」
「加奈子?」
「あああああああああああああ!!!!!!!!」
耳が張り裂けそうなほど大きな声。彼女の悲しみが抑えきれず溢れていた。
泣き止むまで貴之はそばに居てくれた。モヤモヤした気持ちにはならなかった。
「……ありがとう。」
「隠しててごめんな。」
「……いいの。一つ聞いてもいい?」
「もちろんだ。」
「記憶障害って具体的に何が起きているの?」
「前例が無いみたいでお医者さんもわかってないんだって。おばさんに聞いてもこれしか言ってくれなかったよ。」
「……そっか。」
あの電話の内容……。
「貴之。」
「どした?」
「聞き流してくれてもいいんだけどね。」
瑠璃に何をしたの?
「……?!」
「答えたくなかったら答えなくていいよ。」
「……。」
「付き合い始めたのはいつ?」
「……。」
「瑠璃はパパがもう帰ってこないことを知っていたの?」
「……ああ。」
「でも今は出張に行ったと言ってる。それは瑠璃が悲しみを乗り越えたってこと?」
「……違う。」
「そうだよね。私と瑠璃は同じくらいパパを愛していたもの。」
「……。」
「じゃあどうして記憶が変わっているの?貴之が忘れさせたの?」
「……わからない。」
「質問を変えるわ。瑠璃がパパのことを出張へ行ったと言い始めたのはいつ?」
「それは……俺と付き合い始めて一ヶ月経った頃くらいだったかな。」
「他に瑠璃の記憶が変わったり忘れていたりしたことはあった?」
「……?うーん。関係あるかはわからないけど、瑠璃って友達沢山いたんだけど最近は遊ぶ人数が減ったかもな?」
「それはその友達と話したりもしてないの?」
「してないな。前は話してた奴らも話さなくなってる。」
「全員って訳では無いの?」
「ああ。」
私の中でパズルのピースがはまっていく。
つまり瑠璃の記憶障害って……。
「来週の日曜日少し試してみたいことがあるの。」
「何を?確かいつも三人で行ってる夏祭りの日だよな。」
「それは言えないわ。でも瑠璃のためになるかもしれない。」
私とあの子は絶対にパパのことを覚えていないといけない。忘れさせてなるものか。
例え嘘だとしてもパパとの思い出さえ覚えていてくれるなら……私はなんだってしよう。
貴之はまだわかっていない。この計画が成功したら話してあげようかな。
時は流れ迎えた日曜日。
「夏祭りだー!」
「瑠璃張り切ってるね〜。」
「また花火でびっくりするなよ。」
「うるさいよ貴之!」
「へいへい。」
こうやって三人で来るのも五年目になる。これからもみんなで来たいものだ。
「瑠璃あそこに空飛ぶわたあめが!」
「え?!どこ!どこっ!」
彼女を少し遠くへ追いやり、一緒になって探しに行こうとしている馬鹿な男の手を引っ張る。
「どこいくのよ。」
「え?空飛ぶわたあめを探しに……。」
「あるわけないでしょ……。」
「まじか?!」
「貴之と話したいから嘘ついたの。」
「俺に話……?あ、この前言ってた試したいことか?」
「珍しく鋭いのね。その通りよ。お願いしたいことは一つだけ。ゴニョニョ……。」
「……え?!」
「別に悪い話じゃないでしょ。」
「でもよ、、瑠璃嫌がらないかな?」
「まさか初めてとか言わないでしょう?」
「お、おう。……一回はしたことある。」
「何年付き合ってるのよ……。まあいいけど。一言添えるのも忘れずにね。」
「……わかった。でもなんでだ?加奈子には何も損得ないことだろ?」
「……損よ。」
「え?」
「なんでもない。それでハッキリわかるかもしれないの。早く追いかけていってやって頂戴。」
「お、おう。」
早く行きなさいよ馬鹿。
「どこかなー……わたあめさーん!」
「る、瑠璃。」
「貴之?もしかして見つけた?!」
「いや……。加奈子が見間違いって言ってたよ。」
「えー!!!ショック。ま、いっか!」
「切り替えはえーな!」
「あはは〜。」
私はそっと木の影から見守っていた。やはりあの子は笑顔が良く似合う。
「あ、あのさ。」
「なーに?」
「初めて……スした時のこと覚えてるか?」
「初めて?ちょっと聞き取れなかったごめんね。」
「……初めてキスした時のこと覚えてるか?」
「?!」
「いきなりでごめん。」
「だ、だ、大丈夫!も、も、も、もちろん覚えてるよ!」
「ほんとか?凄い挙動不審だぞ、、。」
「ほんとだよ!は、恥ずかしくて……。貴之との思い出は忘れないって強く思ってるから。」
「照れるな。」
「お母さんが記憶障害が出るかもしれないって言ってたし、忘れちゃうの嫌だもんね。」
……ごめん。
「何か言った?」
「いや。なんでもないんだ。」
見てるこっちも変な気持ちになるわね……。
「あのさ!」
「んー?」
「俺瑠璃のことが好きだ!」
「あ、改まってどうしたの?」
「俺のこと忘れて欲しくない!」
「もちろんだよー。私だって忘れたくないし、まだほんとに記憶障害かもわからないんだよー?気にしすぎだってば!」
もう記憶障害は起きている。きっかけは……。
「だからさ!思い出作らないか?毎年夏祭りで。」
「三人で毎年来てるのちゃんと覚えてるし忘れないよ〜。」
「それもそうだけど……二人の思い出が欲しいんだ!」
強引に瑠璃を抱きしめる。そして彼女の唇を……。
わかっていたけれどこれはモヤモヤするのね。
この気持ちがなんなのか少しわかってきたかも。
「ごめん。」
「謝らないで……。嬉しいよ。私絶対忘れないからね。」
「……うん。」
次の日私は瑠璃に質問をした。
「ねぇ瑠璃。」
「なーに加奈子?」
「…………?」
「…………。」
「ありがとう。」
その次の日も質問をした。
「ねぇ瑠璃。」
「なーに加奈子?」
「…………?」
「…………?」
「ありがとう。」
私の予想は確信に変わった。誰に話すべきか……。
あの人しかいない。
ピンポーン。
「こんにちはー。」