上島加奈子視点その1
プルルルル……プルルルル。ガチャ。
「もしもし?」
「……私だけど。」
「加奈子か。どうした?」
「瑠璃が忘れたの。」
「……そうか。」
「なんでよ。」
「……。」
「なんでよっ!」
「……今からそっちに行く。場所は?」
「……いつもの。」
「公園だな。待ってろ。」
貴之は二十分ほどしてからやってきた。かなり息を切らしている。彼の家からは普通に来たら三十分はかかるだろう。
私の事そんなに心配してくれたんだ……。馬鹿みたい。
「……よお。」
「そんな急いで来なくてもよかったのに。」
「俺達小学校からの仲じゃないか。」
「そうだけど……。恨んでないの?」
「……今となってはもう何もないさ。」
「ごめん。」
彼に心の中でいい気味と思われているのだろうか?確信がないから言ってこないだけなのだろうか?
「残ってたのは四つだろ?どれを忘れたんだ?」
後者が正解だったようだ。
「恐らくだけどあの人。覚えてる?」
「当たり前だ。初めて会ったのは……。」
あれは小学校一年生の時だったっけ。
私は今と違って人見知りで友達が作れずにいた。
前の席の男の子と女の子がとても仲が良さそうに話してるのを見て、私も友達が欲しいと強く願っていた。
そんな景色が変わったきっかけは参観日だった。
「はい。それでは前の席のみなさんは机を後ろに向けてくっつけてください。」
「はーい!」
初めての班でのお勉強。
「よろしくね。」
「よろしくな!」
「よ、よろしく。」
私は隣の席がいなかったから話しかけられることも滅多になかった。
何を話していいかわからずオロオロしていたら、「好きな食べ物なーに?」と女の子が声をかけてくれた。
「ミ、ミートボール……。」
「あ、わかる!おいしいよね!」
「うまいよなあれ!」
私の好物一つでこんなに笑ってくれるなんて初めてだ。親ですら興味一つ示さなかった。
その日から班行動では無い日も話すようになった。
休み時間、お昼、放課後、帰り道……。
女の子と男の子はいつでも優しかった。初めて友達ができた。
一年が過ぎ私達は二年生になった。
たまに喧嘩をしたくらいで次の日には元通り。
喧嘩するのも友達という感じがして私は嫌いじゃなかった。
女の子と男の子のことを中川さん、戸田君と最初は呼んでいたが、いつの間にか瑠璃、貴之と親しい呼び方になっていた。
二人も私のことを加奈子と呼ぶようになった。
「今日私の家くる?」
「おう!」
「い、いいの?」
「もちろんっ!」
いつも外で遊んでいたから家に呼ばれたのは初めてだった。
お母さんにお友達のお家に遊びに行ってくるね!と声をかけたがいつも通り返事はなかった。
いいもん。私には瑠璃と貴之がいるんだから。
ピンポーン。瑠璃ちゃんいますかー?
「あ、今開けるね。」
知らない男の人の声だ。
ドアを開けて出迎えてくれたのは瑠璃のお父さんだった。
「瑠璃ー!お友達来たよー。」
「はーーーい!!」
ドタドタと二階から足音が近づいてきて、満面の笑みで彼女はいらっしゃい!私の部屋こっち!と手を引っ張った。
部屋に入ると既に貴之がいた。よう!と声をかけられ、よ、よう。と返事をする。
「何して遊ぶ?」
「ババ抜きで勝負しようぜ!」
「う、うん!」
トランプは一人神経衰弱しかしたことなかったから、三人で遊んだゲームはどれも楽しかった。
それから、雨が降った日は瑠璃の家で遊ぶことが多くなった。
お父さんが二ヶ月は家にずっといるからお家で遊べるの!と瑠璃は言っていた。
お母さんは?と聞くとずっとお仕事と言っていた。
大人のお仕事は大変なのだろう。私の家もお手伝いさんが家事をして両親は常に家にいない。
何回か遊びに行くうちに私は瑠璃のお父さんとも仲良くなった。
私のお父さんもこんなお父さんだったらよかったのに。顔しばらく見てないから忘れちゃったな。
一ヶ月経った頃には本当のお父さんじゃないかとまで思うようになった。
瑠璃のお父さんも娘と息子が増えたみたいで嬉しいよと言っていた。
「本当に優しかったよな。」
「私は今でも自分の父親だったらよかったのにと思っているわ。」
「あの日さえ来なければ……。」
「……。」
二ヶ月経ち、瑠璃のお父さんはシュッチョウで行かなきゃ行けないんだ、と私達に別れを告げた。
これが出張という仕事だと理解するのに数年かかった。二年生に理解するにはまだ早かった。
そのせいもあり私達は別れを嫌がった。
二度と会えなくなると勘違いしたからだ。
「お父さん行かないで!」
「パパ!」
「おじさん!」
「俺も寂しくなるけど行かなきゃダメなんだよ……ごめんなぁ。今日で家で遊べるのはしばらく無くなると思うけど仲良くやるんだぞ。」
掴む手を優しく解き彼は駅へと歩き出した。
私達は諦めきれず後を付いて行った。
大人が歩くのはとても早い。子供の私達ではついていけなかった。
何故あの時諦めて帰らなかったのだろう。
「ねえ!信号赤になっちゃう!」
「急げ!瑠璃!」
「ま、待って!あっ……。」
膝から血を流し信号の真ん中で蹲る少女。変わる信号。
前を見ていない運転手……。
「瑠璃ーっ!」
キキーッ!!!!!ドンッ!!!!
赤い水溜まり、白と黒の車、赤いサイレン、沢山の人、人、人。
そこからはよく覚えていない。大人の人に少しだけ質問された。
けいさつしょという所でお手伝いさんが来るのを待った。隣で貴之は目を赤くしていた。
次の日瑠璃は学校を休んだ。その次の日も次の日も。
家に行っても誰も出なかった。
貴之に話しかけても適当な返事しか返ってこなかった。
瑠璃は学校に来ることはなく、そのまま夏休みになった。
友達じゃなくなったのかな……。
私があの時瑠璃を急かしたから?わからない。
幼い私には難しかった。パパは出張へ行ってしまった。瑠璃はそれについて行ったのだろうか?
夏休みが終わり新学期が始まった。
瑠璃と貴之は学校へ来ていた。
「お、おはよ。」
恐る恐る声をかけてみると……。
「おはよー!」
「よお。」
いつもの二人に戻っていた。今までのことは悪い夢だったのかな。
それから一年間、今までと何も変わることなく仲良く遊んだ。何も無かったかのように。
三年生になり瑠璃と貴之が付き合っているのを知った。
恋というものをしているらしい。友達とはまた別なのかな?
特に私との関係が変わることはなかった。遊ぶ時は三人一緒。
心にモヤモヤが生まれたのは三ヶ月経った時だった。
遊びに二人を誘ったら、用事があるの。ごめん今日は無理。と二人ともに断られた。
そんな日もあるよね。そう思いながら公園で一人ブランコを漕いでいると声が聞こえて来た。
「どこ行こっか?」
「公園いこーぜ!」
「うん!」
この声……瑠璃と貴之だ。何故かわからないが会ってはいけない気がする。私は木の影に隠れることにした。
二人は遊具で一時間ほど遊び、ベンチに腰をかけた。
昨日の夜していたことや、今日の給食の話をしてとても楽しそうだ。凄くモヤモヤする。なんだろう?……わからない。
一呼吸置いて貴之が少し声のトーンを落として話し出した。
「あのさ……おじさんのことおばさんなんて言ってた?」
「出張に行ったって。予定よりもかなり長くなりそうだからいい子にしてようねって。」
「そっか……。次会えるの楽しみだな!」
「……うん!私いい子にしてる!」
貴之はなんで泣いているんだろう?パパは出張に無事出発できたんだ!よかったぁ。
二人が帰るのを見てから私も家へ帰った。
あっ!私の頭に名案が浮かぶ。
お手紙書いたらママがパパに渡してくれるんじゃないのかな?
そう思いお手紙を書き始めた。
次の日。瑠璃の家へ行くとママが出迎えてくれた。
今日お仕事休みなのは瑠璃から聞いていた。
お手紙渡して貰えますか?
お手紙は受け取って貰えた。余程嬉しかったのかママは手紙が濡れるくらい沢山泣いていた。